区分 | 開始時 | 終了時 |
---|---|---|
礼儀作法 | 生活 | 生活 |
ケンカ | 生活 | 生活 |
格闘[素手] | 生活 | 生活 |
銃器[拳銃] | 生活 | 専門 |
隠密行動 | - | 生活 |
家事 | - | 達人 |
調理 | - | 専門 |
アルバイト | - | 専門 |
遊戯 | - | 専門 |
「実年齢より若く見えるキャラクター」第3号です。もっとも、若く見えるのは全身サイボーグのためであり、かてて加えて、記憶喪失のため、精神年齢は外見年齢とほぼ一緒です。
当初はMSパイロットを登録する予定でしたが、参加希望ブランチを記入する段になり、「軍人をプレイする以上、集団行動が基本になる→きちんと交流を行わなくてはならない→これ以上交流を増やすのはしんどい」ということに気付き、急遽、暗殺者へと変更。そして、「やはりオールサイバーだな」、「抗ESPフレームもいいな……しかし、普通の人がこんなものを使用できるのだろうか?」などと考えていった結果できあがったのが上記のキャラクターです。暗殺者からヤクザに変更したのは、暗殺者の場合は事件に関わるために「依頼」が必要となり、受動的で難しいように思えたためです。
自分を拾ってくれた人の為になら犯罪にも手を染める、そんなララァなら分かってくれそうなキャラクターをプレイしようと記憶喪失にしましたところ、シナリオに組み込まれ、「本名、原田早苗。7年前に厚別で起きた誘拐事件の時にさらわれ、実験体の一人として医師(PC)の手でオールサイバーに改造される。その際、偽の記憶を与えられ、自分を助けに来た探偵(PC)を撃ち、自分の両親を殺害。その後、行方をくらませる」といった設定がマスターから付けられました。かてて加えて、それらが他のキャラクターの個別リアクションで明かされるという恐るべき状況に。結果、当初の考えとは反対に、最も交流に力を入れることになったゲームです。
ちなみに担当の風媒花マスターは、初期情報に登場した無名のNPCを自己申告で自分のPCとすることも許可しています。さすが風媒花マスター! 多くのマスターにできない事を平然とやってのけるッ、そこにシビれる! あこがれるゥ!
後半、ストーリーそっちのけで自分のことばかり考えるようになってしまったため、「殻に閉じこもらないでもっと物語に絡めよ、当時の俺」と思わずにはいられません。
7年前、連続行方不明事件が多発していた時、友人から依頼を受けた。娘を探してほしいという依頼だった。
事件に巻き込まれたのだ。
すぐさま依頼を受けた、娘を知らないわけではなかった。友人がどれだけ娘を溺愛していたのかも。
依頼を受けてからはほとんど眠らなかった、頭が眠るのを拒んでいたのだ。
ある犯罪組織が絡んでいるらしいことまでは突き止めた、しかしそこで手がかりの糸はぷっつりと途絶えてしまった。
いくつか捕らえられていそうな場所をマークしたが、どこかは特定することができなかった。
男から電話があったのはその時だった。組織の研究から手を引きたい、捕らえられた人々を逃がすのを手伝ってくれないか、という内容だった。
悩んだ末に協力することにした、手はつまっていたのだ。
中で何があったのかは知らない、倉庫の外で待っていても中で銃撃の音や、断末魔の叫びが聞こえた。俺の役は、厚別から捕らえられた人々を脱出させることだったのだ。
その為の車も用意した。
でてきた人々の中に友人の娘の姿はなかった。
それどころか三人しか男は連れていなかった、男が何度も頭を下げた。
俺は、その男の静止を振り切り建物に入っていった。
すぐに娘の姿はみつかった。
名前を呼ぶと振り返った。ぼんやりとどこか遠くを見ているような感じだった。
もう一度名前を呼んだ。
返事は、鉛の弾で返された。
「俺の田舎、うどん屋やってんだ。こんど実家に帰るんだ。牧原さんもすすめてくれてさ、俺、意気地ないし。牧原さんにあこがれてこの道入ったけどむいてないって。静さんも一度、うどん食いにきてよ、こうみえても高校の頃まで手伝わされてたんだぜ」
家族は遺体を引き取りにはこなかった。周囲の目を気にしたのだろうか。「責任をとってくれ」、一度そう組に電話があっただけだ。
遺体は、牧田と一緒に警察へひきとりにいった。
今は後部座席で小さな箱に静かに納まっている。動かすとからからと乾いた音がした。
火事で焼け残った二つの死体。バッチからうちの組とわれて刑事がきた。口にしたのは放火のことと拳銃のことだけだ、それは火事で焼け死んだ者に対する訪問ではなかった。こびるように何度も頭を下げる組長の姿が目にやきついている。
