※キャラクターシートを紛失したため、能力値、技能その他の設定が不明。
『エルビス』は、『クレギオン#1』の情報誌『ネットワールド』で参加者を募集していた同人PBMです。
『ソード・ワールドRPG』のPBMという触れ込みでしたが、蓋を開けてみましたら、舞台はファーランドのさらに南の大陸。かてて加えて、次のようなマジックアイテムを生産できる技術が存在するという、一般的に『フォーセリア』と聞いてイメージするものとは全く異なる世界観のゲームでした。
しかし、それが問題だったかというとそのようなことはなく、高校の歴史の教科書程度の設定がなされているのではないかと思える背景世界の濃密さに歓喜した憶えがあります。
キャラクターは、バード&ソーサラーのハーフエルフ。肩に使い魔のフクロウを描いていますので、ソーサラーは3LV以上あったもの推測されます。しかし、キャラクターシートを紛失し、かつ、リアクションで呪歌も魔法も全く使っていないため、それぞれ正確に何LVであったのかは最早分からない状態です。
初めて参加したPBMである『クレギオン#1』が没続きでしたので、自分のキャラクターがリアクションに登場し、喋っているという、ただそれだけで非常に楽しく感じられたゲームです。また、複数のシナリオが絡み合う物語も非常に面白かったため、情報交換、アクション相談なども積極的に行い、PBMにはまるきっかけとなりました。このゲームに参加しなければ、おそらくPBMは『クレギオン#1』でやめていたことと思います。
キャラクターが全くの根無し草だったため、様々な勢力が動き始めた中盤以降、物語への関わり方に難しさを感じていたところ、発送遅延とそれに伴う重要PCの撤退等によりゲーム自体が途中終了となりました。
時は3月終わりまで遡る。占領によってシャントネー大司教座となったノースウォルト南端部を3人の影が吹きすさぶ風に身を屈めながら、北進していた。シルファルド、アリス、フィリリスであった。いずれも厚手のグラディートを纏っている。
ぬばたまの闇をまとつかせし鎧武者との、そしてミリアム、シレノスとの出会いから既に1月が過ぎようとしていた。あの晩、5人はお互いがハイエル伯を追う者と知り、共に協力を確認した。
そしてその後、伯のマーケイナ島占領予告を知る。
ミリアムとシレノスは海路で一足先に向かい、残りの3人は道すがらでき得る限りの情報を集めるために陸路を行くこととした。5人は再会を約してしばしの別れを告げたのだった。
時は更に1か月遡り、クラスガルド連合ジムナート公国都キングストン。連合公国の数少ない良港として重要な軍事拠点であるのと同時に学問の都としてもまた有名である。
シレノスとミリアムは出発前に『忌まわしき魔獣の瞳』、それに鎧武者と会った『トラーム教会』について調べるために個人叢書家を訪れていた。憮然とたたずむシレノスを後ろに、ミリアムはペコペコと頭を下げて閲覧を願っている。
透き通った肌、癖のない羨む程の黒髪、整った面、どこを見てもシレノスは女性、それも素晴らしい美女にしか見えず、交渉の際には後ろに立っているだけで効果の発揮するのだった。
かくして司書室に通された2人であったが、成果は少なかった。トラーム教会はなんの伝説やいわくもなく、一方『忌まわしき魔獣の瞳』もあまりに漠然とし過ぎていて、お手上げというところだった。
「古代魔法帝国の魔封品だと思ったんだがなぁ。手がかりでもあれば調べられるんだろうけど……」
ミリアムは木版本を閉じてため息した。それを見て、シレノスはおずおずと本を差しだす。あまり読み書きの得意でない彼は、とんでもない勘違いをして笑われたばかりであった。
「これは、関係ないかな?」
「んー、どれどれ」
ノースウォルトの伝承に関する索引書であった。シレノスが開いたページには“サン・ベルナールの魔獣”について書かれてある。
“サン・ベルナールの魔獣”…。10の空中都市を灰燼とならしめ、命を賭したアトラントの魔法帝によりサン・ベルナール山へ封じ込められたという伝説が残されている。が、実際に見た者はないという。
「う~ん、確かに“忌まわしき魔獣”ではあるか。じゃあ、マーケイナ島に行った後でもう一度調べてみよう。何か関係あるかもしれないしね」
