「実年齢より若く見えるキャラクター」第4号。そして、「見た目は子供、頭脳は大人
のキャラクター」第1号です。
当初登録しようと考えていたのは、剣術×3の剣豪。しかし、ゲームの舞台となる年代には既に廃刀令が出ており、刀を常備させることは難しいことが分かったため、方針転換し、「普段は学生として生活し、事件が発生した場合は闇教師として対処に当たる」という、第二臨教特命教師と火星人刑事を足して2で割ったようなキャラクターにしました。結果、このゲームは同一キャラクターが複数のシナリオに参加できるシステムであったものの、「学園物へのシナリオにしか、参加しない、させない、許さない」という縛りを自分で課すことに。
「普段は一般人として日常生活を送り、事件が発生したら裏社会の人間として事件の対処に当たる」というのがこのゲームの基本コンセプトであり、日常は日常として越えてはならない一線があるだろうと考え、上記のとおり剣豪とすることを取りやめたわけですが、実際にゲームが始まってみましたら、裏の能力を表で使う人が多く存在し、「違う! 明示は違うッッ!!」と思うことになった次第です。
なお、このゲームは、商業PBMとしては久しぶりの没有りゲームです。キャラクターの登場率が4~9割のところ、このキャラクターはアクションを提出した全ての回に登場できました(アクションが採用されたとは言っていない。)ので、プレイヤーとしてそれなりに成長できていたと言えるのかもしれません。
ホビー・データから2通の封筒が届いた。
1つは長型3号、もう1つは角形3号である。なんだろう? 大きいのはネットプレスだろうか? 小さい……しかし、分厚い方はいったい……。
と、ここまで考えてようやく1つの答えに辿り着く。
『帝都双月魔術陣』。そのマニュアルと登録セットに間違いあるまい。土曜日に「マニュアル届いた」という書き込みがなされていた掲示板があったからな。
自室へと上がり、封を開ける……正解。マニュアルを最初からきちんと読んでいく。うーむ、なんかこーゆーのって、結構久しぶりかも。最近のマニュアルって厚くて、とても全部通して読む気にならないんだよなー。
それにしても、個別がないシステムというのはいいねぇ。さらに、システム的な成長がないというのも素晴らしい。実際、『ソル・アトスの姫君』のセカンドやらサードやらって、俺的には全然いらないし。……あ、没があるのか。ということは、全く描写なしということもありえるわけだ。商業でそーゆーのに参加するのって、久しぶりのような気がするな。
と、マニュアルを読み進めていき……アクションが不採用となる理由のところで思わず目が止まった。
- 出来が悪い場合
マスターは、それまでのあなたのアクションと比較して、出来が悪い(熱意が感じられない)と感じたとき、あなたのアクションを不採用にする場合があります。言わば「愛の鞭」です。
……凄ぇ。
何が凄いって、「体裁が整っていない場合」「他プレイヤーの迷惑になる場合」
を退け、これが一番最初に書かれているってことが凄ぇよ。
『帝都双月魔術陣』のキャラクターを考える。
現在の大まかなイメージは、「表:剣士、裏:剣豪、才能:剣術×3」といったところ。確かネットプレスには『文明開化レベル』とゆーものがあったような気がしたのだが、影も形もないな。キャラクターに制限を付けるような設定は、消されてしまったと見るべきか。
さて、どうするかな。基本的に、『才能』を使うことをメインとしたキャラクターにはしたくない。『才能』に関することを全てマスターまかせにできるのならば、それこそが理想だ。長くプレイすることになるかもしれないのだから、手段よりも目的・心情で楽しむようにしたい。剣術や体術、このあたりの才能は、わざわざアクションで使い方を記入する必要はない。その場その場に応じて、マスターが適宜描写してくれるだろう。
とゆーわけで、技能はほぼ決定。あとは外見・性格・生い立ち等だ。とりあえずは、どっかの道場の娘ということにして、どこぞの学校に通っていることにしよう。いつも刀を持ち歩かせたいから、剣道部か何かに入れることにするか。
ん? ちょっと待て。この時代、刀って持ち歩いても大丈夫なのか?
(年表を確認)
げっ。20年前に廃刀令が出てる。これってどんな法律なんだ?
- はいとう‐れい【廃刀令】
軍人・警官や大礼服着用者以外の帯刀を禁止した法令。1876年(明治9)公布。[広辞苑]
ダメじゃん。
昨日の23時から今日の3時半まで、三日月マスターのとこでチャット。その後、7時間程寝たのだが、頭がクラクラする。とことん、私は夜更かしに弱いらしい。
というわけで、今日は3週間前と同じように睡眠モード。また後悔することになろうが、今はこの瞼を閉じる幸せを噛み締めていたい。あぁ、なんだってベッドに横になるのがこんなに気持ちいいんだ。昔は、昼間に寝るなんてもったいなくてできなかったのに。とりあえず、『帝都双月魔術陣』のキャラクターでも考えながら寝るか。
剣豪、半妖、呪法剣士のどれにしようかなー……。環境型ではないから、事件に自分から絡む奴にしなくちゃいけないよな………。とすると、やっぱり「裏」の仕事にはきちんと就いてた方がいいのかなー…………。でも、最初はパンピーで、プレイを通して裏の世界に少しづつ関わっていくとゆーのも……………。
『帝都双月魔術陣』プレイの為、関西弁を勉強することにする。テキストはもちろん、PS版『To Heart』の委員長だ。コンバータを用いて音声を取り出し、大雑把にキャラクターごとに分類する。そして、早速視聴。
「何の関係もない」
「えぇかんげにしぃ!」
「そやから迷惑やって言うてるやろ!」
「日本語通じへんのか!?」
「気色悪い声出さんといて!!」
……なんか、ブルーになった。
突如、PBMの神様が舞い降りた。
委員長なキャラクターにしようとしていた『帝都双月魔術陣』。正直に言えば、その作成に少々行き詰まっていた。「委員長をモチーフとしたキャラクターを」というコンセプトが逆に足枷になっていたのだ。性格をEDバージョンにしようとしていたことにも問題があったかのかもしれない。
だが、もはやそんなことはどうでも良い。全く別のキャラクターをやることに決めたのだから。キャラクター登録締切まであと3日。時間は十分にある。
[表:学生 裏:闇教師]で、火星人刑事なキャラクターをプレイするのだ。
年末の多くの時間を割いた『To Heart』音声切り取り作業は一体なんだったのか。ふとそんな思いが胸を掠めたりもするが、まぁ、それはそれ、これはこれ。過去など振り返らず、明るい未来に目を向けることにしよう。
あまりにも情報量が少ない。
『帝都双月魔術陣』にて火星人刑事なキャラクターをプレイすることに決めた私。だが、当時の教育制度に関するデータがプレイングマニュアルには殆ど載っていない。ひょっとすると『ネットワールド』や『ネットプラス』に載っているのだろうか? くっ。こんなところで、交流誌を購入していない弊害が出てくるとは……。輝夜も面白そうなんだけど、殆ど何も載ってないものなー。コレって、ちょっと問題でないかい?
などと、今更愚痴ってても仕方ないので、『広辞苑』で検索。
- ちゅう-がっこう【中学校】
旧制で、高等普通教育を授けた修業年限5年(第二次大戦末期は4年)の男子中等学校。
- こうとう-じょがっこう【高等女学校】
旧制の女子中等教育機関。男子の中学校に対応するものとして1899年(明治32)発足。修業年限は4年または5年。
- じょし-しはんがっこう【女子師範学校】
小学校・国民学校の女子教員を養成した旧制の学校。
- じょし-こうとうしはんがっこう【女子高等師範学校】
高等女学校などの女子中等教員を養成した旧制の国立学校。1890年(明治23)に東京、1908年に奈良、45年に広島に設置。
おいおいおいおい。女子中学校って、1899年開校なんじゃないか。ってことは、ゲーム開始時点にはまだないってことになるのか? ん、待てよ。確か『ネットプレス』には何人か、女学生が登場していた筈。
(パラパラパラ)
うーむ。この高天原専門女学校というのは、私立なのか? いや、それ以前の問題として、こいつらっていったい何才なんだ? 外見年齢はこいつらと同程度にする必要があるのだが、あいにく広辞苑には就学年齢までは載ってない。これでは、もし師範学校生徒とかを作りたくても、何才に設定すればいいかわからないではないか。
「帝都双月魔術陣のキャラクターを作っていたら、大変な問題にぶつかってしまったぞ。どうしよう?」
というのが、昨晩までの展開である。本日はこの問題を解決すべく、職場の書物に手を出すことにした。その名も、『宮城教育百年史』。全4巻に及ぶ大作だ。これならば、明治初期の教育制度についてもある程度は書かれている筈。というわけで、勤務時間中に本を開き、読み始める私。
…………。
ふう……。教育制度、変わりすぎ。数年単位で制度が変わっていくではないか。
でもまぁ、色々と新しい発見はあった。小学教員になるには、20才以上で中学校、もしくは師範学校卒。中学教員になるには、25才以上で大学卒業免許状所有者であることが必要。ただし、上記の卒業証書を持たずとも、所定の試験に合格できれば、有資格教員となることができる。等々。一番嬉しかったのは、系統図が書いてあったことだ。
- 「学制」による学校系統図
年 齢 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 小学校 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 中学校 ■ ■ ■ ■ ■ ■ 大学 ■ ■ ■ … 外国語学校 ■ ■ ■ ■ 師範学校 ■ ■ 諸民学校女子 ■ ■ ■ ■ ■ … 諸民学校男子 ■ ■ …- 「改正教育令」による学校系統図
年 齢 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 小学校 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 中学校 ■ ■ ■ ■ ■ ■ 外国語学校 ■ ■ ■ ■ ■ 師範学校 ■ ■ ■ ■ 女子師範学校 □ □ □ ■ ■ ■ 東京師範学校 □ □ ■ ■ ■ 東京大学 □ □ □ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■(□は予科)
「そ、その重なってる部分は何なんですか、先生!?」
という気がしないでもないが、これで大まかな年齢構成はわかった。『ネットプレス』に登場している2年生というのは、13~14才になるわけだ。しかし、明治初期の女子就学率が10%程度というのは、けっこう驚きだ。資産は[2:裕福]以上にしておかなければならないな。
よし。明治初期の教育制度は、おぼろげながらに掴んだ。あとは、てきとーに設定を考えていくとするか。どうせ、裏口就職したことにするんだから。
早速後悔。
本日、登録シートを投函した『帝都双月魔術陣』。帰宅後、ちょこちょことキャラ設定を考えていたら、根幹部分に関わる追加設定ができてしまった。たった、たった1箇所でいいから訂正させて貰えないだろうか。くくっ、私はなぜ25才などという設定にしてしまったのだろう。
いや、原因は分かっている。
1つは、経歴を考える上での問題だ。教育制度が数年単位で変更され、新しい学校が設立されては消えていく明治初期。キャラクターがどの教育課程に入れるかを考える際に楽なので、1867年1月1日を誕生日としたのだ。つまり、「キャラクターの年齢=明示歴」というわけだ。
そして、もう1つの問題。それは、栗瀬十晴を見つつも、10代に見える30才という設定に反発を覚えてしまったのだ。それゆえ、年齢を20代半ばにしてしまった。今考えれば、なんと愚かなことをしたのだろう。栗瀬十晴よりも偉大なる先達がいたではないか。
その名も、八神野美。10代前半に見える40代だ。
何故、彼女の存在に気付かなかったのだ? いや、何故今頃になって彼女の存在に気付いてしまったのだ? と気付かなければ、何の問題もなく、プレイできただろうに。
「世の中には知らない方が良いこともある」
それを実感した1日であった。
『帝都双月魔術陣』のキャラクター登録結果シートが届く。
よかった。どうやら初回から参加できるようだ。なかなか登録結果が届かなかったので、「ひょっとして、初回登録に間に合わなかったのでは!?」と内心ビクビクしていたのだ。
帝都双月魔術陣関係の掲示板には、けっこう技能を変更された人が書き込みをしている。さて、私のキャラクターはどうなっているだろうか?