警察に睨まれたら小さな組などやっていけない。稗田組は構成員30名たらず、真藤組の下部組織にすぎない、だったというべきか。
真藤組は壊滅したと言ってよかったのだ。
放火の後、誰が特をしたか、静香は考えてみた。
後藤組が被害を被ったのは確かだ、今もやっきにになって放火の犯人を捜している。今ごろは稗田組の話がでているだろう。しかし、うちではい。
稗田組に後藤組と戦争するだけの力はない。
真藤組が壊滅してからは、厚別での後藤組の力は強まる一方なのだ。
裏の地図が大きくかわりはじめている。
・・・・なにかひっかるものがあった。
後藤組が次に狙うもの。
「やり方が汚ねぇ」
牧田が呟いた。
後藤組の事務所をはって十日目。
斜め向かいにある喫茶店でずっと粘ってみたが、まだ動く気配はない。
事務所に爺さんが若い男をつれて入っていった。裏社会では闇の元で通っている男だ。凄腕のサイバー医だという話を聞いたことがあった。
後藤組がサイバー医を集めているという話は本当のようだ。しかし、後藤組と、7年前の組織を結び付けるような情報はなかった。
コーヒーを飲み干し、新聞をきちんと畳んで店からでた。カードを求められたが、現金で払った。市民IDがないのは不便なこともあった。
ほとんどの公共施設が利用できないのだ。
前を車が通りすぎていく、運転しているのは稗田組の牧田だった。
稗田組は、ヤクの売買でのし上がってきた組だ。真藤組の下部組織だったが、真藤組がつぶれてからは後ろ盾を失い、勢いを失った。
後藤組ともめているという話も聞いた。
助手席の女。
目をこすった、サイバーの自分にそんなものは必要ないはずだった。
7年前・・・・、あの娘が何歳だったかはっきりとは思い出せない。助手席の女は二十歳よりは前にみえた。
腕が重い・・・・。手にした拳銃が離れなかった。
血まみれの男と女、静かに見下ろした。
憎しみ。
奥底からわきあがってくる。なぜ憎いかは思い出せない。ぼんやりとした意識のなか、憎しみだけが静香の心に流れ込んでくる。
「これは私なの?」
人の微かな気配。
素早く振り向き撃ち抜いた。
声をあげて倒れた男は若かった。背中に銃弾を叩き込み、その場を離れた。
「誰だろう、懐かしい匂い・・・・」
振り向いたら過去が見えるような気がした。
低くBGMが流れていた。
鮮やかな手並みで、テキーラ・サンライズがカウンターに置かれる。
少し甘いような気もしたが、それも悪くない。
「俺は、いつもこれだ覚えててくれ」
バーテンの瀬良が頭を下げた。
情報屋の辻霧は、闇から抜け出てきたような色をしていた、上から下まで黒だ。
それなのに汗一つかいてはいない。
「稗田組の動きが知りたい」
「霧島さんは稗田組がくさいと」
辻霧が細い指でグラスをもてあそんだ。
「牧田と、その隣にいる女のことが知りたい、もしかしたら知人の娘かもしれない」
霧島の頭のなかに、映像が浮かぶ。
早苗の笑顔、友が愛した全て。
7年前、早苗に撃たれ、そして傷が癒える頃には友も何ものかによって殺害されていた。
「奥瀬静香、あの牧田の隣にいる女の名ですがね、生命維持モードで倒れていたのを稗田組が拾ったって話です。牧田は、堅物の筋者なんで、奥瀬を堅気に戻そうとしたらしいんですが、本人の意志で残っているみたいです。記憶がないんで帰るところがないんですよ」
「記憶喪失・・・・」
そんな都合のよいことがあるだろうか、飯村香澄というシスターも記憶喪失だったのだ。
「記憶がないってどんな感じなんでしょうね」
辻霧の横顔を見た。そこにはなんの感情も読み取ることはできなかった。
「過去の自分と、今の自分。どちらが大切なんでしょうかね」
「・・・・」
二杯目のグラス。
一杯目のように甘くもなければ、苦くもなかった。
「死ね、牧田ぁ!!」
二人が車にのりこもうとした時、その声はかかった。
傍らを歩く奥瀬静香が驚き声を上げる前に、匕首は蹴り上げられていた。
「そんなに、後藤組は人手不足なのかよ。俺を殺りたきゃもっとましなの連れてきな」
倒れた男を蹴り上げる、なかば転がるようにして男は路地へと逃げ込んだ。
霧島が車の前に立ちはだかった。牧田を庇うように間に立つ静香、しかし霧島の視線はじっと静香にそそがれたままだ。
「早苗、俺だ」
驚いて静香が周囲を見回す。路地には他に人は見あたらない。
一瞬、人違いかと思った。記憶の空白が否定する。早苗とは私なのか・・・・
「静香、いくぞ」
牧田が車のエンジンをかけた。
「早苗!!」
後ずさり、逃げるように助手席に飛び乗った。
バックミラー、いつまでも霧島の姿が写っていた。過去が追いかけてくる。
「もっととばして」
静香がちらりとバックミラーに目をやった。