「おい、ミリアム。私は一体、いつまでこの格好 をしていればいいんだ?」
ハイエル伯から死んだ管の姉シリア (らしい者) がゲオルギニアにいると聞いた彼は取るもの取りあえず急行し、ミリアムの勧めで女装して街を排個することにした。しかしなんといってもミドルランドに次ぐ東洋第二の都市、40万人の中からたった1人の女性を数日で探し出すことなど不可能であった。
故に既に焦燥している彼を後目に、物見高いミリアムと10年ぶりに古里に帰ったルドラスは、
「へえええ、あれが噂に高い<玲瓏宮>ですか!」
「おおう! ケルベニウム大聖堂が完成してるぞ!」
などとすっかり名所観光をしているのだった(笑)。
「ミリアム! ルドラスさん!!」
男とは思えぬ透き通った声を荒げて、シレノスは、腰に手をやった。と、腕と腰の飾りものが涼やかな音を立てて不思議な和音を奏で出した。
ミリアムとルドラスは思わず互いを見つめてから、
「ハラショ~!」
と、拍手してしまう。顔を赤らめ、無言の怒りで拳を露わせるシレノス。
「冗談だ。ちゃんと考えてある。オレは幼少時代、いじめられっ子の軍人貴族を助けてやってな。以来そいつとは心の友なのだ。ラクナロル家の跡取りでレオスというのだが」
本人がその場にいたら『一番いじめてたのは貴方でしょう』と苦笑を浮かべずにはいられぬことをルドラスは胸張ってのたまった。
「ラクナロルは小なりとはいえ、皇帝陸下の側近でな。お前の姉ちゃんは軍部“真の祈り派”と関係があるようだし、これを頼ればなんとかなるだろ。さぁ、どうだ。お前達だけでは途方に暮れていたところだぞ。このお兄さんにちゃんと感謝しろよな」
「………感謝はしますが、何故すぐに教えてくれなかったんです?」
「そりゃあおまい、さっきまで忘れてたことはどーやっても教えられねーだろーがさ」
ふふんと自慢気に鼻を鳴らすルドラスを見て、その時ミリアムはふと眉を釣り上げた。
「あの~。どーでもいいことですけど、30過ぎの貴方がお兄さんはないんじゃないでしょーか」
「馬鹿言え、オレはまだ29歳だぞ」
「え? でも計算が……」
ミリアムは指折り数え、そして邪悪な笑み(笑)を浮かべた。
「ルドラスさん、一昨年は何歳だったんです?」
「物論、29歳だ」
自信たっぶりの答に、頭痛を覚えてしまうシレノス。それを後目にミリアムの笑みは更に深くなった。
「じゃあ、10年前はどうです」
「え、10年前? うーん、『リムノス戦役』の年だから……。24歳かな」
刹那ハッとなるルドラスに、ミリアムは勝ち誇った笑い声を上げた。
「と、いうことは……くっくっくっ」
「い、言うなぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
「貴方は34歳ということになりますねぇッ!」
ルドラスはがつくりと膝を付いた(笑)。
このやり取りを呆然と見つめるシレノスが、宿屋に帰ってしまったのは言うまでもない。
「なんっっじゃ、こりゃぁぁぁぁぁぁっっっッ!!!」
グレグリウス通りを抜けたルドラスの第一声がそれであった。その昔、彼が散々いたずらをしに訪れたラクナロル邸は廃虚と化していたのである。
「これは、火事……か?」
ミリアムは転がっている木炭を踏み潰して呟いた。
「でも変だな。どう見ても昨日今日のことじゃない。何故、こんな街の中心部の敷地をほったらかしにしておくんだろう?」
これにルドラスが何か(ピント外れの事を)言おうとしたその時、重き帳に閉ざされる廃虚から吹え声が響いてきた。老犬が尻尾を振りつつ駆けてくる。
「はは…、カール! まだ生きてやがったのか!!」
ルドラスが満面の笑みとともに両手を広げた。老犬は50フワリズ(約7.5m)を一飛びで跳躍し、すかさずその喉笛に牙を立てる(笑)。
「変わってねーな、この糞犬!!」
両腕で剣呑なる両顎をはっしと受けとめたルドラスが引き釣った笑みを浮かべて蹴り飛ばした。老犬は威嚇の唸りを上げてから、再び飛び掛かろうとする。が、叱責の声がそれを押し止めた。
「変わってないのはお前の方じゃ。こいつはカールじゃなくてゼノスだと何度言ったら判る」
「おー、あんたは名前もない庭師のおじーさん」
「ヨハネスじゃッ!!」
やはり廃虚の同じ方から現れた老人は、老犬を宥めるように撫でている。