…………。
全てOK。「体術×3」の技能を習得させているが、体術に関連した経歴は1つしか取得させていない。これが引っかかるのではないかと幾分不安に感じていたのだが、どうやら杞憂で済んだようだ。
しかし……やっぱり年齢を変更したいよー。
しぎあさんから帝都双月魔術陣のシナリオ関連ページのコピーを頂く。これで、初回からゲームに参加することができる。いや、マジでどーしよーかと思っていたのよね。さて、まずは一通り目を通してみるか。
ふーん、思ってたより長いのが多いんだな。てっきり4~6回のがメインかと思っていたんだが。
…………。
うーむ、困った。正直、「これはッ!!」と思えるようなシナリオがない。もっとこう、血みどろぐちゃぐちゃの妖怪変化が跳梁跋扈して、部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK? というような話が多いかと思っていたのだが、そーゆーのは殆どなさそうだ。それと、まだ導入部分だから、ということもあるのだろうが、スケールが小さいものが多いように思える。本当にこれで、B級エキスパートが100人以上もやってきて収拾がつくのだろうか? ちょいと不安。
などと不安がってもいられない。まずは目星をつけよう。
といっても、学生として自然に参加できるのは001くらい。教師としての立場を考えるならば、あとは005といったところか。実際のところ、殆ど選択肢は存在しない。多彩なシナリオがあって、プレイングマニュアルに載っていた職業の殆どはフォローするのかと思っていたのだが、特にそういうわけでもなさそうだ。輝夜人なんて、普通に考えれば、004しかないものな。一体どうするんだろ? 他にも、吸血鬼狩人なんて、それこそどーすりゃいいんだか。つかそれ以前に、『吸血鬼狩人』って生業が成り立つ程、この世界には吸血鬼が溢れているのか?
さて、明日は『帝都双月魔術陣』の第1回アクション〆切。本日は夕方からプライベがあるので、なんとかそれまでには、書き終えていたい。というわけで、今からアクションを考えることにする。
ええ~い! ダメだ! ダメだ! あまりいいものが思いつかん!
床屋行って、刈って貰ってる間に考えよ。
「外人組織にさらわれ、降魔の依代にされた」というキャラクター設定を元に、同様の状況に陥りつつあるNPC(貴咲良)に絡もうとした第1回。
結果は「取り敢えず、縁はできた」という状況でしょうか。
下校途中の鳳城に会い、腕比べをする。
「あなたは……わたしと同じなのかも」
創立以来、男子禁制を掲げてきた名門高天原専門女学校。
しかし、川面千早の入学後、その校内の雰囲気ががらりと変化した。「明るい元気な女学生」が、お嬢様という殻を破ったように出現しはじめたのだ。その風潮を打破しようとする保持派に対して、理事長は、恒例となっているお茶会に、男性を含む外部からの来場を許可した。
保持派の反対を押しきっての理事長の判断の裏に、川面千早が大きく関わっていることを、今は誰も気づいてはいない。
そして、門の前には様々な思惑を抱いた多くの人々が集まってきていた。
陽が沈んでまもなく、夜間学校芙雫楽から、生徒たちが一斉に溢れ出す。いつもはまだ学校が終わるには早いが、親善試合のため今日は臨時休校となっている。その芙雫楽からでてきた生徒たちは、学校を集合場所にしていたのだ。芙雫楽に通う生徒のほとんどは、昼間働いている、千早の対戦相手の鳳城貴咲良もそんな生徒の1人だった。
袴姿の綺麗な女性が、背が高く体格のいい女生徒と門から姿を現した。宮城七菜は、先に通りかかった生徒たち、貴咲良の特徴を聞いていて、その背の高い少女が貴咲良だと判断していた。
「あのあなたが、貴咲良さん?」
初対面ということもあって、七菜はいつもより丁寧に話しかける。怪訝そうに七菜の様子を伺っている綺麗な女性を近くで見ると、七菜はその女性が日本人ではないと気づいた。
「そうだけど? なにか」
答えた貴咲良の声は、その外見よりもずっと柔らかい。ただ、それが逆に違和感を感じさせていた。
「どうかなさいました?」
三人が立ち止まっているのをみて、綾小路かなたは声をかけた。つい先刻まで、貴咲良と話をしていたのだ。
「貴咲良さんに用があるようね。先に行きましょう綾小路さん。後援の件で確認したいことがあるの」
「はい、レイラ様。それでは失礼しますわ」
かなたは、貴咲良と七菜の二人に丁寧に頭を下げると、レイラという名の異人の女性と歩いていく。華族としてかなたは、実力をつけてきた貴咲良に目をつけ、剣道に専念できるように、後援を申し出ていた。貴咲良が昼間働かなくてもいいように、金銭的な部分を、かなたが負担するという。貴咲良本人は、その申し出を断ったが、レイラの助言によって、結果的に、かなたの申し出は受け入れられることとなった。
「その『とれーにんぐ』って、どんなことをしているの? 内容を教えてもらえないかな?」
すぐに本題に入った七菜に、貴咲良は僅かに表情を変化させ、七菜の視線を自分から逸らした。
「……あまり時間がないから」
「そ、それだったら、戦ってよ」
そう口にして、七菜は貴咲良の興味を自分に向けようとする。すぐに貴咲良は一瞬口元に笑みを見せた。それに七菜は気づかないふりをした。
「なら校庭へ、竹刀はある?」
「このままで大丈夫よ」
頷いてから七菜が答えると、二人は芙雫楽の校庭へ移動する。貴咲良が、竹刀を包んでいる袋を投げ捨て、それを合図にして、貴咲良が地を蹴った。
大きく振り下ろされる竹刀を、七菜はほとんど反射的に避ける。貴咲良の動きは、その体格に反してかなり速い。
「普通じゃない……けど」
頭の中でつぶやいて、七菜は一歩、地に強く踏み込んだ。
気合とともに、前に突き出された掌で、貴咲良が横に薙いだ竹刀を狙って衝撃を叩き込む。
「くっ!」
「そこまでよ貴咲良。早く来なさい」
折れて使い物にならない竹刀を投げ捨てると、貴咲良はレイラの後を、追っていってしまった。
「……あれを受止めた……」
竹刀を弾くために放った一撃は、七菜の判断とは異なる結果となった。少し痛む手のひらを押さえている。竹刀が折れたのは、七菜の攻撃の力だけではないことは明らかだった。
「一体、なんなんだろう。とれーにんぐって……」
「かつて自分が闇に堕ちそうになったとき、一人の人に助けられた」というキャラクター設定を元に、貴咲良が力に溺れ、闇に堕ちる前に助けだそうと動いた第2回。
もっとも、具体的手段はなく、感情的に訴えるだけだったため、結果も貴咲良の感情を確認するだけで終わることに。
相対した時、貴咲良は口元に笑みを浮かべた。それは、自分の力を振るうことを楽しんでいるからだ。その心が人でなくなる前に引き留めたいと思う。
かつて自分が闇の手に捕らわれた時、一人の男性(現在の夫)に助けられた。今度は自分がそういった人達に救いの手を差し伸べることができればと考えている。
直接会いに行き、『とれーにんぐ』をやめるよう説得する。力を使うことに溺れているようなら、実力行使。
「まだ、殴られた時に痛みを感じる? まだ、殴る時に痛みを感じる? 力に振り回されちゃダメだよ」
「貴咲良さんはその力で、何をしたいの?」
「まだ、まだ戻れるから。ね?」
「もし、貴咲良さんがこれからも他の人を傷つけるって云うんなら……わたしが止めます」
異人の教師レイラの『とれーにんぐ』によって、力をつけたとされる鳳城貴咲良。そのカを求めて、またはその秘密を暴くために、レイラの誘いに近づこうとする者たちが、親睦試合から二日目の夜間学校芙雫楽へと集まる。
一方、天宮睦弥を護るために川面千早の家に集まった者たちは、プロメテウスの襲撃に備えていた。その中には、より早く加逗宮姉妹を助けるため、睦弥から由良の居場所を聞き出そうと、模索する者たちもいた。
「ここかな……」
藤木征司郎は長屋の入り口の一つを目の前にして、立ち止まった。夜間学校芙雫楽から、少し北上したところにその長屋はあった。
「あの? 貴咲良さんの家の方ですか?」
鳳城貴咲良の家の前にいた征司郎に、姫宮沙羅はそう声をかける。少し警戒している様子で、距離をとって征司郎を見上げている。
「いえ、僕もその貴咲良さんに会いにきて、今、着いたばかりです」
正直にそう答えて、征司郎は自分が新聞記者であることを続けて沙羅に説明する。
「あっ、子供……」
二人の目の前の引戸が少し開いて、男の子が二人を見上げている。少年は気づかれても、気にした様子はなく、そのままじっと視線を向けていた。
「お姉ちゃん今いないよ? どこか行っちゃったもん」
話が聞こえていたのか、聞かれるより先に教えてくれる少年。沙羅は引戸の前によって、その少年と同じ視線になるように、しゃがむ。
「貴咲良さんの弟さんなの?」
少しだけ口調を軽くして、丸い憧でずっと見上げていた少年に言葉をかける。
「九十九。お姉ちゃんまた消えたの。ぴかぴかの髪の人が来るとね、いつもいなくなつちゃうの」
「九十九? あっ、名前ですね。ぴかぴかの髪の人って、女の人? 男の人?」
名前に大きく頷きながら、九十九は「ぴかぴかのお姉ちゃん」と答えた。沙羅は少し考える。
「消えるって、どんな風に消えるんですか?」
征司郎は九十九を見下ろして、そう質問する。それに征司郎の顔を九十九が見上げたとき、引戸が大きく開いた。
「誰か来たの? 九十九くん……あっ、あれ? 何してるの、二人は……」
九十九とそっくりのもう一人の少年と手を繋いで、宮城七菜が征司郎たちを不思議そうに見る。沙羅は立ち眩みしないように、ゆっくりと立ち上がると、貴咲良に会いに来たことを
説明した。七菜は自分と同じ二人を、もう一人の大という名前の少年に、中に入れるようにお願いする。大は、訪問者が来るのが嬉しいのか、笑顔で反応する。
「部屋には何も仕掛けなかったの。この子たちの言葉を考えると、レイラさんて言う女性の力かなって」
「貴咲良さんを稽古なさった方ですね」
七菜は沙羅に頷いた。「ぴかぴかの髪」と言った九十九の言葉の意味を理解して、沙羅は九十九を見て少し微笑む。
「二人は知っていますか? 最近、芙雫楽や高天原周辺で、奇妙な事件か起きているのです。親睦試合で貴咲良さんの対戦相手だった川面千早さんの道場周辺でも起きています。ただ、この件に関する記事の掲載を軍から止められていて……」
