※キャラクターシートを紛失したため、能力値、技能その他の設定が不明。
(『エルビス』についての説明は、ミリアム・ファラーゾンの方を御覧ください。)
第4回からの追加キャラクターです。
記憶喪失として設定しましたところ、マスター側から重要NPCと深く絡む設定が付与されました。ミリアムの方で交流していた方々のキャラクターにマスター側からの付与設定があり、それを羨ましいと感じていましたので、この設定付与には「ヒャッホー!」と喜ぶことになったのですが、その設定を生かす前に発送遅延とそれに伴う重要PCの撤退等によりゲームが消滅してしまいました。残念。
傭兵としてオーファン帝国に入隊したゼクス=フォルアートは今、地外海の鳴動にその身を委ねていた。
放たれた戦列に生活を求め、新たにオーファンに参入した傭兵は彼だけでは無いが、その中でも群を抜いて卓越した能力が認められたゼクスが配置されたのは帝国の中でも精鋭と称される部隊であった。
最強と謳われ近隣の国家に脅威と戦慄をもたらす部隊の一兵卒となった事は傭兵には名誉なことである。しかし配属先を人事より聞かされたゼクスは如何なる表情を浮かべたであろう。
その部隊の名は<凍てつく大地>海兵旅団。皮肉にも彼の記憶を奪った海原を猛威の庭とする部隊に彼は編入されたのだった。
剣呑としか思えぬ海を見遣る彼の瞳には失われた記憶を渇望する輝きのみであった。そしてその為に行動する彼の目的は遠いものかすら予想が付かない。
出港から暇を見つけては意識が遊離するような目眩を感じつつ海面に向かう彼は足もとがふらつくのを慣れぬ船の揺れと思い込む。その誤認故か当初の鳴動に気付いた時、彼の周囲は地獄の轟きに包まれていた。
彼の意識を現世に戻したのは旅団長カールの叫びであった。続き指示を下す彼の太く鋭い声に反射的に行動を開始する彼の身体は、しかし鳴動する足場の中に突如として動きを止める。
船体の軋み。怒号の如き渦を遠く夢の中の映像の様に見る彼の瞳は、その意識を繋げていなかった。
―――これは、嵐か………?
ゼクスを支配するものは、映像であった。目の前の光景と大して変わらないそれは二重写しに彼の脳裏を支配する。既に平静との領域すら逸脱した彼は同じ部隊の兵の投げる声をも遠くに感じていた。
「……嵐の夜………これは、船だ? ……悲鳴、いけない! 沈む!! ……………クリス様!!!」
目の前に迫る高波にゼクスは絶叫する。その無力な身体を死神の手は、瑚笑うように海原へ叩き落とした。冷たく重い水の世界から誰かの身体を持ち上げ、浮かび上がるゼクスが最後に見たのは、マストを失った船が彼方に傾く絶望的な光景だった。
叫びを上げるゼクスに再び死神は襲いかかる。そしてそれは違わず彼の意識と身体を奪い去った。
「しっかりしろ、どうしたゼクス!」
轟音の地獄の中に彼は目を開ける。そこには滑稽なまでに焦燥に声を荒げる小隊長の顔があった。
ゼクスは自分の口が何かをロ走った様に思われたが小隊長は言葉を聞くや平手を見舞った。
「しっかりしろ、もうすぐ渦から出るぞ!!!」
その声にゼクスは目を覚ました。轟音は彼に流れ込み、轟く波は船を襲い足を掬う。
その瞬間に彼の本能は全身に血が流れ身体は風の中にある事を示す。電光の如く体勢を建て直し、甲板に足を付けたゼクスは小隊長を見遣った。
そして「大丈夫だ」と叫ぶや対応は早かった。
未だ渦の中にあると云う事は――支柱を囲む他の兵に混じった彼は、不可解な記憶を頭に残し迅速な対処に移る。
そしてカールの命令の元に渦を脱出し、シャントネーに帰還したのは、一週間後の事だった。
帰還したゼクスはカール恢佐の降格の報に驚く間も無く、小隊長に呼び出される事となった。
配下に傭兵の多い彼はその一人であるゼクスの言い分を信用する姿勢を見せていなかったものの、彼の『記憶を失った』との言葉には思い当たる節がある様に厳格な表情を和らげ大きく息を付いた。
「そう云う事もありえるかな、しかし俺は最初にお前の態度を見て狂ったかと思ったぞ」
「何か問題になる様な事でも?」
当惑する様な小隊長の表情にゼクスは除隊を恐れ、伺うように聞く。
「茫然と立って、正気に戻ったかと思えば吐いた言葉が『ここはシャントネーか、クリス様は御無事ですか』と言う。お前は“玄銀の大蛇”とでも知り合いなのか」