「で、お前がこんなところに何の用があるんじゃ。レオス様なら4年前から帝都軍団を離れておるぞ」
「へぇぇ、あいつ飛ばされちまったんだ」
「失礼な事を申すな! ご自身の希望じゃ。ただ曲がったことがお嫌いな性格故に総領様も帝都から遠ざけた方が良いとお考えのようじゃが……」
聞きずてならぬ呟きを、しかしルドラスは気づいていないのか別の疑問の答えを欲した。
「それよりこの惨状はどうしたよ。おじさんは何処にいるんだ?」
「総領様と言わんか! 全く……」
ヨハネス翁は総領と跡取りが、この無礼者を気に入っていることに対する不満を口の中に含んでから問に答えた。
「総領様は前帝派の中でも最先鋭だったから、アルケリウムの手で失脚させられてしまったのじゃ。その直後何故か火事にあっての。アブロニゥニクス様の屋敷を下賜されることとなった」
「アブロゥニクスって、新市街じゃねーの」
「見せしめ、ですか。それで廃虚を……」
ミリアムは改めて周りを見回した。その了解により別の引っかかりを感じていることを自覚しながら。
(なんだろ、さっき何か変な気がしたんだけど…)
ヨハネス翁はその様子を同情のものと取ったのか、あえて笑い飛ばしてみせた。
「若造。滅多なことを言うものではないぞ。廃虚が残っているのはこの老人の希望を開いて下さった有り難いご慈悲からよ」
「ふん、気になる言い様じゃねーか。さっきといい……。レオンおじさんはアルケリウムの復讐のためだけに動いてるんじゃねーだろうな?」
ルドラスが、飄々とした双眸の奥に強い光を灯した。しかしヨハネスはすぐに肩をすくめる。
「そのようなことを庭師の儂に聞いてどうする。知っとることと言えば、総領様はどんなことがあろうとも帝国の未来と聖オーファン再臨の御為に全てを尽されるだろうということだけじゃ」
ややもして、双方の口元に不敵な笑みが浮かぶ。ヨハネスは引き返し、紙切れをミリアムに手渡した。
「ほれ、お館の住所じゃ。お前が持っていろ。奴に持たしたら無くすに決まっておるからな」
「……? ルドラスさん、これ宿屋の近くですね」
ミリアムは紙片を差しだした。すぐに肯定が返る。
「じゃあ、シレノスを拾って向かおうか。じいさん、ありがとうよ」
「ヨハネス翁と言わんか、いい加減!」
その張りのある怒声に、踵を返したルドラスは後手で挨拶してやった。数歩遅れて付いていくミリアムには、何故かその後ろが気になって仕方がなかった。
「えーと、あそこだな」
示された先を2人が見ると、そこにはタ日の中に真新しい屋敷が小ちんまりと新市街の雑多な街角にうずくまっていた。
「じゃあオレがまず行ってくるからよ。そこで待ってな」
一抹の不安を覚えたミリアムが制止するより早く、ルドラスは呼び鈴を鳴らしていた。すぐに引き締まった身体を身綺麗な服装に包んだ壮年の男が現れる。
「うわぁ、ジョドーさん。10年ぶりだってのに、あんた変わってないね」
「フィーエルで御座います、ルドラス様」
無礼な笑いに返ったのは、寸分の動揺も見せない即答であった。
「旦那様はただ今お出かけておいでですので、私でよろしければご用を承りますが」
「…………ホント、あんた変わってないね」
何となく苦手なのだろう、ルドラスは汗を拭った。これにフィーエルが頭を下げて礼を述べる。
「ま、いいや。ちょっと探して欲しい奴がいるんだ。おい、もういいからこっち来な!!」
叫ばれて、2人が角から現れる。そして顔をもたげたフィーエルは、女装のままのシレノスを見るなり平坦な執事の仮面を叩き割られた。
「……エ、エ! エエ、エ、エリビア!!!!」
指さし、驚愕に歪むその面はすぐに夜又のごとくの真っ赤な怒りで染め上げられた。ルドラスは、その豹変で呆気に取られながらも懐へ伸びたフィーエルの手を両手で抑え込む。
「なんのつもりだ、ジョドーさん?」
「それはこちらの台詞で御座います」
言葉のみ、いつもの調子を崩していない2人は、豹変しつつ互いに渾身の膂力を振り絞り合った。だがその勝負は10年の歳月により、かつての師匠の不利がすぐに明白となった。フィーエルは呼吸を計って力を受け流すと後ろに飛びすさる。
「力だけはお強くなりましたな」
「だけじゃないさ」
均衡を取り戻してルドラスは唾を吐く。
「言っておくが、いくらあんたの頼みでもヤツを引き渡せってのは無しだぜ」