見えるはずがない、もう厚別は日も暮れ闇に覆われているのだ。
シートの上で膝を抱き、振動に身を任せる。
夜の厚別、電気蛍がきらめいていた。
「昼間のこと気にしているのか?」
運転しながら、牧田が呟く。静香は応えなかった。
「気にするな、過去のことなんか・・・・」
「勝手なこと言わないでよ!!」
不安が自分の中で形になっていく。
「牧に私の気持ちがわかるの、気づいた時には機械の体。その上、記憶は全部ない。早苗って誰なのよ、静香って誰なの!!」
いいながら、自然と声は大きくなった。自分の存在を誇示するかのように。
孤独。
今の静香は、独りですらない。
半分だけの心。
「お前は静香、今ここにいるお前が全てさ」
「牧・・・・」
片手で額を覆う、ゆっくりと目を閉じた。
「私、ここにいていいのよね」
「静、後藤の首とってこい」
稗田組組長、浜田が静香に拳銃を投げてよこした。
「組長!! 堅気に何やらせるつもりなんですか」
「組に影響がでねぇ、まぁ、首をとってこれたら若いもん、かわりにだしてやる。後藤の首とったってんなら、檻の中でもはばきかせられるだろ」
「堅気に看板守ってもらってどうするんですか」
「売られた喧嘩だ、ごめんなさいで済む問題じゃねぇんだよ」
浜田が椅子から腰をあげた。背は牧田の方があったが、横幅は浜田の方が上だ。かといって脂肪というわけではない。
机に手をおき体重をささえる、左足はほとんど使い物にならない。
「俺に、俺にいかせてください」
「稲妻の牧、匕首つかわせたらススキノでもやりあおうって奴はいねぇだろうがな、相手は機械だ、ACは匕首なんかじゃ、腰をひいてくれねぇんだよ」
「・・・・」
「戦争の仕方がかわっちまったんだよ、昔は匕首一本にすべてをかけたもんだがな」
静香が静かに、両の手を見た。過去の自分がこの腕で何をしたのか静香は知らない。本気で殴れば相手の顔は石榴。
稗田組に拾われたとき、すでにリミッターは外されていたのだ。
「別に俺はやけになってこんなことを言ってるんじゃねぇんだ。後藤のやつらは静がACってことを知らねぇ、うちにACはいねぇと思ってる。そこが狙いさ。それに静ひとりにいかせる訳じゃねぇ、行くときは、俺達もいっしょさ、街をひっかきまわすのさ、そんときゃ牧、お前の力が必要なんだ。静、行ってくれるな」
狭い部屋だった。
むき出しのコンクリート、割れた窓ガラス、粗末な木のテーブル、スプリングがはじけたベッド、それが部屋にあるすべてだった。
ベッドに腰掛けていた静香が、入ってきた千茅達を見て腰をあげた。
姿をくらませた静香、ここを見つけだすのに3日かかった。
静香と会っていた霧島(静香は記憶を失っているらしく、失う前の知り合いらしい)の相棒の辻霧零が探しだしてきたのだ。
「早苗」
霧島が呼びかける。
原田早苗、それが静香の本当の名前なのだが、静香は顔を横に向けたまま振り向こうとはしなかった。
「よそうぜ、こんな名前ひとつでムキになってるおじょーちゃんに後藤を殺せるわけがないサ」
千茅が挑発するように言った。
「私は、殺るわ」
キッと静香が怒った顔で千茅を見返す。
「コワイねぇ、稗田組にそこまでの義理があるのか?」
「稗田組は私の居場所よ、記憶を失って路地に捨てられていた私をみつけてくれて、保護してくれたわ」
「それはただ、ACの兵隊が欲しかっただけじゃないのか、こんな時の為にね」
「それ・・・・ でもいい、必要としてくれる」
静かに呟く。それは自分でも考えていたのかもしれない。稗田組のそれは偽りの優しさかもしれない、でも彼女にはそれしか残されていなかったのだ。
廃ビルを出ると、強い日差しが目を焼く。
静香の部屋には明かり一つなかったのだ。
「怖いな」
辻霧零がぼそりと呟く。影のような男だ、口を開いてはじめてそこにいることに気づいた。
真夏だと言うのに、黒の上下、千茅もスーツに身を包んでいたがそれをうわまっていた。
「何が」
「あの部屋気づきませんでしたか」
「べつに、まぁおんぼろで、女が住むような部屋じゃないと思ったけどサ」
千茅の言葉に零は苦笑を浮かべた、素人はこれだから・・・・、そんなことを思っているようで気分が悪い。
「何だ、もったいぶるなよ」
「ひと一人を殺す、簡単なようでなかなかできるもんじゃない。口で言ってもどだんばでびびってしまう。引き金をひけないのさ」
「だから」
「鉄砲弾になったやつらはあんな部屋が用意されることがある。外界から遮断された空間、じっとそこで相手を殺すことだけを考え続ける。一種の自己暗示をかけさせるってわけさ」
詰め将棋のようにどんどん追い込まれていく、静香が後藤を殺すのを止めることはできないのか、沼にはまりつつある早苗を目の前にして何もしてやれない自分に、霧島は憤りを覚えていた。