笑いながら口にするが瞳は笑っていない。無理も無い、よりによって公国の折衝将軍の名を敬祢で口にしたのだから。
結局、痛いほどの疑心を感じながら部屋を後にしたゼクスは、ただ一つ判明した事実を確信しながら兵舎に向かうのだった。
――――あれは俺の記憶だ。しかし俺かシャントネーと言ったのならば、あれは一体……。
惑乱に焦燥するゼクスは自問する。そしてその重責を吐き出すように言葉を口にする。
「ゼクスよ、落ち着け。冷静になれば分かる筈だ」
僅かに垣間見た光景を呼び起こしながら、ゼクスは港から海を見つめる。だが、今のそこには問いに答えるものは無い。そこではただ波と風と嘲笑うが如く、彼の身体を心を乱し続けていた。
凍てつく大地旅団の中には、剣呑な空気が漂いつつあった。
旅団長に就任したイブン=アサドは規律と秩序の人である。その資質は参謀に必要なものであって、司令官に向くものではない。しかし最大の難点は、自身がそれに気づいていないことだった。
10カ国以上の外人からなる凍てつく大地旅団は、カールへの信頼と自負のみによって統合されていた。そこに、イヴンはかつての信仰による統一を取り戻 そうとしたのである。
半数以上の、オーファン教会に入信していない傭兵達はこぞって司令部への乖離を強めた。しかし熱烈な信徒であるイヴンにとって、聖典の戒律に従わぬ者は即ち許しがたき罪人であって、統制を強めこそすれその言い分に耳を傾けることはなかった。
更にはそんな状況の中でカールは、せいせいしたとでもいうようにいつもの嘲弄混じりの笑みを取り戻して放蕩に耽って、司令部を擁護することもなければ彼の果断な行動を期待する者たちに味方することもなかった。
凍てつく大地旅団は、剣呑な空気に支配されつつあった。
どっと息をついて、ゼクスは宿舎の無炎炉に手をかざした。今日もイヴンの指揮下で極寒の海を舞台に、乗り込みの演習でしごかれた彼であった。
激烈な訓練は、母国に牙を向けているのではないかという不安を感じさせないでいた。
「でもだからといって、こう毎日じゃあ身体がもたないな……」
「そう思うなら俺のように逃げだせばいい」
ゼクスが仰天して振り向くと、ベッドで大きく伸びをしている少壮の男が目に入った。
カールであった。
「羅紫佐、一体――」
「最近の兵卒は賛沢だな。待っている内に居心地が良くて寝てしまった」
言って、カールは起き上がった。全身のばねが一飛びでゼクスの前に立たせる。
「貴様、“玄銀の大蛇”の回し者じゃないかという噂が流れているのは知っているのだろうな」
「――私を、査問官に突き出されるのですか?」
「まさかな」
カールは頬をつり上げる独特の笑いを浮かべる。
「そんなことはせんよ」
「何故です?」
「俺が、奴らを好かんからさ」
絶句するゼクス。カールは再び笑った。
「それにな、お前の話は小隊長から聞いた、間違いなく何か裏がある。暇つぶしには丁度良いと思っているのさ」
口調に比して、しかしその瞳は笑っていない。何か別の思惑があるようだった。
(でもそんなことは、どうでもいいか)
たとえ真意を読み取ることはできなくとも、力強い助力が得られたことは確かだったから。
カールの口利きで、ゼクスはイセリアに本社を持つ新聞社の資料室を自由に使えるようになった。
彼が記憶を失ったのは4年前のことである。
その頃に沈没したイセリア王国の艦船の記事があれば、何かの手掛かりになる筈であった。
「おい、これだろう」
3日目、いささかげっそりしていたゼクスを覗きにきたカールは、あっさりとそれを見つけた。
その記事には、帝国暦95年6月エクセター公妃アンと公女クリスが乗るアマルダ号がオーリック沖で嵐に巻き込まれて沈没したことが記されていた。
「乗員の生存は絶望的……全乗員の名は…………」
興奮しながらリストを順に目で追っていく。
「エクセター公家請官ゼクス=フォルアート!」
「間違いないようだな。だが解せんぞ」
と、水をさすカール。
「――何が、です?」
「貴様はシャントネーに流されたのだろう。しかしクリスは確か、モランタンの近くの村で見つかっ ている。当然、同じ方向に流されるぺきなのに、だ」
「そういえば彼女は、96年から突如才を発揮して導師棟梁会に登用されていた……」
ゼクスは調べたことを思い出して、呟く。
にやりとカールは笑った。
「どうだ、やはり面白くなってきただろう」