「そのようで御座いますな。仕方ありません」
既にいつもの無表情を取り戻していたフィーエルは、低く口笛を鳴らした。と、向かいの茶店と一軒屋より8人の鎧武者が現れる。
「くそっ! 備えは万端ということかよ!!」
「一体、どうなっているんです、ルドラスさん!? 話が違うじゃないですか!!」
背後に回った1人を警戒しつつシレノスは低い声で怒鳴った。と、同じく低い声が返る。
「そんなことオレが知るかよ! それよりお前、剣は持っているのか?」
「こんな格好で持っている訳ないでしよう!」
ルドラスは情けない顔をして隣を垣間見た。見られたミリアムは、顔一杯を使って「私は頭脳労働ですよ~」と主張している。
「ええい、ままよ!」
大声で怒鳴ってルドラスは大刀を抜き放ち、フィーエルも抜刀してこれに答えた。
「ルドラス様とレオス様に剣をお教えしたのは私で御座います。無駄なことはおよし下さい」
「へん! そんなことは、判らんだろうが!!」
妙に嬉しげに言い合い、2人は跳んだ。
だが、その間合いの真中を1本の剣が突き刺さる。
「止めよ、愚か者」
戦士達を制止した声は、上空より降り懸かった。その主は翳らんとする太陽を背に屋根の上で屹立していたのだ。
「今は戦うべきではないぞ!」
鎧武者は、翳とマントをはためかせて宙を舞う。
そして。
看板に引っかかりドブへ身体ごと突っ込んだ(笑)。
「給領樣!」
「レオン様!」
兵に助け出されてやっと這い上がったレオンは、1つ咳付き指出して、ポーズを決めた。
「濃にこのような技を掛けるとは……。ルドラスよ、少し見ぬ間にやるようになったな!」
シレノスとミリアムは、何故ルドラスが皇帝の側近に気に入られたか、その時はっきりと理解した。
「レオンおじさん。これは一体どういうなんで?」
馴れているからなのかルドラスは、そのボケに唯一微塵の動揺も見せていなかった。また弾劾されたレオンも、顔色変えることなく口髭をなぜた。
「まあ、儂に陰謀策謀は似合わぬかもしれぬ。だがそれ程に追い込まれているのだ。結果のために手段を正統化しようというのではない。守るべきお方がいてやらねばならぬ、ただそれだけのことだ」
「アルケリウムかい、追い込んでいるのは」
「ある意味ではな。正確には“時”に、だ」
判っているのかいないのか(恐らく後者であろう)謎掛けに反応も見せず、ルドラスはシレノスを顎でしゃくる。
「それが、何故あいつと関係ある?」
「やはりお前は何も知らないのか……」
レオンは問に答えず首を振った。
「いつもそうだ。お前は儂やレオンが必死に考えて行うことを何も考えずにひょいひょいと成功させてしまう。儂としてはお前の悪運を敵に回したくないんだがね」
「…………あんた、背中がすすけてるぜ」
ミリアムが突然意味不明なことを小声で口走った。
が、誰も相手にしてくれなかった。いじける彼を無視して、ドラマは更に進行していく。
「答になってませんぜ、レオンおじさん。答によっては味方にもなりましょう」
「はは…。そいつは儂らから“時”を奪い、尚も奪わんとする許し難き女朗よ。これでも儂は帝国軍人、女1人の命のために祖国の未来を捨てられん。だからお前にその価値観を強要せよとは言わんがな」
「要するにそいつを殺すが、オレとは戦いたくないんで黙って見てろ、やなら勝手だってことなんで?」
ルドラスは言いつつ、今だ落ち込むミリアムに
(レオンおじさんは武術を嗜まん。オレが人質に取るからお前はシレノスと一緒に路地へ逃げろ!)
と、囁いた。
「それなら答は、否だ!」
その叫びに9人の戦士は、総領の命で収めていた剣を再度抜き放った。ルドラスらは、じりじりと下がりつつレオンの方に近づく。
だが、その動きを焦燥すねるのは唯一人、ずっとシレノスの後を付けていたカダーヴルのみであった。
後ろで状況を伺う彼には見える。
レオンの背後には伏兵がいた。いくら半ばラクナロル家の敷地とはいえ、表通りで派手な戦いはまずい。むしろ路地に追い込もうとしているのだ。
(どうしよう、どうしよう! 知らせてあげなきゃ、あの人達があぶないよ!! でもぼくちゃんじゃあ、すぐに殺されちゃうよぉぉぉぉ)
カダーヴルはおろおろと辺りを見回した。
(そうだ、聖騎士様を呼んでこよう! 急げば間に合うよね、大丈夫だよね!!)