貴咲良に関わることなのかは征司郎にもわからなかったが、ついそう口にしてしまう。
「干乾びて発見される死体のことだね。記事にされなくても、その周辺の人は知ってるよ。その手の話は、すぐに広まるもん。吸血鬼の仕業だって噂もあるから」
「あの? それと貴咲良さんと関係があるのでしょうか?」
不思議そうに見上げている九十九の頭を、そっと撫でながら沙羅は征司郎に視線を向ける。
「沙羅さんは昼間、貴咲良さんに会ったことはありますか? 僕が取材していて共通していたことは、ある人と接触した後から、貴咲良さんを昼間見かけなくなったという話です」
「そんなこと、そんなことあるわけないよ。わ、私、芙雫楽に行ってみる。もうすぐ学校が始まるから……」
不安になったのか、七菜は大に短く挨拶すると、すぐに出て行ってしまう。沙羅もその後を追うように、行ってしまった。征司郎は少し頭の中で情報を整理してから、大と九十九に手を振って、長屋を後にする。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん帰ってくる?」
すぐに走って追いかけてきた大の言葉に、征司郎はすぐに笑みを見せると、不安にさせないように答えてやった。
視線が合って、貴咲良は相手が自分を待っていたことに気づいて立ち止まった。
「こんばんは鳳城さん、おれとお茶しない?」
「なんで?」
軽く声をかけた渋谷亮常は即答されて、次の台詞のタイミングを失った。問の悪い沈黙。
「いろいろ聞きたいことあるしさっ」
「私はここで構わないわ」
またも即答。英雫楽の女学生がその様子をみて、笑いながら通りすぎていく。
「川面さんとか、君のコーチについてのことでもいいの?」
今度は即答されなかったので、亮常は一気に回復すると、貴咲良の反応を待つ。
「それなら裏へ。何も無いから、誰もこないし」
「……う、うん」
お茶をしながら、ちょっと楽しく会話。を想像していた亮常は、それに頷いて、貴咲良の後についていった。気配が二つ、つけてきていることに気づいたまま。
「あのさっ、君って川面さんに何か因縁とかあるの? なんで川面さんの命を狙ったのかな? もし、あのコーチに言われただけならさ、もうやめなよ。そのコーチのもとにいることない
じゃん」
貴咲良はすぐに、表情を変化させる。それに亮常は気づいていないように装い、言葉を続けた。
「もし鳳城さんの意思じゃないなら、レイラコーチはおれが討ってやるぜ」
「できないよ……。もうそっちにはいけない」
急に貴咲良の口調が変わる。それを機に七菜は、二人に近寄っていく。貴咲良は七菜を見て驚いた。
「まだ戻れるよ。貴咲良さんが望んでいるなら、絶対」
「どうしてですの? 理由もなく千早さんを傷つけるとは思えません。いい人だって感じましたもの……」
二人の視線に堪えられなくなったのか、貴咲良は必死に何かに耐えている。七菜が、その貴咲良に触れようとした。
「ぐうっ、かはぁっ」
この状況で攻撃されるとは思っていなかった七菜は、貴咲良の拳の直撃を無防備のまま、腹部に受けてしまう。
「このままじゃ、はぁ、はぁ、弟さんたちが、かわいそうだよ? 本当にいいの……」
「七菜さん!」
倒れる七菜を支えて、沙羅が呼びかける。貴咲良はそのまま高く跳躍すると、闇の中に紛れて姿を消してしまった。
「涙、はぁ、はぁ、まだ痛みを感じているんだね……」
薄れていく意識を感じながら七菜は、貴咲良の涙を見て、安堵した表情のまま気を失った。
「願い叶うには、強き想い投じるべし……か」
それをずっと伺っていた月矢は、謎の少年が残した言葉を、自然とつぶやいていた。
家族を引き合いに出し、貴咲良を『プロメテウス』から抜け出させようとした第3回。
状況は全然進展していません。
鳳城貴咲良をプロメテウスから抜けさせる。
また、彼女からプロメテウスのことを聞き出す。
彼女が見せた涙、それは今の居場所は、決して彼女自身が望んだものではないということを示していると思う。しかし、その一方で力を振るうことを楽しんでもいる。後者の比率が多くなる前に闇の世界から引き上げたい。
鳳城宅を訪れ、直接話をする。
「貴咲良さんは、自分が私たちみたいな人をおびき寄せるための存在だってことを知ってるんでしょ? もし、その役割を終えちゃったら、どうするつもりなの?」
「貴咲良さんを止めるのは簡単だよ。大くんに九十九くん、それにお母さんがここにいるものね。……家族のために力が欲しかったのかもしれないけど、その力を振るうには、家族を捨てなくちゃいけないことに気付いて」
「よければ、病院とか紹介するよ?」
高天原専門女学校を起点に、動き始めた『天照の巫女』川面千早に関わる事件は、『真実を照らす者』と名乗る秘密結社『プロメテウス』によるものだった。
まだ、『天照の巫女』が何かを知らない千早は、自分に救いを求めて現れた天宮睦弥の言葉に、興味を抱く。
南谷寺にいる『歯車の塔』の巫女、加逗宮由良。その由良との接触が、全ての謎を解くための鍵だと信じて、千早は進もうとしていた。
『照らされざる者』と『プロメテウス』が呼ぶ、裏の顔を持つ者たちが、その傍らに集まっていることに、気づかないまま……。
「ど、どうして!」
その夜に、ここへ人が来るとは思っていなかった鳳城貴咲良は、訪問者たちの存在に気づいて驚いた。家の中は静かだったので、みんな眠っているのだろう。
「安心してください。お母さまも弟さんも、変わりありませんわ。でも、貴咲良さまのことを心配しています」
軽く頭を下げてから、綾小路かなたはそう言葉をかける。
手で、場所を変えることを促して、かなたは長屋から少し歩いた河原まで移動した。
「貴咲良さんは、自分が私たちみたいな人をおびき寄せるための存在だってことを知っているんでしょ? もし、その役割を終えちゃったら、どうするつもりなの?」
立ったまま俯いている貴咲良に、宮城七菜は感情の入った
口調で言葉を投げる。顔を上げた貴咲良は、しかし、凄く冷たい春情をしていた。
「利用されているのはわかってます。そして、私はもういらなくなることも……」
貴咲良の言葉に、姫宮沙羅の方が哀しそうな表情をした。
「あきらめるの? 戻りたくないの? 自分であきらめたらそれで終わりですわ……私は戻ってきて欲しい……」
言葉をかけても変わらない貴咲良の表情をみて、沙羅の方がどうしていいのかわからなくなっていた。
「大くんや、九十九くん、それにお母さんがいるのに、戻らないなんてことないよね? 家族を捨てるなんてこと、できるわけないよね?」
その七菜の言葉に、貴咲良はやっと表情を変化させる。しかし、それでも、貴咲良は何かを必死で堪えている。
「戻れない……もう、戻れるわけがない……」
「貴咲良さま、誰にも頼らずに生きることなんてできませんわ。特零に頼らなくなっても、結局、レイラさまに頼っていますもの。わたくしも、家や様々な方々に頼っています。
ですから、一人で負わずに、どうぞわたくしを、皆さまを頼って下さいまし」
そういってかなたは、貴咲良を少し見上げるようにして、そっと背中に触れる。そして、ふと思い出して、着物の胸元からお守りを取り出した。それを、貴咲良の手に握らせる。
「お母さまと、大、九十九、わたしくの髪を封じたものが入っていますの。これだけは覚えていてください。貴咲良さまは、ひとりではありませんわ。これはその証……」
「……弟たちをお願いします……」
深深と頭を下げる貴咲良。今の貴咲良の姿からは違和感のがあったが、それが素なのは、かなたたちにはわかった。
「戻ってきて下さい、貴咲良さん自身のために……」
頷きこそしなかったが、貴咲良はの瞳が少し微笑むのを沙羅は見たような気がした。そのまま、夜の闇に向かって行ってしまう。しばらくその闇を見つめていた沙羅たちは、近づいてくる影に気づいた。
近づいてきた影は、小柄な少年だった。
「零課?」
その軍服を見て、七菜は少年に向かって咳いた。
「そうだよ。少しおかしなことが起きているから、様子を見て回っているんだ」
「あの、貴方は……何者ですか?」
少し、怯えたように沙羅は聞いた。少年が、帝国陸軍の軍服を身に着けていなかったら、言葉もかけずに警戒していただろう。沙羅の予知では、この少年はここに現れることはなかったからである。
「くす、僕は僕だよ。変なこと聞くね、お姉ちゃん。怯えなくてもいいよ、特零の人間が、君たちの能力に対抗する術を持たずに、君たち能力者を使うと思う?」
口元だけが笑っている少年の言葉に、それでも沙羅は怯えを止められない。感覚が少年の存在を恐れてしまっている。
「わたくしたちに何か御用ですの?」
「うん。さっきのお姉ちゃん、強い死相が出てたから。鳳城博士の娘さんでしょ?」
そう言った少年の口元が、笑っていないことに気づいて、かなたは不思議そうに、少年の目があるはずの部分に視線を向ける。長い前髪で隠れているが、その状態で少年に周りが見えているのかは少し疑問を抱いた。
「貴咲良さんのお父さん? 何をしていた人なの?」
と、まだ怯えている沙羅を、護るような位置にいる七菜が、少年に質問する。
「うん、そうだよ。……簡単にいえば、君たちを含む特殊な力の、その根本的な源が何かを研究していた人物さ。亡くなったのは研究中の事故だけどね」
「事故?」
怪訝そうに、七菜は表情を歪める。貴咲良が特務零課の人間にされていたことを考えれば、少年の言葉が真実かは今判断できることではない。
「う~ん、この僕を敵にしないほうが、色々と都合はいいと思うよ? 信じろとは言わないけどね。あのお姉ちゃんに近づいた関係者は、すでに牢の中だよ。この手の事件は、数が多いし上の人間も、ホコリだらけだからね。黙認されることが多いんだけど……。まっ、いいや。事故は、きっと君たちには関係あると思うよ。鳳城博士が、結果的に最後に行っていた研究は、神を降臨させることだったんだよ。そして、事故が起きたときに降臨させようとした神が、『天照大神』だった」
「そんなこと……」
あるわけがないと、七菜は本気で思った。少年は、一息つくと、言葉を続けた。
「裏の人間なら、君たち自身にその能力がなくても、使役や召喚などの類を見たり、知識として知ってはいるでしょ?」
「……魔物や、動物霊を呼び出すのと、神を降臨させることが同じだって言いたいの?」
その七菜の言葉に、嬉しそうに口元だけで微笑んで、少年はこくりと頷いて見せる。沙羅は、少年が笑うたぴに、泣きそうな表情になった。