天井からぶらさがった三枚の扇風機がゆるやかにかき回し、珈琲の香りとクーラーの冷気をほどよく拡散させていた。
陽子が、カフェオレをカウンターにおいた、零は、金魚鉢パフェなるものを頼んだようだがまだ届いてはいなかった。
「今日、バイトの日だったかな」
「香がダウンしちゃってるからね、今度のはなおるのに時間がかかりそう」
「喧嘩でもしたのか」
「香は意外とうちにため込んじゃうたちだから」
「陽子ちゃん、パフェ早くね」
「零さん、本当に食べれるの?」
陽子が笑いながらカウンターの奥へと消えた。
「明後日、静香が動きます」
「明後日か」
「後藤の孫に、虎縞藍って娘がいるんです。両親は堅気のサラリーマンやってるんですが、なんでか後藤にかわいがられていて、明後日こっちにくるのを後藤が迎えにでるらしいんですよ、直系がみんな、組を継ぐのを放棄してますからね、婚姻でも結ばせるつもりかもしれません」
ありそうな話だった。後藤組は、まだ代替わりを経験していない、跡目争いは裏で盛んに行われているようだ。
「後藤組の中で一番有力なのは誰なんだ」
「まぁ、橋本が若頭で頭ひとつでてますが、倉敷、叶も力をつけてます。特に橋本が先月、葉っぱの売買失敗してますから」
「時間がなかったわりには、調べあげてるな」
陽子がでてきた、両手でパフェを持っている、ほんとにこれを食べる気なのだろうか。
「プロですから、と言いたいところだが交換条件なんですよ、あんたに会わせてくれって男がいてね」
誰がだと尋ねようとしたとき、扉の上の鐘がなった。入ってきたのは牧田だった。
くわえ煙草にグレーのスーツ。上着は手にかけていた。
「うちは禁煙なの」
陽子が牧田の前にたった。私はスツールから腰をあげかけたが、牧田は黙って煙草を外へと投げ捨てた。あとで、誰だったか教えてやれば驚くだろう。牧田はススキノでも肩で風きって歩ける筋者なのだ。
「霧島さんですね」
「ああ、歩こうか」
牧田を外へと誘った。零はパフェと格闘しはじめたようだ。札をカウンターにおき、外へとでた、日差しがきつい。
厚別に強い日差しが照り付ける。熱くなったコンクリートが土から水分を奪い、乾いた砂が空に舞い上がる。
牧田は脇に上着をはさみ、ポケットに手を入れて廃虚を見ていた。
「安心してください、静香に手は汚させやしません。明日、俺が後藤を殺ります」
背を向けたままだ、牧田の表情を見ることはできなかった。
無茶だと言いかけて口をつぐんだ。そういう男ではないのだ。
「組のことは組の中で」
「なんであんたは命まではれるんだい」
振り向いた牧田に尋ねた。
「俺、捨て子なんですよ。荒んでた、鉄砲弾になりかけたこともある。それを助けてくれたのが親父、組長でね」
「浜田のことか」
「親父、左足ひきずってるでしょう。あれ、俺のせいなんですよ。鉄砲弾になりかけた時、堅気になにさせるんだってね、幹部の人とぶつかってね、代わりに破門状もらって相手んとこのりこんだんですよ。それがあの怪我です」
男として跳ばなきゃならない時がある。今がその時なら誰もそれを止めることはできない。
「静香を頼みます。くれぐれも馬鹿な真似だけはさせないでください。俺は自分の為に殺るんですから」
軽く手をあげ立ち去る牧田に、なげかける言葉はなかった。
黒いリムジンが道路脇に止まった。
それを、静香が路地の奥でじっとみていた。
後藤が、孫娘の虎縞藍を出迎えにでるということを、浜田から聞かされていたのだ。
四人の体格のいい男に続いて、後藤がでっぷりとした姿を見せた、たるんだ顔の皮膚のせいで首が見えない。
静香が、高速機動の準備をした時、一人の男が後藤に向かっていくのが見えた。
稗田組の、牧田だった。
後藤と牧田の視線があう。脅えたように後藤が何かを叫んだ。
男達が間に立ち、牧田をはばんだ。
牧田の身体がひしゃげ、鮮血を飛び散らし、はじけとぶ。それでも牧田は動くのを止めなかった。
「牧っ!!」
飛び出そうとした静香は、後ろから抱き留められた。霧島が静かに首を振る、静香が振り返ると、羽村が路地から出てくるのが見えた。
「旦那、面倒かけちまって」
牧田は、血と一緒に言葉を漏らした。前もって羽村に電話してからここにきたのだ。
「は、はめやがったな」
後藤が葉巻を上下させながら言った。
「しらないね、共謀共同正犯論ってのがあってね、お前も同罪だ。傷害・・・・致死。8年は覚悟しな」
ちらりと牧田に目をやり手錠をだした。
「牧・・・・」
「触るんじゃねぇ、血で汚れるだろう」
牧田が静香の腕を掴んだ。血が流れ、腕を伝い落ちる。
「霧島の旦那、静香をお願いします」