自分に言い聞かせ踵を返した彼は、不意に立ち止まった。死んだ筈の兄の叱責を聞いたからであった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっッ!!!」
自分の作った装飾の剣を振りかざし、カダーヴルは走った。そして秘めた思惑で極度の緊張にあった双方の誰もが反応できぬまま、小さな腕はその背中をはがい締めにした。
「さあ!! 殺されたくなかったら囲みを解くんだ! 僅かに震える絶叫に、全員が凍り付いた。予想したような反応がないことにガターブルは泣きそうになりながら、背伸びして剣を首に突きつける。
「お、お前が親分なんだろ!? こいつらに命令してよ、言う通りにしろって! じゃないとぼくちゃん、ホンキでこの娘を殺しちゃうよ!」
そう。
事情の判っていない彼が抱えていたのは。
シレノスだったのである(笑)。
あまりのことに硬直している中で、またもやルドラスが最も早くに現世へ還ってきた。そして、路地の奥でやはり凍り付いている兵を見いだした。
「ミリアムッ!!」
ルドラスは怒鳴って平手を食らわしてから、呆然としている鎧武者を体当たりで跳ね飛ばした。我に還ったミリアムは、突然の乱人者とシレノスの手を引つ張って表通りに逃げていく。
そこでやっと、彼らは自失の呪縛より解放された。
「馬鹿っ、何をやっている! 追わんか!!」
「いや、待て!」
フィーエルの叫びを遮ったのは、レオンであった。
「派手にして奴らに見つかっては元も子もない。尾行して隠れ家を見つけるんだ。恐らく徒労となるだろうが」
「いえ、私が参りましよう。必ず吉報を」
レオンは大仰にうなずいた。そしてフィーエルの怒声を背後に屋敷の中へと一人入っていった。
「しかしルドラスが“エリビア”につくとはな。何という皮肉なのか」
疲れきったかのように鎧のまま居間の椅子に身体を投げだし、ワイングラスをくゆらせるレオン。
「いや、その皮肉を作りだし嘲り笑っている奴がいるのかな。儂も、そうありたいものだ。せめて、せめて“エルビス”には……」
呟きは次第に細くなり、寝息へと変わっていく。
レオンは安らかな眠りについた。
そして丁度1刻後、部屋中トブの汚れを付けられまくったことで怒る家政婦長に。
粉砕バットでぶん殴られたのだった。
時は15刻ばかり遡る。
新市街ダルヴァン商人分区の“銀絹河岸”に建てられた貸家でゲオルギニアの夏を始めて経験したミリアムとシレノスは、ダレていた。
建国以前より中継貿易によって栄えてきたオーファン教圏の諸都市には、教会確立後自然隔離するような形で外国商人区が成立していった。
当然、商用で長期滞在をする者は多く、商人区では貸家は珍しい存在ではない。そしてミリアム達がわざわざ外国商入区にまで出向いたのは酒が切れるとルドラスの手が震え出す、からではなく――あるいはそうなのかもしれないが(笑)――宿屋に泊まるよりも手配され難いからであった。
しかし貸家は、商用で飛び回る商人達に建てられたのであり、身を隠すためのものではない。昼間、熱がこもっても建設者に文句は言えなかった。
それになんといってもシレノスは極寒のリムノス出身である。彼を女性と勘違いし一目惚れしてしまったカダーヴルが再起不能となったのも知らず、上半身裸でただただ殺人的な暑さをしのぐことしかできないのであった。
一方、生粋のゲオルギニアンであるルドラスは積極的に街を出歩き着々と成果を上げていた。が、「まとまった成果が上がってから」と、説明を受けていない彼らは一向に手持ち無沙汰のままであった。
ためにその日、ルドラスが何処かに送っていた伝書鳩の帰還に会心の笑みを浮かべたのを見て、ミリアムはちょっととした決心をする。
「あの~、何が書いてあるんですか?」
「おいおい、それは無礼ってもんだろう?」
ルドラスは目を走らせる間を与えずに手紙を折り畳むと、ピンクのケバい伝書鳩を差しだした。
「最低2週間は帰れないと思うからよ。こいつの世話、頼むわ」
「いいですけど、これ木当に鳩なんですか? まさか顔料を塗ったりしたんじゃないでしょうね」
「ふっ、馬鹿め。こいつは『ルドラス十二の使い魔』が第1位<ぴんくの伝書鳩>ぎょぴちゃんなんだ! 空だって飛べる(笑)すーぱー伝書鳩だぜ!!」
「あの~、別に不思議はないんじゃあ………」
どうやら、また触れてはならぬこと(笑)をミリアムは触れてしまったらしい。
聞いている様子は全くなかった。
「ちなみに第2位は<きゅーと鳴く白馬>ごまちゃん、特技はアイスを食べることだ! 第3位以下は未定だから皆、葉書に住所・氏名・年齢と感想を添えて『奴の使い魔を決めろ係』まで、どんどん応募してくれよなっ! あて先はここだ」