「その時に降臨したものが、本当に『天照大神』だったのか、別のものだったのかはわからないけどね。ただ、力が大き過ぎて、博士の身体は堪えられずに壊れてしまった」
「そう……。でも、そのことは貴咲良さまには、直接関係ありませんわ」
少年の言葉が真実だったとして考えても、かなたには貴咲良の父親の死の詳細は、興味の対象にはならない。
「うん。だけど、あのお姉ちゃんの身体、何かに憑かれているよ。魔物や、動物なんかよりずっと強い力にね。あっ、忘れてた。はい、これ」
と、唐突に少年は軍服から出した紙袋をかなたに手渡す。
「鳳城博士に頼まれていた薬。これを飲ませてれば、病気は回復するよ。無くなったら、僕のところへ来るといい。僕は特務零課の天宮遥。じゃあねぇ~」
軽く手を振って、貴咲良と同じように闇の中に溶けこむよ
うに、姿が見えなくなってしまった。
「神かぁ~」
つぶやいて七菜は、大きな溜息をついた。遙と名乗った少年の言葉を、どう認識したら良いのか迷っている。沙羅は、そんな七菜の横顔を見つめた。
手渡された紙袋を月の明かりに照らしながら、呆然とかなたは見つめていた。
『火閻魔人』で桃源津奈美が不浄の細胞のみを焼き尽くしたように、闇の部分を払拭する方策がないかを探した第4回。
結果、強羅玉都神君なるNPCが持つ『カオスの錫杖』にその能力があることが明らかに。
闇に捕らわれた者を元に戻す方法がないかを調べる。
「人を闇の世界に堕とす方法があるんだったら、そこから助け出す手段もまた、必ずある筈だよね」
天宮遙が述べた「天照大神」という名前から、ふと「天照の巫女」たる川面千早のことを思いだし、彼女に会ってみようと考える。
「天照の巫女に旧支配者と呼ばれるものを封印する力があるのでしたら、その力を与えられた者から闇の部分を払拭・浄化する、もしくは、その力を封じ込めることはできないでしょうか?」
『天照の巫女』が唯一、『歯車の月』に封じられた『旧支配者』を封印できるという。『歯車の塔』の巫女、加逗宮由良はそう語った。
それ故にか、強羅玉都神君やレイラを中心に、命を狙われる川面千早は、すでに『天照の巫女』としての宿命を、課せられているのかもしれない。その身体に流れる、血の力か、それとも……呪いか……。
千早の周囲に集まった裏の顔を持つものたち。千早を友として守る者、愛しいと感じて守る者、そして、『天照の巫女』
だから、守らなければならないと感じている者……。
それぞれの中に、感情と理性とが交錯し、
は照らされないまま流れていく。
そこにあるもの
『天照の剣』を手にした千早は、どこに流れることを選ぶのだろうか。
貴咲良にハガネは手をかざして、その力を放出する。
「あ……、い、いやぁああ!!」
貴咲良は一瞬だけ、心地よさを感じた。しかし、その次の瞬間、ハガネの手から放出されているものに、貴咲良は絶叫をあげた。熱湯を浴びたよう、貴咲良の肌が爛れていく。
「くっ!! これでは……」
イサムが顔を歪めて、貴咲良の醜き姿に拳を握った。助けようとする行為が、逆に貴咲良を傷つけた。貴咲良は、自分の手を見て何かを察したのか、ただ涙を溢れさせ震えていた。
イサムが、包帯を貴咲良の全身に巻きつけていく。その肌をせめて隠してやろうと考えたのだ。
「……誰だ……」
外から吉祥寺の本堂に入ってきた存在に、力のない声で、イサムが反応する。その存在は、無防備なまま、貴咲良のもとに駆け寄ってきた。
「ど、どうして? 貴咲良さん……」
「何故ここに現われた……」
怪訝そうに、ハガネが宮城七菜にいつでも攻撃できる状態で、そう質問する。
「ここに……貴咲良さんがいることが見えたから。貴咲良さんに憑いているものが、何かをわかれば、救えると思って……」
ゆっくりと本堂の入り口から動かず姫宮沙羅が、説明した。予知能力者という言葉が、イサムとハガネの脳裏に自動的に浮かんでくる。
「なんだそれ? 何が憑いているって?」
「そんなのわからないよ。それを知りたいから、私たちはここまで来たんだよ。それに、少し情報を伝えたかったから。ここに『天照の巫女』さん、いないの?」
少し感情的になっているのを、イサムはどうすることもできずに、床を拳で叩いた。
「プロメテウスの炎……私に憑いているものがあるとしたら……。レイラさんに、そのカを貰っていたから……。そうすることで、誰かの血を吸わなくても良かったから……」
七菜たちの言葉を聞いていた貴咲良は、その憑いているものに気づいて、自分からそう口にした。七菜たちの姿を見たからなのか、貴咲良の声は少し落ち着いている。
沙羅は簡単に、大宮遥と接触し、その時話したことを伝えた。すぐにイサムが立ちあがる。
「……そいつ特零の人間だといったんだな?」
反射的に頷いた沙羅を見ると、イサムはいきなり外に出ようとした。それを七菜か腕を掴んで止める。
「待ってよ。私たちも行く。そのハガネさんの力が、『天照の巫女』と同じものなら、巫女本人のカで、貴咲良さんは救えない……。それに、この周辺、上から監視されているよ」
イサムは、強い力で自分を制止した七菜の言葉に、動きを止めた。七菜は、それを確認して手を離す。
「ついてきて下さいませ」
七菜の視線に頷くと、沙羅はイサムを見て短く言った。予知に存在しない遙より、沙羅にはイサムの方が、安心できた。
その能力を知っても。
沙羅は予知の能力で、ケヴィンたちの動きを見て、安全な道を進んでいく。吉祥寺から少しだけ北に進むと、そこに小さな神社があった。通り過ぎようとしたその時、
「あれ? 僕に会いに来たんじゃないの?」
その声は天祖神社の鳥居の上から聞こえてくる。沙羅たちが見上げたとき、そこにはもう声の主の姿はなかった。
「天宮くんだな?」
下に降りた遙に、イサムが先に声をかけた。遙は、口元に笑みを浮かべて、こくりと頷いた。
「そろそろ出てきたらどう?」
そう口にする遙の言葉に、八王子まさこは姿を現した。隠れていたわけではなく、近づくタイミングをずっと見つけられずにいたのだ。
「憑いているものが、プロメテウスの炎だと貴咲良くんは言った。それを解放する方法を教えてくれ」
まさこの出現よりも、イサムはその答えを急いだ。七菜と沙羅も、遙の言葉に期待の視線を向ける。
「なんだ、闇に染まることを選んだくせに、結局は他人に頼るんだ?」
「なんだとっ!!」
ついイサムは、包帯で遙に仕掛けてしまう。目の前の遙を、特零の人間だからというだけで、感情が動いてしまっていた。
「危ないなぁ~。もし僕が君よりも弱い存在だったら、君たちは、貴重な情報を持つ味方を失っていたよ?」
恐怖をイサムは感じた。それは意識的なものではない。イサムが認識したとき、その感覚はすでに発生していた後だった。遙は、その手に発生させた炎で、イサムから伸びた包帯を瞬滅させていた。
興味深そうにまさこは、様子を伺っている。七菜と沙羅は、遙に怯えて、その場から動くことすらできなくなっている。
「でも、知らないことを知っている人に聞く。知っている人に教えてもらう。その情報が、調べてもわからないことだったら、なおさらそうするよね、普通。プロメテウスの炎と呼ばれているものが、ある力なのは知っているよね?」
遙は、わざと相手に反応させる間を与えた。
「……邪神のことか? 『旧支配者』とか言う……」
面白くない表情をしながら答えるイサムに、遙は口元に笑みを浮かべる。
「なんだ、それなら憑いているのが何か、もう知っているんじゃないか」
「本当なのか?」
「うん。その情報は、特零の内部でも確認されているよ」
即答する遙の口調に嘘が無いことを、イサムは疑うよりも先に認識した。
「他人の『血』を得る代わりに、そのカを貰っていたといっていた。まだ、残っているのか? それは……」
「源は同じだよ。プロメテウスの炎も、君の体内に入れられた力も同じ。ただ、その濃度が異なるから、違うものとして感じてしまうけれどね」
イサムは不意に違和感を感じた。まだ、最初の答えを聞いていない。知りたいのは、それだけだった。
「そのカは、無理やり与えられたの? それとも自ら望んだの?」
見上げるようにして遙は、イサムに顔を向ける。その質問に、イサムは少し戸惑った。七菜も沙羅も、貴咲良が自ら力を望んだことを知っている。
「与えられた力なら、それは、武器のようなものだから、捨てるのは簡単だよ。でも、望んだ力だというのなら、それはもう筋肉と同じ。身体の一部になっているから、簡単に解放できないよ」
その遙の説明は、イサムにはとてもわかりやすかった。実感があるから、現実をつきつけられて、その痛みにイサムは耐えた。無意味に、拳を強く握り締めている自分に気づく。
「力を求めたとき以上の、魂の力があるのなら、その蝕まれた力に、打ち勝つだけの魂の力があるなら、なんとかできるよ」
「それは、どうすればいいの?」
ずっと聞いていた七菜が、期待の眼差しで遙をみる。それに困ったように、両手を動かして遙は、宙を浮上して鳥居に座った。
「あのね、よく考えなよ。例えば、僕が今ここから、君たちを攻撃したら、君たちは僕の力をどう認識するの? 君たちが、プロメテウスを相手に戦って、その命を奪った時、向こう側には君たちの力は、どう認識される?」
ここまでいって遙は、軽く溜息をついた。思い出したように、まさこに視線を向けて、その正面に着地する。
「君は、何を知りたいの?」
首を傾げながら、そう訪ねる遙を見て、まさこは内心で微笑んだ。可愛い男の子を見て、つい無意識にそうしてしまっていたのだ。
「鳳城博士に頼まれていた薬。その成分に興味があったから。どうしてそれで、憑き物が治るの?」
「……そんなこと誰が言ったの? 僕は病気が回復するって言ったよね?」
飽きれた遙の声に、まさこは首を傾げた。七菜と沙羅は、その言葉の意味に気づいて、はっとした表情になる。
「……病気って、貴咲良さんのお母さんの?」
「そうだよ。他に、誰か病気の人なんているの? 博士が死んじゃったから、渡しそびれていたんだけど……」
「あの薬、病気じゃない人に使ったら……ううん、闇に捕らわれた人に使ったらどうなるの!?」
慌てた口調で質問する七菜。遙は少し考えて、何かに気づいたのか、声をあげて笑い始めた。
「あははははっ、アレを娘を治す薬だと思ったの!? 確かに、病気みたいな感じだけどさっ。あははははは……はぁ、はぁ」