「わかってる」
「白い奇麗な手でさぁ、何も汚れていねぇ」
「なぜ・・・・」
「自分が男だってことを忘れたくなかった」
「馬鹿よ、私の手は」
「ここはお前みたいな女がいるところじゃねぇ、堅気に戻れ」
「私は、稗田組の静香よ」
「死んでいく男の言葉は聞くものさ」
力なく持ち上げられた牧田の手が静香の頬に触れる。その手を強く静香が抱きしめた。
「いい女になれよ・・・・」
路地の奥、ぼろきれのように一人の男が逝った。
牧の骨を拾った。
自分が死んだら何も残らない、体は回収されて再利用されるだけだ。
葬儀はひっそりとしたものだった。組長は銀星会の組長の葬儀にでている。稗田組は真藤組系で敵対しているといっていいのだが、ヤクザ社会はそういう儀礼に関してはうるさい。
牧田の舎弟四人で送り出した。いずれも牧田を慕って集まってきたのだ。牧田は割と下の者に対して面倒見がよかったのだ。
後藤組の出方も気になるところだった。跡目争いも激しくなる一方で、浜田の首をとれば跡目争いを有利に運べる、そう考えるのは当然のことだった。
葬儀を終えて、後藤組の車を横目に組へと戻った。車の中には匕首を持った男達が、浜田が出てくるのを待っているはずだ。
組の事務所へと戻ると、江頭が戻っていた。
テーブルにグラスが二つ置かれている。
「江頭さん戻っていたんですか」
「牧田の葬儀、でてやれなくてすまねぇ」
「仕方ないですよ、江頭さんが表歩いたら、後藤組がほっておいてはくれない」
静香がグラスをもう一つとりだし、ウィスキーを注ぐと空席におかれたグラスと触れ合わした。
四つ葉のウィスキー、牧田が好きだった酒だ。
「で、どうするつもりなんだ。俺も牧田から頼まれているからなんとかしてはやりてぇが、今はこんな状態だしな」
「・・・・」
「親父(組長)がきついこと言うかもしれねぇが、親父さんの肩には組員の命がのっかってんだ、あんまり責めないでくれ。俺みたいな風来坊ってわけじゃない」
「わかってます」
ウィスキーを一息であおる。酔いたい気分なのにこの体はなかなか酔ってはくれない。
江頭がキャメルを取り出す。
静香が火を差し出した。
「それ、牧田のジッポだな」
「ええ」
煙草に火をつける、これが静香の最初の仕事といってよかった。
簡単のようで難しい、はじめは場の雰囲気にのまれてしまい、緊張してうまくいかなかった。
速くだしすぎて火が消えてしまったり、なかなか火がつかなかったり。
一度、力をいれすぎてライターを握り潰りつぶしてしまったことがあった。
あの時ほど、自分の体が機械であることを思いしらされたことはない。
使うライターは、100円ライターというわけにはいかない。それに煙草がとても高価な今、ライターも自然と高価なものとなる。
どうしようかと困っていた時、牧田が何も言わずに投げてくれたのだ。
全てを失ってしまった私だけど、その時、何か大切なものを手に入れた気がした・・・・。
静香は稗田組の組長の部屋で、組長代行である江頭とともに、銀星会の組長の葬儀にでていた組長浜田の帰りを待っていた。
堅気に戻る、その挨拶をするためだ。
静香は様々な形で、稗田組に恩を受けている、また後藤組との抗争がどういう展開になるかわからない今、浜田がそう簡単に静香を手放すはずがない。
「江頭さんすいません」
「なに安心しろ、俺が話をつけてやるよ」
牧田を可愛がっていた、江頭が安心させるようにいった。
扉の向こう側から規則正しい二つの足音とともに会話が漏れてくる。
「牧田が死んだか・・・・」
「いいじゃないの安くすんだんだから、あれにはまだ使い道があるわ」
静香が鋭い視線を扉に向ける、浜田とシルヴィアが扉を開けて入ってきた。
浜田が静香を見て一瞬だけ、焦りのようなものを見せたが、すぐに椅子につくと足を組んだ。
「この娘、何か言いたそうね」
「あなたねえ・・・・」
「静よせ、大事な客人だ。うちだけで後藤組とやりあうことはできないんだぞ」
浜田の叱責がとぶ、静香が唇を噛みしめた。
(これが牧が命にかえて守ったものなの)
(これが牧が命にかえて守ったものなの)
「で、何のようなんだ」
「・・・・、堅気に戻りたいんです」
「なんだと」
静香が受けた恩は大きい、浜田が怒るのも無理はなかった。
「拾ってやった恩を忘れたのか」
路地に捨てられていたのを、修理して名前を与えてくれた稗田組、その恩を忘れることなどできない。
しかし、自分に手を汚させない為に死んでいった牧田の言葉が静香を目覚めさせた。
「ご恩は忘れません。どうやってか返したいと思っています。でも、手は汚せないんです」
「奇麗ごとぬかしてんじゃねぇ!! ただの女がおいそれと返せるような額じゃねぇんだぞ、舐めたことぬかしてねぇで、後藤の孫の首でもとってこい」