と、右手で何もない空間を左右に指さす。
「じゃあ、また来週のこの時間にな!」
意味不明のことをがなりたてたルドラスは、さっさと貸家を後にしてしまった。どうあっても何をしているのかは喋る気はないらしい。
かくしてミリアムは自分のささやかな決心を実行に移すことにしたのだった。
同じ頃、ミリアムとシレノスは。
取り囲まれていた。
廃虚となった旧ラクナロル邸で。
ミリアムは先日、厳命を破って街に出た。レオンに手紙――シレノスは恐らく“エルビア”の弟であり追うは意味のないことと、翌日ラクナロル邸をともに訪れることを記した――を送るためであった。
わざわざラクナロル邸を訪れると記したのは、そこで感じた小骨のような引っかかりを説明してくれるのではないかと思ったが故である。
そして、それは叶えられた。武装したラクナロル家の執事フィーエルが8人の兵とともに取り囲み、「ルドラス様はおられないのですから、抵抗は無駄で御座います」と感勲に言った瞬間、唐突に。
「そうか! そうだよ、ルドラスさんだ! あの人はリノムスで戦死したことになっている。そして総領のお気に入りの“死”を、貴方達が知らなかった筈はないんだ! たとえ噂で聞いていても、まるでその帰還を当然のように迎える訳がない、貴方達は、ルドラスさんの去就を完全に掴んでいたんだ!!」
ミリアムの告発を受けて、しかしフィーエルは微塵の動揺も見せぬまま再度の投降を願った。
「どういう、ことなんです!? 貴方達を追い込んだのは私ではないと判っているのでしよう?」
と、叫びつつ抜刀するシレノス。
「一体……私の姉は、一体どうなっているんです!? 教えてくれないのなら、力づくでも聞き出しますよ!」
「貴方様の腕ではおできにならないでしよう」
フィエールは嘲蔑する訳でもなく、淡々と言った。
「しかしお屋敷まで御同行頂けるならば最初の御質問のみ、お答えしましよう」
「やってみないと、判るものか!」
シレノスは跳んだ。疾風の一跳びで。
だが、憔悴する剣は、フィエールにとって止まっているも同じだった。
乾いた音が響くや銀の風車は瓦礫の中に突き刺さる。得物を失ったシレノスの喉に剣が突きつけられた。取り囲まれたミリアムは早々に手を上げている。
「くっ………」
仕方なしにシレノスも両手を差しだした。
「それではお約束通り、お教えいたしましよう。私どもを追い込みしは“エルビア”と、これを唆した裏切り者。従って貴方様に私怨は御座いません。ですから手荒なことは本意ではなかったのです」
「では、なぜ!!」
「わたくしは最初のみと申しました。お約束は守って頂きます。……では、失礼」
途端、重い拳が華著な身体にめり込んだ。呻くこともなく気絶するシレノス。
「あの? 私はどのように遇して下さるんでしょう?」
口封じ、という言葉を頭にチラ付かせながらミリアムはおずおずと尋ねた。フィーエルは、やはり慇懃に頭を下げる。
「これも本意では御座いませんが、貴方様も来て頂きます。ルドラス様とはできれば戦いたくない、との旦那様のお言葉ですので」
かくしてミリアムとシレノスは、捕らわれの身となった。反帝派の新たなる根城に入り浸っていたルドラスがそれを知るのは1か月近く後のことである。
その頃、目覚めたばかりのカダーヴル=ラーディンは、ラクナロル邸の裏にいた。
「ぼくちゃん、何でこんなところにいるんだろう?」
呆然となって呟くカダーヴルは、その時遠い声を聞いた。聞き慣れた、何処か頼り無げな囁きである。
「ここにはエルビアの弟が捕らえられている。アルケリウム家に知らせれば報酬は思いのままだ……」
天から聞こえてくるとしか思えぬそれを、彼は何の疑いもなく信じ込んだが、アルケリウム家というのが良く判らない。数分間頭をひねった末、通りがかりの人にかくかぐしかじかと説明することにした。
「……と、いうことなんだけど、教えてくれない?」
「残念ながら」
尋ねられた相手は軽く一礼する。
「それに、アルケリウム侯はこの件に関する知識はございますまい。無駄なことと存じます」
そう。
質問に答えたのは、フィーエルであった(笑)。
護衛の手で猫の子がごとく抱えられてきたカダーヴルは、客人が抑留されている部屋へ投げ出された。
目を回す少年に駆け寄りながら、ミリアムは珍しく怒気をたたえてフィーエルを脱み付ける。
「何もこんな子を手荒にすることはないでしょう!」
「全くそのように存じます。貴方様がいらぬことをなさらなければ、私もこのような不本意なことをせずとも済みましてございますから」
慇懃な言葉の奥に潜むものを感じて、その怒りは瞬く間に萎えた。が、それでも必死に反論を試みる。