「わ、笑い過ぎだよぉ」
顔を赤くして、七菜は答える。苦しそうに腹部を抑えて、鳥居に寄りかかり、なんとか落ち着く遙。
「実験してみないと、わからないけど……そうだ、はい、これ飲んで見てよ。たぶん、何も起きないと思うから」
遙は平然とそう言って、軍服から小さな金属の箱を取り出すと、その中から薬の粒を、イサムに差し出した。七菜と沙羅、そしてまさこがイサムがそれを口にするのをじっと注目する。もし、何か異常があれば、七菜はすぐに綾小路かなたを捜さなければいけない。
「……き、貴咲良くんのためだからな……」
と、断れない状況だと判断して、イサムは差し出された薬を受け取ると、思いきって飲み込んだ。
しばらくの沈黙が続くが、イサムにはなんの変化もない。
その時だった。すぐ近くに、光が落下していく光景が見える。
「あの方角は……吉祥寺……」
そう咳いてすぐ、イサムの身体が動いていた。七菜がその後に続く。沙羅は遙に軽くお辞儀をしてから、七菜を追っていく。まさこが一人残された。
「まだ何かある?」
遙の問いを否定するまさこの仕草を確認すると、遙は、歩いて、この場所から遠ざかっていった。
千早たちの前に、強羅玉都神君は立っていた。それに反応し、由良を守ろうとした藤代静音は、愕然とする。
由良の姿が消えていることに気づいたからだ。雨が、降り始めたその時は、まだ由良は目の前にいたのだ。いつのまにか雨が激しくなり、今、その姿はどこにもない。
「貴咲良!!」
合流できたイサムは、貴咲良の行為を見て驚愕した。
天宮睦弥の首に、貴咲良が噛みついているのを見てしまったからである。
雨に濡れた包帯が緩んで、醜い肌が露出する。しかし、睦弥がその場に蹲り動かなくなると、貴咲良は小刻みに震えながら、醜く変わっていた肌はもと通りになっていった。
「ダメだよ貴咲良さん!! 自分を見失ったらダメだよ。忘れたらダメ……戻ってきて!!」
呼びかける七菜の言葉は、貴咲良には届かなかった……。
「もう、戻れない……」
跨る睦弥を見て、貴咲良がそう咳くと、それが合図となって、貴咲良の瞳から感情が失われた。
壊れることで貴咲良は、苦しみから自分を解放してしまったのだ。貴咲良の攻撃は無防備な七菜を狙ったが、それをイサムが身体を盾にして止めた。
イサムは、その衝撃の痛みを受止め、貴咲良が動けないように、その腕を両手で掴む。
「目を覚ますんだ!! 貴咲良くん」
貴咲良の放った蹴りを、まともに腹部に受けながら、イサムが、その脚を掴む。その背後から、水倉静次郎が貴咲良の動きを止めようとしたその時、身体の中の何かが、蠢いた。
それはイサムも同じ。貴咲良を掴んでいた腕が、自分の意思とは異なる動きを選択する。
「に、げろぉ……」
搾り出されるように発した音を、七菜は聞き取る。その言葉を発したイサムが、突然、七菜に攻撃をしかけた。受止めようと、防御体勢になった瞬間、右側から七菜は強く押される。
体勢を崩した七菜に、イサムの仕掛けた蹴りから、無数の包帯が伸びて、七菜のいたはずの場所を貫く。
「さ、沙羅!!」
七菜を押した沙羅は、予知によって次の瞬間、自分がどうなってしまうのかを見てしまっていた。
それは静次郎の放った金属糸。不規則に蠢いて、沙羅は肩に痛みを感じる。簡単に斬り裂かれたそこから、鮮血が溢れ傷口からゆっくりと、袖が赤く染まっていく。
立ちあがった七菜が、沙羅を助けようとした時、気を失いそうになるほどの衝撃を腹部に受けて、そのまま蹴り飛ばされてしまう。駆けつけた亮常の蹴りを、まともに受けてしまったのだ。
何度も咳き込んで、それでも七菜は起きあがる。
「沙羅!!」
それが留めとなる瞬間、静次郎の金属糸が切断される。空から、無数の糸が伸び、地面に突き刺さっている。
「そんな……生きている……」
「大丈夫?」
着地して声をかけた咲来蛍は、千早の位置を確認する。七菜が、呆然としている沙羅の傍らに移動し、イサムたちの攻撃に警戒する。
「護るんだもん、私が護るんだもん。蛍が千早お姉ちゃんたちを護るんだもん」
「お待たせぇ~」
ケヴィンが、空から零号と尖を連れて、レイラの横に降り立つ。篝はいきなりレイラの前に出現し、由良をそっとその前に降ろした。篝の速度に反応できる者は多く無い。
「こ、ここは……」
戸惑って、周囲を見まわす由良。何気なくケヴィンは、背中から虫の羽を広げて能力で形を変化させ硬質化すると、レイラと、由良が濡れないようにする。
レイラはその行為に微かに笑みを見せると、零号に視線を向けた。それだけで、頷いた零号は、ゆっくりと蛍の背後に近づいていく。
「悪天候による戦闘実験てところかしら……」
貴咲良によって吸血鬼化した睦弥の行動に気づいて、千早は思いきって『天照の剣』のカを使った。光が強くなり過ぎないように、その一瞬にかける。
零号がその拳で、蛍を捕らえたその瞬間、閃光が放たれ、肉体の制御を失っていた者たちは、自分を取り戻す。
蛍に向けて、静次郎は金属糸を一気に放っていた。その速度に、蛍は反応できなかった。蛍の全身を金属糸が貫く。
「あ、あれ?」
つい泣きそうになった沙羅は、蛍の背後で膝をつく少女の姿を見た。零号とよばれている無表情の少女。その右腕を、静次郎の放った金属糸が、全て貫いていた。
「なんとか……」
そう蛍を殺さずに済んだことに安堵した瞬間、静次郎は強い雷撃で気を失った。全身から焦げた匂いがする。
それは零号が、金属糸を通して放ったものだった。無造作に、腕に突き刺さっている金属糸を引き抜きながら、零号が立ちあがる。
「本当に、本当に忘れてしまったの!? 貴咲良さんは大切な人を哀しませてもいいの!!」
沙霧夜甲ノ葉は、千早の『天照の剣』の光でも、戻らなかった貴咲良に、必死で呼びかける。イサムが、貴咲良の攻撃をなんとか防いでいる。
貴咲良は、そんな甲ノ葉の声が届いていないのか、背後から捕まえようとしてきた亮常の腹部に、肘の一撃を放った。
それを亮常は、最小限の衝撃で受けながら、貴咲良から距離を置く。、
「お願い!! 貫咲良さん……戻ってください」
沙羅は、甲ノ葉を攻撃しようとした貴咲良の前に飛び出た。
丁度、沙羅の身体がイサムの死角になって、貴咲良の動きが見えなくなってしまう。
甲ノ葉は、突然のことに反応できず、貴咲良の直撃を受けた沙羅と一緒に、大きく後ろに飛ばされていた。
「かはっ、かは、かはっ……」
呼吸がまともにできないまま、沙羅は苦しそうに咳き込んだ。貴咲良に声をかけようとしても、胸が苦しくて、咳しか出ない。亮常とイサムが動いた零号に一緒に仕掛けて、その動きを封じる。
「それ以上、喋っちゃダメだって」
無理だとわかっていても、貴咲良に呼びかけようとする沙羅を、甲ノ葉は《睡魔》で眠らせた。
貴咲良にゆっくりとかなたが、歩いて近づいていく。零号と戦っているイサムたちは、それに集中した。零号に貴咲良を攻撃されるわけにはいかなかったからだ。
「貴咲良様、これを飲んでください」
「無駄だよ!! それは、貴咲良さんのお母さんの病気を治すための薬なんだよ」
かなたは、七菜の言葉を聞いて、呆然とするしがなかった。
しかしその時、かなたは貴咲良の瞳から、流れるものを見た。
「……病気が治る!?」
震えながら、貴咲良の瞳が動揺している。かなたは、薬を口の中に含んで、そのまま貴咲良に唇を重ねた。どくん、どくんと、貴咲良はかなたから伝わる体温に、反応する。
「な、なんでこんなんで……」
「いや、ああやって他人に触れられるほうが、言葉よりも伝わることだってあるんだぜ?」
と、戸惑っている甲ノ葉の頭を、無造作に撫でて、天国幸一郎はかなたの行為を眺めた。
ごくんと喉を鳴らした貴咲良が、その場に座り込むのと、イサムたちによって零号が、意識を失うのとほとんど同じだった。
貴咲良のもとに、七菜たちは駆け寄る。まだ少し、瞳が虚ろんでいるものの、なんとか貴咲良は正気に戻っていた。
千早は少しほっとして、睦弥のそばに近づく。いつもの状態に戻ったはずの睦弥は何度も、
「お願い……早く殺して……」
そんな哀しい言葉を繰り返していた。
「どこへ行くの?」
幸一郎は、貴咲良を盗んで零課に向かっていた。後ろから、追いかけてくる気配を気にしながら。
声をかけられて、幸一郎はつい止まってしまった。追いかけていた連中に囲まれる幸一郎。
「あらら……誰だよ? 零課の連中に、この娘を治させるんだから」
「……そんなの無理だよ。いいように調べられて、捨てられるだけだよ」
「おいおい……あんたも零課だろ? んなことばらしていいのか?」
貴咲良に遙は、軽く頭を下げる。貴咲良は、少し不思議そうにしてから、嬉しそうに笑った。`
「遙ちゃん!?」
「あ、覚えててくれたんだ!? そか、それならいいことを教えてあげるよ。『カオスの錫杖』って呼ばれている特殊な追魂剣があるんだけど、その炎なら闇を浄化できるかもしれないよ?」
「錫杖って……まさか……」
そう咳く七菜の言葉に、誰もがその持ち主が雅なのかを知った。遙は、貴咲良に手を振って、歩いて行ってしまった。
「……素直に渡してくんないよ、あの性格じゃさぁ~」
その亮常の言葉に、みんな何度も頷いていた。
『カオスの錫杖』を手に入れたとしても、その力を正しく使えるかわからないため、現在の所有者である強羅玉都神君に貴咲良の浄化を頼もうとした最終回。
正解は、「その力を正しく使えるかわからない」という弱い考えに反逆することだったらしく、「日和るんじゃなかったーっ」と後悔することになりました。
天宮遙から、強羅玉都神君の錫杖が闇を祓う力があるらしいことを聞かされた。何故そのことを教えてくれたのか、そしてそれが本当のことなのかはわからないが、別の方法を知らないことは確か。
追魂剣がもし手に入ったとしても、その力を正しく使えるとは限らない。実際、強羅玉都神君が錫杖から放つ炎は人を"灼く"力を持っている。ならば、今現在、確かに錫杖の炎を操っている彼にその力を行使して貰うのが一番確実であると思う。
「人は過ちを犯す……けど、自らの過ちを認めて、それを正そうと努力するのもまた人間だと思う」
川面千早という一人の少女。突然、付加された『天照の巫女』というもう一人の自分の形。
その課せられた宿命によって、千早は多くの者たちを惹きつけていく。それが、千早という少女に惹かれたものなのか、それとも『天照の巫女』という名を持つ少女に惹かれたのか、それを明確に判断できるものはいない。