「親父、牧田は俺にとって可愛い餓鬼さ、その牧田が命はったんだ。ここは俺の顔に免じて静香を堅気に戻してやってくれねぇか」
江頭が床に膝と頭をつけた。
「頼む」
「・・・・」
浜田が腕をくみ、唸った。
「わかりました。そこまで江頭さんが言うなら」
「すみません」
「静、行きな・・・・、もう戻ってくるんじゃねぇぞ」
私は誰なのか、稗田組を離れた静香はその問いに答えることができない。
今まで、稗田組の静香と信じていた、信じようとしていたのだ。
霧島が早苗と思っているのは、この外見からだ。私を見ているわけではない。
考えてみれば、私にとっては名前も外見も他者と区別する為の道具にすぎない。
機械の奥の私は誰なのか、何のためにここにいるのか、何の為に生まれたのか。
教会の懺悔の部屋の中で静香は、自分に問い続けた。
9月12日、SEVEN-HEVEN。
台風が通り過ぎるとともに短い夏も終わりを告げた。
少し風の強い午後、霧島と静香は市民登録の手続きをするための準備の為に真尾の経営するエステ「SEVEN-HEVEN」に訪れた。
幸福のふにふに商店街のはずれにあるその店は二つの顔をもつ、サイバー相手のエステという表の顔、闇サイバー医としての裏の顔。
裏の真尾の力を借りにきたのだ、まずはリミッターをつけなくてはならない。このままでは静香は違法サイバーとして罪に問われる、稗田組も取り調べを受けることになる。
また、身元引受人を探さなくてはならない、霧島にはその資格がないのだ。
もちろん、今からでも原田早苗としてやりなおすことはできる。しかし静香がそれを拒んだのだ。
「待ってたわよ、こちらが静香さんね」
真尾が静香の手をとる。
その動きが一瞬止まり微かに真尾の表情が曇るのを、霧島は見のがさなかった。
鋭い洞察力、そういう目で人を見るのは探偵としての癖と言ってもいい。
「だめじゃない、女の娘でしょう、もっと身だしなみに気をつけなきゃ。理奈、この娘をお願いね」
「わかりました」
奥から栗毛色の女の子が返事をしながらでてきた。
少し戸惑いを見せた静香だが、その女の子が手をひくと大人しく奥へと消えた。
「どうかしたのか」
「ちょっと、こっちへ」
真尾は目配せして、霧島を地下へと誘った。
地下はサイバーの工房になっている、霧島も何度か足を運んだことがある。
もちろん、エステとしても頭皮の張り替え等で使うものなのだが、目的は別にある。
見覚えのある工房の真ん中に、先日クロッシングを襲ったACの残骸が寝かされていた。
「これのことで話があるってことだったな、先生」
「B-Speed DOLL Undine 7年前の事件の跡からみつかった工房でつくりだされた三体のACのうちの一体、そして私はそれをつくった二人のうちの一人」
「それでは先生は・・・・」
真尾は静かに腕を組み、横を向いていた。
「知らなかった、それですまされるとは思わないけど、私も復讐したいの。力を貸して欲しい」
「・・・・」
厚別の状況を霧島は考えた、あのクロッシングを襲ったACが、宗太郎の手のものではないとするとどうなるのか。
「B-Technical DOLL Shylphe 静香さん騙されてる、利用されてるだけよ」
「それは本当なのか・・・・、静は記憶を失って路地に捨てられていたのを、稗田組に助けられたと・・・・」
「後で調べてみるけど多分間違いないわ、あの男は人の心なんて、道具としか思ってないのよ」
いつもは静かな真尾も、今は感情を抑えようとはしなかった。
「静はどうなるんです」
「わからない。私たちがつくったのは、普通のAC、もちろん細かいところでは細心の技術を使っているけど。ただ私は、クラウンに言われて外部入出力装置をつくった、サイバーのよクラウンはそれを使ってACに移植する脳に直接情報を入力していたの」
霧島は真尾のいわんとしていることがよくわからなかった。
「ACである貴方に言うのは失礼なのだけど、ACにとって情報と現実の区別はないのよ、センサーから送られてくる情報が現実なの。ならば情報をつくりだし偽りの世界を作り出すことも可能なの、擬似空間とかSFなんかじゃ昔から言われていた。まだ今の技術では完全じゃないんだけどね」
その時、扉が開いて静香が入ってきた。
装いを改めている、少し殺伐としていた静香の雰囲気がだいぶ丸くなっていた。
「おかしくないかな」
「似合ってるよ」
霧島は、複雑な気持ちで頷いた。
「クラウンとは何者なんじゃ」
地下の作業場には闇の元と、草薙炎の姿があった。作業場の中央には、闇の元が捜し求めていた娘の体もあったが、魂はもうそこにはなかった。