「じっとしてればすぐに帰してくれると言われて1か月、誰だっていらぬことをしたくなりますよ!」
「は、その件に関しては弁明のしようもございません。しかし先日ルドラス様の消息を掴むことができましたので、お帰りになって頂けるかと存じます」
この答えにミリアムは、楽器を取り出して『喜びのテーマ』をかき鳴らす衝動に駆られた。が、それも一瞬のことで、すぐに不審の雲が沸きだしてきた。
「信じられませんね。どんな理由があるにせよ、少女を捕らえるために村を焼き、部下を殺させるような人たちの言うことなんですから!」
ミリアムがきっぱりと言い放つなり、フィーエルの表情が始めて動いた。途端、彼の効果音楽の全レパートリー中、最も得意とする『後悔の調べ(笑)』が、脳裏を駆けめぐったが、予想したような惨劇は、演じられなかった。
「何か勘違いをなさってらっしゃいますね。旦那様が、ルドラス様を殺すような男をお使いになられるとお思いなのですか? あれは全てドロスめの暴走にございます」
その口調は、僅かに非難と噛弄の響きを含んでいるように思えた。少し血を昇らせて、言い返す。
「絶対には、言い切れないでしょう」
「そんなことはございません。それだけは間違いなく断言いたします」
フィーエルは、一旦口を閉じた。それは続けて言うべきかを躊躇しているのではなしに、衝撃の効果を狙ってのことと思えた。
「何故ならば、子を殺す親などいないからです」
「貴方は今、ルドラスさんが伯爵の息子だと言ったのですか?」
長い沈黙の後に、ようやく言葉を見つけたミリアムは笑みを作ろうとして唇を動かしたが、顔の造作全体には広がらなかった。確かに、2人の性格や言動など似すぎていると言って良かったし、天涯孤独のルドラスを小なりとはいえ名門貴族の総領が援助し続けた不審も説明できる。
だがそれを、ミリアムに語る理由は見当たらない。
(もしかしたら、僕の口を経てルドラスさんに伝わることを望んでいるのだろうか?)
と、思いつつも、続きを欲せずにはいられなかった。もともと好奇心は人一倍強いミリアムである。
「…………それは、仕方のないことでございました。ルドラス様のお母君に比して、奥様はあまりにか弱気お方でございました。旦那様の取りうる道は、1本しかなかったのでございます」
フィーエルの説明はひどく省略的であったが、ミリアムにはだいたいの事情を伺うことができた。
レオンと幼なじみであったその妻――テレーズは、亡命貴族の娘であったという。当然制約の多い身分であって、イセリア人か対立貴族か、とにかく許されざる秘密裡の恋をしていたに違いない。だが、それは死別であろうか、何らかの事故で破局を迎えてしまったのだ。既に子を身篭もっていたというのに。
イセリアなどと違ってそれは姦通罪に値し、そしてそんな烙印に耐えようがないテレーズを救うには、事情を知るレオンが結婚するしかなかった。
ところがそんな彼にも既に、恐らく市井の出であろう、愛し合う女性がいた。“曲者”レオンが心焦がれるだけの機転と溌溂と孤独とを兼ね備えたその女性は、自ら身を引き、1人でルドラスを育てようとした。が、彼女は息子が4歳にならぬ内に死んでしまったという。心労の末だろう、オーフアン社会の<はみ出し者>に対する排斥力は凄じいのだ。
一方、その頃には病弱なテレーズはもう亡くなっており、レオンは自分の本当の息子とその母親とを、フィーエルに探させていた。そして、教会の養護院を抜け出し、ゲオルギニアで少年盗賊団の首領となっていたルドラスを突き止めたのである。
「――――レオスさんは、ラクナロル伯と血の繋がりはない訳ですね」
ミリアムは、自分の考えの裏付けのためにそれだけを聞いた。
返答は無言だった。執事の立場では口に出し得ないので、それが肯定なのだろう。
ミリアムはそう考えて、一番の疑問を口にする。
「それなら、ドロスのことはどうなのです?」
「あやつめは――、不思議な男でございました。危険な魅力とでも言えば良いのございましょうか、瞬く間にルーヴェス様の歓心を買い、ルドラス様の上官となってしまったのです。これを危惧なすった旦那様は、私を始めとする数名を護衛として密かに配任なさいましたが、始終目を配り続けることは叶わず、あのような惨劇を許してしまったのです」
「じゃあ、ルドラスさんの蘇生を行ったのは、貴方たちだというんですね?」
「左様にございます。今だご子息だと知って頂く時期ではごさませんでしたので、公国の高僧と称したのです。その後もドロスめの臓の消息を伝えることで、ルドラス様の足取りを把握しておりました」
「――――シレノスの、姉さんことは?」