千早が『天照の巫女』と聞いた瞬間に、それも千早という少女を形作る情報の一つに加わっている。それが、真実か否かに関わらず、付加された形は、記憶の中に残る。
強羅王都神君が見た未来の形、それを今、強く具現しているのが千早という存在だといえる。それが、何を示しているのか、その答えに気づくことはできるのだろうか……。
「……超えなくちゃ、あの錫杖のカは使えないのに……」
篝と尖の様子を見ていた甲ノ葉は、樹里から錫杖を奪うことができたとしても、それでは意味がないのだと確信していた。しかし、甲ノ葉の行く手を遮っているのは、樹浬によって使役されている四聖獣の一つ、白虎だった。
「私たち、彼女一人の力に、翻弄されているみたい……」
絶対的なカの差が、どこにあるのかと宮城七菜は考える。
天宮遥の言葉と強羅玉都神君の言葉。
「……魂の力……」
「?」
姫宮沙羅の一言に、七菜は視線を沙羅に向ける。まだ、傷ついたままの身体が痛々しい。
「遙さんが言っていた言葉ですわ。樹浬さんにあって、私たちにはないもの……足りないもの」
はっきりとした形が見えるわけではなかった。ただ、沙羅には、青龍たちと戦っているイサムたちが、樹浬という存在より、ずっと小さく感じられてしまう。
「……私、頼ろうとしてた……」
錫杖のカを、強羅玉都神君に使ってもらう。そう考えていた七菜は、複雑な表情でただ、戦いつづけるイサムたちの姿を見つめる。
一瞬、青龍と白虎の動きが鈍った。それを、イサムと亮常は見逃さない。イサムの放った包帯と、亮常が跳躍しながら斬り上げた刀によって、青龍の身体は浅くない傷を負ったのだ。しかし、イサムたちは嫌な空気を感じて、その勢いに乗じて攻撃する機を逃した。
島岡小次郎によって、強羅玉祁神君の仮面が砕かれた。しかし、すでに果心居士によって、命を失いかけいた小次郎は、強羅玉都神君の放った一撃で、その心臓の鼓動を止めた。
プロメテウスの刺客たちに、死を自らの手で与えていた者たちも、その死を見て、悲しみとは少し違う不快感に包まれた。小次郎という存在に触れ、知っているからこそ、その死に痛みを感じたのだ。
青龍と白虎の咆哮が、止まった時間の中に響く。それは、強羅玉都神君の仮面が砕かれたことに、動揺してしまった樹浬自身の叫びだったのかもしれない。
ゆっくりと立ちあがる強羅玉都神君。その仮面に隠されていた部分を見て、イサムたちは一を歪ませる。そこにあるものは、眼だけだった。その周りに、顔と呼べるものはなく、ただ混沌としか表現できない世界が、そこには見えた。
「これを逃したら……」
強羅玉都神君に向かって甲ノ葉は動いた。白虎の動きが止まり、強羅玉都神君は武器を失って、仮面も壊された。この機に攻められなかったら、また、いつその機が訪れるのかわからない。
しかし、甲ノ葉の反応に、一瞬だけ遅れたものの、白虎は咆哮を甲ノ葉に向けて発すると、すばやく飛びかかって、その体重で甲ノ葉の動きを封じてしまった。
戸惑う甲ノ葉は、自分を見下ろしている影に気づいた。そこには、不敵に微笑む樹浬の姿があった。
「……あのお姉さんの命を奪えるくらい、その業を負える心がないと、ここから先へは進めないんだろうな……」
同じように、強羅玉都神君に近づこうとする者たちを、樹浬は一人だけで阻んでいる。強羅玉都神君に対して心を決めていた者は、樹浬という意外な壁を超えるための答えを見つけられずにいた。
「そうかな……誰かの命を奪うだけじゃ、プロメテウスと変わらないよ甲ノ葉くん。蛍が戦うのは、その人じゃない。心の中にある闇の部分だよ」
そう蛍はいって、宙に飛ぶと無数の糸を樹浬に向けて放った。その速度と、樹浬は他の者たちと戦うことに集中していたため、蛍の動きの全てを把握できなかった。
「はぁ~、こんなことしている場合じゃないじゃん」
急に、亮常は青龍との戦いを中断して、樹浬の近くへ着地する。背筋をピンと伸ばし、刀の重みを感じながら、無駄なカを抜いた。目を閉じてただ、青龍の存在だけを感じる。
「邪魔するなら、斬る!」
跳躍する亮常、青龍が再び水の息吹を放った瞬間、亮常の振り下ろした刀が、真っ直ぐその青龍のいる場を斬り裂いた。
放出された大量の水は、綺麗に半分に分かれると、亮常の左右を抜けるように、あらぬ方向へ落ちていく。
青龍を形造っていた水が淀み、地面に一気に落ちた。滝のようなそれは、地下にまで落ちていくように、地面には弾けず、そのまま吸収されるように消えた。
「さてと……そろそろやばいよなぁ~」
青龍を斬り裂いて、着地した亮常は、そのまま崩れるようにして倒れた。すでに、空を覆っていた雲はかなり薄い。
「……熱くなってる……」
夜の闇が無くなった今、今まで動いていたのは亮常が、自らそのカを抑えていたからかもしれない。七菜は、二人も貴咲良と同じ、吸血鬼であることを思い出した。
「……業火はあらゆるものを焼き尽くす……」
いつの間にか、千早の周りに強羅玉都神君と対峙して立つ者たちがいた。その強羅玉都神君の言葉に反応するかのように、炎は激しさを増して、蛍の全身を焼き尽くしていく。
蛍は、身につけているものが燃える落ちていくのを感じた。
それは着物だけではない。自分という中にあった、何かが燃えている。
その蛍の姿に、千早が反応した。千早の中にいるもう一人の千早。それに気づいて、強羅玉都神君が、妖刀を構える。
千早の中の目覚め。しかし、千早の身体を包み込む光が、睦弥の肌を焼いていく。紙が燃えていくように、少しづつ焦げ始めていく。それに、千早は気づかない。
それは七菜の目の前でも起きた。少し離れていても、イサムと亮常の身体が、千早の放つ輝きによって焼かれる。
千早の中から溢れ出す。その身体に流れる血の呪縛。千早の中のもう一つの形が目覚める。眩き光と共に……。その千早に妖刀を向けた強羅玉都神君はしかし、その場に崩れた。
心臓に当たる部分に、背中から深深と刀が突き刺さっている。中洲堂臣也の刀によって、強羅玉都神君は動きを止めた。
その腕に千早を抱き寄せた臣也の姿。誰も、何が起きたのかわからず反応できなかった。
感覚が無くなっていた。蛍はよくわからなかった。ただ、闇を消すことだけが、強く強く頭の中をめぐる。
「……誰?」
「我は混沌。祖にして、源。そして、手にし者の形を具現する力」
「?」
目を開ける。しかし、何もそこには無かった。ただ、黒一色に染まっている。誰もそこには存在しない。
「……寒い……」
錫杖をしっかりと握り締めて、全裸のまま蛍は、地面にゆっくりと落下する。地面の冷たさに、蛍は無意識にそう口にしていた。
そっと、何かに包まれて蛍は目を開ける。七菜が、上着を自分にかけている。甲ノ葉は、蛍が目を開けたことに気づいて慌てて後ろを向いた。
「えっ……、は、はだかぁ!!」
顔を真っ赤にして、七菜にかけてもらった甲ノ葉の上着を、しっかり掴んで、蛍はできるだけ肌を隠そうと、小さくなる。
その反応が可愛く思えた七菜は、つい嬉しそうに微笑んでしまう。ふと、蛍の表情が変わった。
「……みんなの闇を、燃やさないと」
沙羅と七菜は、顔を見合わせる。蛍の言葉の意味がわかったからだ。蛍たちは、すぐに行動に移った。
もとの姿に戻った貴咲良が、母親と楽しそうに会話をしている。その姿を甲ノ葉たちは、遠くから見つめていた。
「会わなくていいの? 甲ノ葉くん」
七菜は不思議そうにいう。イサムは満足そうに、甲ノ葉たちより先に、ここから離れていく。
「さよなら……貴咲良」
跳躍し、イサムに続いた。
甲ノ葉たちが去ろうとした時、大と九十九に手を引っ張られた沙羅とかなたが、家の中から出てくる。
「あ、皆さんも、いらしたんですね?」
沙羅の言葉に、貴咲良も気づくと嬉しそうに微笑んだ。
シナリオを進めることを最初から放棄し、「表」のNPCが「裏」の世界に近付くことを阻止しようとした第1回。
結果は御覧のとおり、ちょっと出で終了です。
雰囲気や物腰を見れば、今回の事件の捜査に幾人もの「裏」の者達が関わっていることがわかるので、専門的な捜査は彼らにまかせ、自分は一般生徒を守る役に回る。
といっても、一度痛い目に遭わなければ、捜査から身を引くとも思えないので、自分を「守られる存在」に位置づけ、無茶な行動はできない立場に置かせる(何かに向かって行きそうになったりしたら、服を掴んで恐がり、その動きを止める、等)。
また、「裏」の者と思われる人達に隠語等を使って接触を取り、情報を集約することを提案する。
小石川区の私立紫藤女学院で起きた神隠し事件には、多くの『照らされざる者』たちが興味を持った。単なる興味本位の者、物の怪を倒して裏の世界での名声を高めたいと願う者、事件に悩む学校関係者を助けたいと考えたその知人たちなど動機や立場は様々であったが、ともかく神隠しの舞台となった女学院を調べなくては埒があかないと思ったのは皆同じだった。そこで、かれらは校内に入る手段を求め、『藤女おかると倶楽部』を結成した井原いづみと北里梗子、理事長である藤川綾乃の元へ続々とやって来た。
「別に、高野山みたいに女人禁制ってわけでもないんだし、大丈夫よ。それに、何か月も経っていそのに手がかりもっかめない警察なんかに任せておけないもの!」
「そうだよねっ! それに、自分たちで調べた方が楽しいもんねー、いづみ?」
いづみの従妹の七海が火に油を注ぐようなことを言う。いづみから借りた藤女の制服を着込み、差し入れの弁当が入ったお重の包みを抱えてやる気まんまんだ。
「……井原さんと北里さんて『照らされざる者』なのかなぁ? 普通の人が下手に『物の怪』なんかに関わると大変な事になると思うんだけど……」
そんないづみと七海を見て、明智冬夜は心配そうにつぶやいた。と、
「しっ、声が大きいよ。どうも、あの二人は『裏』の人間じゃないみたいだし、集まって来た人たちの中にだって、『裏』の事を知らない人も居るかも知れないんだもん、うかつにその名前を出しちゃダメだってば」
冬夜の肩を、宮城七菜がつついて耳打ちした。
「あ……そ、そうだね」
ひとりごとのつもりだったが、結構大きな声が出ていたらしい。冬夜は身を縮めて周囲をうかがった。
冬夜と七菜のやりとりの間に、事件を調べるために藤女に転入した明善光輝は、色々と情報を引き出そうと、いづみと梗子に話しかけていた。
前回同様、事件から一般人を遠ざけ、他のPCが動きやすい環境を作ることを目指した第2回。