体には何発もの銃弾を受けていた。
「はっきりとは私も、師匠もわかりません。7年前、師匠と同じ組織にいたということですが」
7年前、ある民間の研究機関で真尾とウィザードは三体のACをつくりあげた。
shylphe TYPE B-DOLL(奥瀬静香)
undine TYPE B-DOLL(後藤組のAC)
salamander TYPE B-DOLL(朝日奈マリア)
ウィザードが娘の名前をさずけた三体のAC、そしてウィザードは炎の失踪した父親、草薙将。
「ACのボディ自体は問題はないんです。両者が力の限りをつくしたものだから、そこらのACより優れていますが、それもより人間に近い動きの再現で、という点なんです」
ボディに問題はない。問題は中身だった、そしてそれを施したのが、クラウンだった。
ある種の擬似的な記憶を与え、操る。意志を残したまま、操り人形にしてしまう悪魔の技だった。
「心配ならそんな所でこそこそしていないで、一緒に話したらどうです、霧島さん」
静香と江頭が話しているのを、新聞で顔を隠し遠めに見ていた霧島の肩を零が叩いた。
人込みの中、慎重に尾行していた霧島だが零は一瞬で霧島の姿を視界に捉えた。
何故、すぐに見つけられてしまったのか疑問に思いながらも、零について席についた。
「静香が世話になった江頭さんに一度、挨拶をと思ってね」
静香の戸惑う表情にこたえながら霧島が江頭と挨拶をかわした。
すぐに話は再開された、話すのはもっぱら静香の役だった。脇の二人はだまって聞くだけだ。
「江頭のあに・・・・、江頭さん、教えてください、私のこと、何処で誰が見つけたのか」
「静・・・・、おめぇは堅気に戻ったんじゃないのか、今更組のことに首をつっこむんじゃない」
「やっぱり私のこと、組の秘密に関係あるんですね」
「・・・・」
「稗田組、見かけ通りの組じゃないですね。調べさせてもらいましたが、稗田組ができて2年間一度も、厚別以外の所の組でその名前を聞いた奴がいない」
「何を信じればいいのかわからないの! 組長だっていつもは松葉杖使っているのに、この前は普通に歩いていたじゃない、牧は、牧は何の為に命をはったのよ!!」
牧の名前がでたからなのか、痛いところをつかれたように江頭の表情が曇る。
ぽつりぽつりと、江頭が口を開いた。
「俺は知っての通り風来坊だからよ、ほとんど組には顔をだしてねぇ、郊外で大麻の精製なんかしている。しかし親父(組長)は違う、その肩には組員の生活がかかってる。俺は親父が誰と手をくもうと、責めることはできねぇ」
「誰と手をくんだんだ」
「あのシルヴィアって女さ、どっかの組織のいい顔らしいがね。厚別に入ってきた中じゃあいつが一番上のようだ。なんか新種の薬をばらまいているがね、それ以上詳しいことは知らない」
一度江頭がすまなそうに静香を見る。
「お前はあの女に連れてこられたのさ、拾ったなんて嘘さ・・・・」
「何故そんなことを」
「勝手に薬を売れば後藤組が黙ってはいない。あの女は後藤組とやりあって警察が介入することを恐れたのさ、稗田組はあの女のカモフラージュってわけさ。そしてお前は後藤組に対抗する為の兵隊・・・・」
「じゃあ、牧は」
牧の死は・・・・。
「牧の奴は気づいていたのさ・・・・」
江頭の煙草から、細く煙がたなびいた。
霧島のオフィスのロフトに用意された皮張りのベッドに静香は横になっていた。
薄手のシーツではACの体重をささえることはできないので、皮を使用するものも多い。
煙草の匂いが染み付いている。
枕元には数箇所、焦げた痕が残っていた。
持ち主はオフィスのソファーで、静かに寝入っている。
まもなく2時を時計が刻む。
横になっても眠れなかった、眠れるわけがなかった。
瞳を閉じると見えてくるのは過去。しかし、それは偽り。
自分の中で何かが壊れていく。
今まで自分が信じてきたものが、全て消えていく。
江頭は拾われてきたのは嘘だという。
偽りの記憶をうえつけられているのだという。
では何が本当で何が嘘なのか。
どこからどこまでが偽りで、どこからが現実なのか。
牧は本当にいたのか、正一はどうなのか。
今、心の中に見える世界、過去、それは全て偽りかもしれない。
植え付けられた過去、その偽りを見抜くことはできない。植え付けられた者にとってそれは現実なのだ。
思い返せば、心が痛み、涙が流れ、せつなくなる。その気持ちは全て偽りなのか。
牧田の為に流した涙はなんだったのか。
微かに記憶の根底を流れる、原田早苗の記憶、それすらも偽りなのだろうか。
記憶、体、名前、それは私を形作っているもの、私が私である理由。
しかしそれは偽り、作られたもの、与えられたもの。
なら私は誰?