「私どもが突入した時、既にドロスめはルドラス様を手にかけ、“エルビア”を凌辱しようとしていたところでございました。今では後悔の限りですが、私どもは天涯孤独となった少女に憐憫の情を覚え、帝都へ連れていってやることにしたのです」
「…………………………」
ミリアムは、フィーエルの能面を打ち破るだけの眼力を持ち合わせていなかったから、真偽の判断がはかなかった。確かに筋道の通った話ではあるが、かといって何の証拠がある訳でもない……。
と、思索の整理が1つの疑問に導いた。
「貴方たちはドロスの消息を本当には掴んでないんですか?」
「いえ、存じております」
フィーエルは、当然のことといつたように肩を軽く竦めた。
「あの日、私自らの手で地獄へと送り込んだのでございますから」
それは、ひどく場違いであった。
高級料亭の一角を2人の少年が占めており、しかも一方は明らかに貴族の子弟と判る、そしてもう一方は明らかに浮浪者と判る風体をしていたから。
小汚い格好をした少年は庶民には手の出ぬ料理を雑炊がごとき勢いで散々食い散らかした後で、正面を見やった。
「おいおい、レオス、食が進んでねえじゃねぇか。もったいないだろ、早く食えよ」
「払いは全部私がするのです」
レオスは、不機嫌な声で答えた。
「放っておいて下さい」
「かーっ、寂しい奴だね、おまい」
と、傍若無人な少年は大裂装に天を振り仰いでみせる。
「身を張って悪餓鬼どもから守ってやった友情溢れる俺の言葉だよ? もっと素直に受けられねぇのかよ」
「残念ながら、私はたかりと友人の区別はしているつもりなので」
その肩は、何かを堪えて震えていた。が、小汚い少年は不思議そうに――あるいはわざとらしく首を傾げてみせる。レオスの怒りは、ついに爆発した。
「ルドラス……。私を小突き回した男達の中に、貴方の弟分がいたでしよう!?」
ー瞬の静寂。
ルドラスは、しかし人を喰った笑顔を収めない。
「小さいことを気にする奴だね」
「普通気にしますよ!」
と、怒鳴るレオス。
「水臭いなあ。おまいと俺の仲だろ」
「一体、どんな仲です!?」
「知ってるくせに。俺達は生き別れの兄弟だろう?」
「止めて下さい、おぞましい!」
ルドラスは笑った。大声で高らかと。
それは、何処までも冗談であったから。
冗談だった答なのだ……。
「……ルドラスさん?」
無言で追憶に沈む男に、事実を告げたミリアムはそっと声を掛けた。沈黙の後に、声は返る。
「そうだな。そろそろボルダーじいさんが帰る頃だ」
「いえ、そうではなく……」
見当違いの答えに、ミリアムは戸惑う。しかしそれに気づかぬ様子でルドラスは、立ち上がってジュールらと何事か言葉を交わしていた。
「そっと――しておいてあげましよう」
問い詰めようというミリアムの肩を取ったのは、メトロウスだった。
「今は、感傷に浸る時ではないのでしょう」
「でも、ずっと知れなかった親のことなんですよ?」
「しかしその父親を称する男は、最大の敵となるかもしれない」
ミリアムは絶句した。飄然とメトロウスは笑みを噛む。
「良いですかな、ミリアム殿。今、帝国は建国以来最大の岐路に立っております。しかしその道を決めんとしている三派――即ち<再生祭計画>側、ラクナロル家、そしてノースウォルト公国――は、どれも決め手を欠いている。彼らが皆、我等に手を差し延べているのはそのためです」
「つまり、ルドラスさんの決断が帝国の未来を決めると仰りたい訳ですか?」
「少なくとも、天秤を傾けることにはなりましょう。そしてそれは、全オーファン教徒の未来へ影響を与えるに違いないのです。私情を交えるは許されぬこと、お判り頂けましたかな?」
(……なるほど、フィーエルが僕にあんなことを喋ったのは、私情を交えて欲しかったからなんだ)
ミリアムは呟いて、馬鹿笑いする男を見やった。
双肩に帝国の未来が掛かっていることを、自覚しているようには見えないのだが……。
「あのよう、ジュールと話していたんだがよ」
と、まるでミリアムの心中を調いたかのように突如振り返るルドラス。
「<反帝派>っなあ、志が低くていけねぇ。勢力も目標も固まりつつあるってのに、もっと相応の名前を付けるべきとは思わねぇか?」
「確かに。それで何か、案がおありなのですか?」
と、メトロウス。
「言っておきますが、<ルドラスとその従僕>派というのは無しですぞ」
笑みを凍りつかせたルドラスに苦笑を向けて、ジュールが答える。
「<風追い派>――は、どうです?」
「……ふむ。掴み得ぬものを目指す集団という訳ですかな?」
「いいんじゃないですか、奢らなくて」
ミリアムが頬を綻ばせて領いた。対照的に、ルドラスは不満げに鼻を膨らます。しかしその口が、くだらない話を紡ぐことはなかった。開いた扉が、珍しく興奮している老修士の姿を見せたからである。