アクション内容は前回と殆ど変わらないのですが、何故か結構登場しています。それにしても皆さん、裏の力を表に出しすぎのような気が。
学校内の見回りをしたりする時、わざと何もない方や裏の人達がいない方へと誘導する。いざ、ごたごたしている所に首を突っ込みそうになったら、足手まといに徹する。
夕暮れ時という定まった時間、校内という他の人に見られそうな場所、そして、多くの裏の者が関わってきているという条件下で行われる人攫い。ただ、人を攫うことが目的ならこんなところでは行わない筈。
だとすると、この「場所」で攫うことに意味があるのか……それとも、裏の者達を誘き寄せる為の「エサ」としての事件なのか。鳳城貴咲良(001)のように。
多くの『照らされざる者』たちが調べてもなお、紫藤女学院の神隠し騒ぎの真相は明らかにはならなかった。『お庭の藤』以外の『七不思議』は単なる噂で神隠しとは関係のないこと、黄昏時に飛来した異形のものが女学生をさらったと思われることが判ったが、消えた女学生たちが今どこに居るのか、異形のものがどこから、何者の差し金でやって来るのかは今もって不明である。
しかし、『藤女おかると倶楽部』を結成した井原いづみと北里梗子はそんなことは知らず、裏の者たちが起こした騒ぎを神隠しと関係のある怪奇現象と思い込んで、今日も張り切って校内の見回りを続けていた……。
異形のものこそが、事件を解決する最大の手がかりになると考えたのは、朋美だけではなかった。
「異形のものを捕まえて、正体を調べるべきだろう」
校内見回りの休憩中、おかると倶楽部の護衛役を務めている小杉小十郎は、仲間たちに向かってそう主張した。
「捕まえるより、逃がして追いかけて、どこから来るのかを調べたらどうかな? 神隠しに遭った人たちも、多分そこに居ると思うし」
冷たい麦茶を一口飲んで、咲来蛍が言った。
「そうですね。いづみさんや梗子さんに異形のことを話して、囮になってくれるように協力を求めましょう」
「冗談じゃありません、いづみにそんな危ない真似させられませんよ! あなたが女装してやって下さい!」
うなずいた氷室双魔に、神楽晶が食ってかかる。
「いづみはともかく、梗子お姉さまをそんな目にあわせるなんて、絶対に出来ないもんっ!」
藤原希美もも、机にだん! と拳を振り下ろして叫ぶ。
「女装はともかく、私も、あの二人や、他の生徒を巻き込むのには反対だな」
まあまあ、と宮城七菜が三すくみになっている三人の間に割り込みながら言った。
「いづみくんも梗子くんも、確かに女学生としては腕が立つみたいだけど、『裏』の人間とは比べものにならないもん。万一の事があったら取り返しがつかないでしょ? それに、囮になってもらうっていうことは、私たちが『裏』の者だってことをあの二人に知られちゃうってことだしね」
「『おかると倶楽部』の生徒たちなら、僕たちのことを受け入れてくれるんじゃ……」
双魔は言ったが、七菜は苦い顔でかぶりを振った。
「『裏』のカは、他人に危害を加えることだって十分に出来るカだもん。私が『表』の人間なら、そんなカがあると知った瞬間から怖くて近寄れなくなると思うよ。それに、たとえ受け入れてくれたにしたって、囮役は危険すぎるよ。いくら気をつけておいても、巻き込まれてとばっちりを受けないとも限らないしね」
「あの、でしたらわたくしが囮役をいたしましょうか? 上手くさらわれることができれば、神隠しに遭った皆さんの居場所を突き止められますし」
常磐華廉が手を挙げた。
「私も、やっても構いませんけど」
須藤紫貴もうなずく。
「さらわれて怖いことになっちゃったら困るから、蛍が『飛行』して追いかけた方が良くない?」
机に頬杖をついて、蛍が言った。
「そうだね、あとはちっちゃい式神をくっつけて逃がすとか……」
希美は蛇の式神を異形と自分に絡ませてぶら下がって行こうと考えていたが、蛍の意見を聞いて考えを変えた。
「じゃ、私は一般の生徒をそっちへ近寄らないように誘導するね」
七菜は一般の生徒を巻き込まずに済みそうなことにほっとしながらも、胸の中に一抹の不安がよぎるのを押さえる事ができなかった。犯人の目的が単に人をさらうこととは思えない。この場所でさらうことに意味があるのか、さもなければ裏の人間を集めるための、言わばエサのようなものではないのか……と。
翌日、囮作戦は決行されることになった。七菜が運動場の端の方へいづみや梗子たち一般の生徒たちを誘導し、その間に囮を裏庭に配置する。どうか無事に済みますように、という七菜の祈りを打ち砕くきっかけを作ってしまったのは、つい最近異形のものの噂を聞いたという斎盛玉虫だった。
「ねぇ、いづみお姉さん、梗子お姉さん、大きなコウモリみたいな異形のものが女学生を襲ったって聞きましたけど、いったいどのあたりであったんですか?」
「ええっ? 聞いたことないけど……」
いづみは目を丸くした。梗子も驚いている。七菜は内心頭を抱えたが、もう後の祭りだ。
「きっと、天狗ですよ。やっぱり、神隠しだったんですねー」
感心したように梗子が言って、空を見上げた。しばらくぽかんとしていたと思うと、どんよりと暮れかけた曇り空の一点を指さす。
「それって、あんなの……ですか?」
そこには、女学院の裏庭めがけて舞い降りる異形の姿があった。
「あれが、神隠しの犯人……」
いづみは異形のものを睨み上げると、駆けだそうとした。
七菜はあわてて、いづみにすがりついた。
「ねぇ、やめよう、怖いよ」
「だって、あそこで誰か襲われてるんじゃないの? だったら助けに行かなくちゃ!」
七菜を振り切って、いづみは走り出す。
「いづみくん、待って!」
七菜は他の生徒たちを残し、いづみを追いかけた。
その頃、裏庭では既に戦いが始まっていた。
「我が校の生徒に手を出して、タダで済むとは思わないで下さいませ!」
「やりすぎるなよ! 校内であまり騒ぎを大きくしてはまずいであろう」
火術を使おうと火薬玉と油を取り出した水無月蛍を、小十郎がたしなめる。騒ぎが大きくなりすぎるのも困るが、ここは異形を倒すのではなく、上手く逃がして後をつけなくてはならないのだ。
しかし、異形は囮に攻撃を仕掛けるばかりで、さらおうとしない。
「……何か、おかしいですわ!」
爪と牙を使った攻撃に持ちこたえられず、後退しながら華廉が叫ぶ。彼女をかばうように間に入り、鉄の爪を振り回しながら双魔が言った。
「攻撃していれば、そのうち逃げ出すでしょう!」
鉄の爪が異形の硬い皮膚に当たり、がりがりと嫌な感触がする。それでも、異形は逃げようとはしない。
「ええいっ! まどろっこしいですわ!」
蛍は思わず、持っていた火薬玉を投げてしまった。派手な爆発音と共に火柱が吹き上がる。やってしまった……と仲間たちは頭を抱える。
「いくらなんでもこれで……え??」
ばんばんと手をはたきながら火柱の消えた後を見た蛍は、目をしばたたいた。異形の姿がきれいさっぱり消えている。
慌てて上空を見上げても、逃げた様子もない。
「た、倒しちゃった……のかな」
きまり悪そうに言いながら、仲間たちに視線を戻す。皆の目が一点に集中しているのに気付いて、蛍もそちらを見た。
そこには、瞳を見開いたいづみと、堅い表情の七菜が棒立ちになっていた。
「あーあー、倒しちゃダメだってばぁ」
木の上に隠れてなりゆきを見守っていたもう一人の蛍……咲来蛍は、異形が消えてしまったのを見て大きくため息をついた。仕方がないので木から降りようと思ったその時、視界の隅を何か黒いものがかすめた。蛍は慌てて、そちらへ振り向いた。別の異形が、人間らしきものを抱えて飛び去って行く。
「あれ、まさか……」
蛍はきゅっと唇を結んで、滑るように空中へと身を投げた。
曇り空も手伝って、刻一刻と暗くなる中を、西に向けて飛び去る異形を追いかける。
してやられた。
囮作戦に加わった『照らされざる者』たちは、その光景を見て唇を噛みしめた。七菜が置いて来てしまった一般の生徒たちが、運動場の隅に折り重なるように倒れている。駆けつけた校医の見立てでは、単に眠っているだけで別状はないということだったが、その中に、梗子の姿がない。
「まさかこっちへも来るとは思わなかったから、そちらの様子に気を取られていて……」
すっかり油断していたらしい玉虫は、意気消沈している。
玉虫の話によると、異形は霧のようなものを吐いて女学生たちを眠らせ、梗子を連れ去ったのだという。
「囮だって見抜かれてたのよ! おかしいと思ったんだよね、同じ手に二度もひっかかるなんて」
櫻井朋美が叫んでも、後の祭りだ。
「追いかけて行った蛍が、手がかりだけでも掴んで来てくれるといいんだけど……」
希美の言葉に、皆は一様にすっかり暗くなった空を見上げた。
梗子がさらわれたという知らせを受けて理事長室から飛び出して来た綾乃は、七菜から『少しの間皆から離れていて、戻ってみたら梗子が居なくなっていた』と聞くと、その場にくず折れてしまった。
「あのう……いづみさんはどうしてます?」
不用意なことを言って梗子がさらわれるきっかけを作ってしまった玉虫が、おそるおそるたずねた。
「さすがに落ち込んでますよ……。おまけに、僕たちが戦ってるところも見られちゃいましたしね。やっぱり、警戒されてしまってます」
答える神楽晶も、がっくり来ている。幼なじみなだけに、知られざる一面を知ってしまったいづみに避けられてしまっているのだ。
「まぁ、済んじゃったことは仕方ないよ。それより、これからのことを考えなくちゃ」
大きくため息をついて、七菜が玉虫と晶に言った。
前回、一般生徒が目にした怪異について科学的な理由をでっち上げ、未知を既知にしようとした第3回。
採用されたのは「裏の者達が学校を離れて動けるようにするための警察による警備」だけでしたが、それ以前の問題として、「理事長先生にゆかり様の存在を認めさせるのは大事なことだけど」
などと、今までのアクションと全く逆のことを発言していまして、モチベーションが急降下することに。
何人かの生徒が目にしている梗子をさらった怪物。これを「西洋のからくり人形」と位置づけることで、今回の事件が「神隠し」という正体不明の出来事ではなく、人為的な「女生徒誘拐」であると認識させる。
「実際にそんな魔物がいるわけないものね」
今回は集団でいるのに狙われた。こうなると四六時中見張っている必要が出てくる。普通の人(警察)にも応援を願いたいと思う。
誘拐と占い師。何か関係がある筈。目的は、藤の木を「切ること」ではなく「切らせること」? その結果が見えない以上、思い通りにさせるわけにはいかない。
紫藤女学院の『お庭の藤』には、ゆかりと名乗る精霊が宿っていた。だが、ゆかりは、『いずれ滅びる自分が神隠しの罪をきせられて今ここで滅んだところで、たいした差ではない』と人間たちを拒んだ。
その一方で、行方不明になった女学生たちの居場所を突き止めるために異形のものを追った者たちは、敵に裏をかかれて逆に北里梗子を攫われてしまった。
ゆかりを、梗子を、彼らは救うことができるのだろうか。
その事件が起こり始めたのは、そろそろ梅雨も明けるのではないかという時期のことだった。
誘拐の予告状が、藤女に届くようになったのである。
「ヘンだよねぇ……今までの神隠しでは予告状なんてなかったわけでしょ?」
新しく『藤女おかると倶楽部』に入った吉野天姫は、宮城七菜に訊ねた。
「そうだよ。だから『神隠し』だったんだもの。それがいきなり予告状なんて……ねえ」
七菜も、この件については疑問に思っているらしい。たとえ異形のものの裏で人間が糸を引いているのだとしても、その人物は神隠しをゆかりのせいにしょうと画策しているのだ。
予告状など出すわけがない。
「多分、神隠しとは別の人間の仕業だと思うんだけど、これはいよいよ、警察に警備を頼まなくちゃいけないかなぁ」
七菜は盛大にため息をついた。先月梗子がかどわかされた時、異形のものは女学生たちが集団で居たにも関わらず襲って来た。四六時中警戒しなくてはならないとなると頭数が必要になるが、彼女たちが藤女にはりついていたのでは、梗子を探しに行くことができなくなってしまう。そこで七菜は、『裏』の人間ではない普通の警察官や警備員に警備を頼むよう、理事長の藤川綾乃に提案するつもりでいたのだ。
理事長室を訪れた七菜の提案を、綾乃はすんなりと受け入れた。理事長としては、犯人が誰であろうが、これ以上生徒の失踪・誘拐事件を起こすわけには行かないからだ。
「いっそ、夏休みの開始を少し繰り上げようと思うの。警官や警備員が沢山居る中で授業をしても、生徒たちも落ち着かないでしょうし」
「ええ、それがいいと思います。ところで理事長先生、『お庭の藤』はどうなさるんですか?」
すっかりやつれてしまった綾乃を元気づけるようにうなずいてから、七菜はたずねた。
「やっぱり、切ってしまおうと思うのよ。予告状は人間の仕業にしても、以前の神隠しと本当に関係があるのかどうかわからないし……」
綾乃が息をついたその時、
「藤の木を切ったって、事件は解決しないぞ!」
綾乃の机の下から声がした。綾乃と七菜が机の下をのぞき込むと、そこに居た白い洋猫がひょいと机の上に飛び上がって、綾乃に向かって口を開いた。
「確かに、藤の木には精霊が宿ってる。でも、神隠しの犯人じゃなくて、濡れ衣を着せられようとしてる、むしろ被害者なんだって!」
洋猫……神島塊はそう言って、普段は長毛に隠れている翼を広げて見せた。七菜は頭を抱え、綾乃は茫然と塊を見ている。
「あんたは信じてないみたいだけど、物の怪ってのはおとぎ話の中の存在じゃない。ちゃあんと実際に居るんだぜ、ほら」
綾乃が黙っているのをまだ信じていないのだと思った塊は、ダメ押しとばかりに机の上で変身を解いた。
「きゃあぁぁぁぁっ!!」
二人分の悲鳴が理事長室にこだまし、飛び込んで来た警備員が見たものは、気を失っている綾乃と真っ赤になった顔を覆っている七菜、そして机の上に立っている全裸の(人型の)塊であった。
警備員に取り押さえられて警察に突き出された塊は、神隠し事件と関係がないか厳しい取調べを受け、さらに無断侵入及び猥褻物陳列についてこってりしぼられた後、三日後にようやく釈放された。
「ったく、いい加減にしろよ! これ以上俺様の仕事を増やすんじゃないと言ってんだろうが!」
身柄を引き受けに行った校医の浅葱潔は、藤女に戻るなり塊を一喝した。塊が警察送りになっている間に、無貌紳士の手先を名乗る西洋人が白昼堂々藤女を襲撃しており、使い魔を召喚しての戦闘を目の当たりにしてしまった綾乃が度重なる変事にショックを受けて寝込んでしまったため、いつにも増して機嫌が悪い。
「確かに理事長先生にゆかり様の存在を認めさせるのは大事なことだけど、それにしたってやり方ってものがあるでしょ!?」
「……ごもっともです……」
七菜にまで叱られてしゅんとする塊を睨みつけて、潔が言った。
「これ以上余計な騒ぎを起こせねえように、いっぺん死んでみるか?」
「い、いえ、結構です」
塊はあわててかぶりを振り、そそくさと走り去って行った。
「まあ、確かにショック療法っていうか、実際に見たものを信じないわけにいかないって、先生も思い始めてるみたいだけど……」
それを見送って、七菜は小さくため息をついた。
「それにしたって、倒れるってのは刺激が過ぎらぁ。谷や明善が居なきゃ、どうなってたか」
潔は肩を竦めた。神主の谷菅根は目に見えぬものの存在を綾乃に説き、明善光輝は『占い師よりも、生徒たちの言うことの方を信じて欲しい』と言った。おかげで、綾乃は藤の木を切ることをとりあえず思いとどまったのだ。
「このまま思いとどまり続けて欲しいけどなぁ」
潔の言葉に、七菜は大きくうなずいた。
他のPCが本筋を解決している間に、ゆかり(お庭の藤の精)に「今までの怪異は、怪異じゃなかったことにしよう」と提案しようとした最終回。
結果は、御覧のとおり、「失敗」ではなく、「没」。さらに、アクションでは「ゆかりさん」と書いていたのに、リアクションでは「ゆかり様」とか発言していまして、これまたやる気が急降下。なお、2か月後には続編シナリオである019『闇の夢紡ぐ繭』が始まったものですから、「提案すらさせずに没にしたのは、続編シナリオに影響が出るからでは?」などと邪推することになった次第です。
他の人達が横浜に行っている間、自分は彼らの狙いである藤の木を見張る。できるならば、とっくにそうしている筈なので、今更直接的な行動に出る可能性は低いと思うが、彼らの行動には理解しがたいことがあるので(人を操る力があるのに、わざわざ面倒なことをして、自主的に綾乃が切るように仕向けている)、念には念を入れることにする。
「ね、ゆかりさん。綾乃さんは、ゆかりさんのことを知っちゃったけど、これからどうするの? ひょっすると、これから何かあるたびにゆかりさんに助けを……ううん、それ以上のことを求めてくるかもしれない。だって、その『存在』を知っちゃったんだもの」
「もし良かったら、この前の筆談、仕掛けがあったってことにしない? ゆかりさんが良ければ、静さんに頼んでみようと思うの。ゆかりさんや私たちみたいな存在は、『もしかすると、いるかもしれない』って立場にいるのが一番だと思うから」
「ゆかりさんは、種に宿ることってできないの? もしできたら、『最後の森』にも行けるんだけどね♪」
紫藤女学院の『お庭の藤』は守られた。だが、北里梗子に続いて井原いづみまで、『プロメテウス』の黒魔術師・秋月冬馬の虜になってしまった。
神隠し事件を追ってきた『照らされざる者』たちは、その誇りと意地をかけて、攫われた女学生たちを取り戻すべく冬馬との決戦に挑もうとしている。
だが、横浜のオッフェンバッハ邸では、女学生たちに加えて、大河内雅や鳴神征一郞といった一部の『照らされざる者』も、冬馬に支配され、彼の意のままに動く操り人形にされてしまっていた……。
その頃、谷菅根、宮城七菜、秋宮香乃、藤宮百合也の四人は、藤女で留守番をしていた。
「今更こっちへ来る可能性は低いと思うけど、わざわざ綾乃に『お庭の藤』を切らせようと仕向けたり、不審なところもあるもの、油断はできないわ」
「向こうが囮でこちらが本命ってこともあるかも知れへんし」
「こちらが正体に気付いていないと知らずにまた来る可能性もあります」
七菜の言葉に、香乃と菅根がうなずく。と、
「来たぞ!」
校舎の屋根の上から周囲を見張っていた百合也が叫んだ。
こちらへ向けて茜色の空を飛んで来るものと、屋根づたいに跳躍して来るものがある。
「……飛んで来るのは反則だと思うなぁ」
女生徒たちも連れて、大人数で押し寄せてくるものとばかり思っていた百合也はため息をついた。それに備えて、藤女の周囲に足止め用の罠も仕掛けてあったのだが、仕方ない、と百合也は鉄扇を取り出す。
襲撃して来たのは偽占い師と修験者風の男、それと異形のものに乗った大河内雅だった。
「ちぃ、しっかり残ってるなぁ。けど、あのくらいの人数やったら何とかなるやろ。ほれ、異形ども! 冬馬様の命令や、あの連中『めんちぼー』にして食ってまえ!」
雅は異形のものを指揮して、屋根に上がった菅根と百合也に襲いかかる。
「そんなわけには行きませんね! 天神よ、我が剣に宿りて悪しきを消し去れ!」
裂帛の気合いと共に、菅根が太刀を一閃する。異形の一匹が翼を切り裂かれ、霧散した。百合也も、鉄扇を振り回して異形を切り伏せる。
一方、地上では、香乃と七菜がどうにかして偽占い師と修験者を食い止めようとしていた。香乃があらかじめ、進むことを禁ずる札を藤棚の四方の支柱に張っておいたのだが、修験者が錫杖を一閃すると、札は真っ二つに裂けて地面に落ちてしまった。
「ゆかり様に傷をつけさせたりしないんだから!」
七菜は、修験者めがけて突っ込んだ。繰り出される錫杖をかわしてどうにか足を止めるが、空手で相手をするのはやはり不利である。
そこへ、乗っていた異形を撃墜された雅が降って来た。
「だ、大丈夫!」
香乃は職業意識から思わず雅に駆け寄ってしまい、ぎょっとした。首が、明らかに不自然な角度に曲がってしまっている。
「お、おお、平気や。『ぞんび』やさかいな」
ごき、と雅は自力で首を直した。そこへ百合也が飛んで来て、持っていた縄で雅をぐるぐる巻きにした。菅根は七菜の助太刀に入る。
「こちらは私に任せて、占い師を!」
ほどなく、菅根は修験者を切り伏せた。七菜は偽占い師と素手でやりあっていたが、菅根より少し遅れて、相手を叩き伏せた。
「と、冬馬、さまぁ……」
偽占い師と修験者の胸から、青白い炎が吹き上がった。それはたちまち二人の体を包み、焼いてしまった。
「横浜へ行った皆さんは、今頃……」
菅根は刀を鞘に収め、既に日は沈み、わずかに残照が残るばかりの西の空を見上げた。