奥瀬静香、静香と呼ばれているもの。
何が私で何が私でないのか。
傷つきやすく、寂しがりやの女は誰なのか。
「どうした、眠れないのか」
いつのまに起きたのか、霧島がベッドの脇に立っていた。
「眠るのが怖いの、心がばらばらになりそう、今を過去にするのが怖いの、目覚めた時、昨日のことが偽りかもしれない。目をはなしていたら全てが消えてしまうかもしれない。霧島さんもすべて偽りかもしれない・・・・、何を信じていいのかわからない・・・・」
霧島がそっと静香の肩に手をおいた。
「自分を信じればいい、早苗でも静香でもない、今の自分を信じるのさ。過去に縛られる必要はない」
「でも、過去が今の私を形作っているのはたしかなのよ」
「過去が偽りだからといって今のおまえが偽りということにはならない。それに過去をつくりだすことだってできるのさ」
「過去をつくりだす」
「明日、過去を振り返って笑いたいなら、いま笑え。そうやって一日一日つみあげていけばいいのさ」
未来はすぐ今となり、過去へと変わる。
「人は今しか生きては行けない」
「今・・・・」
霧島が明かりを消した。
静香が眠りにつくまでそのシルエットは、静かにそこにたたずんでいた。
新しく降り積もった、桜と慎之介の足跡をたどるようにして一人の女性が現れた。
ジーンズにストーンウォッシュの皮のジャンパーを羽織っていた。
皮のブーツが深く雪に痕をつけていく。
ここに二人が居るの聞いてきていたのか、視線はずっと二人を捉えていた。
しかし女、奥瀬静香は軽く眼で挨拶しただけで二人とは言葉を交わさずに牧田の墓の前で腰を降ろすと懐から三つ葉のウィスキーを取り出した。
じっと墓を見つめ何かを問い続ける、後ろの二人が墓参りを終え、墓から離れようとした時やっと決心したように立ち上がった。
三つ葉のウィスキーの封を切り、琥珀の液体で口腔を満たす。残りは墓の上に流した。
「慎之介さんお願いがあります。私の記憶を元に戻してはいただけませんか」
「僕はあまり気がすすみません」
静香の姿を見た時から、そう言ってくることがわかっていたのか慎之介は即答した。
慎之介の言葉に桜も頷いた。
B-DOLLである奥瀬静香、記憶を取り戻した時どんなことになるかは予想もつかない。
静香はもう新しい生活をはじめている、過去を引きずる必要はないのではないだろうか、桜は思う。
「私は稗田組の兵士という役を与えられた人形でした。体も記憶も名前も本当のものではない、何も知らずに音楽にあわせて踊るだけ、でもそんな舞台から牧が解放してくれた」
静香が視線を牧の墓に向ける。
「何も知らない方が幸せかも知れない、でもそれじゃ駄目だから。組まれた劇なら必ず舞台裏がある、その舞台裏をあける鍵を見つけたい。この劇を終わらせる為、自分を取り戻す為に」
ここにいるのは静香の意志だった。
店を再開とまではいかないが、とりあえずクロスも張り替え、掃除を終えたクロッシングには男達が集まっていた。
B-DOLL、奥瀬静香の記憶をさぐるためだ。
常に辻霧零が静香の記憶をスキャンする、その情報にしたがって厚別総合病院の紅月慎之介が精神治療を試みるのだ。
奥のカウンターでは、見守るように座る霧島健介の姿があり、その前では何時ものように、バーテン姿の瀬良がグラスを磨いていた。
「いいですか静香さん、記憶喪失といっても記憶が消えているわけではない。そう信じているから、思い出せないだけです。過去に目を向けてください、恐れずに」
零の言葉に静香がうなずく、静香が呼吸をただし目をつむるのをまって、慎之介が静かに意識を集中させた。
「こいつは凄い」
思わず零の口から言葉が漏れた。
記憶は断片的なもののあつまりだった。矛盾する記憶が無数に集まり、混沌とした様を見せていた。
零がキーワードを提示しながら徐々に、静香の記憶を解いていく。
記憶の奥底、スーツ姿の男は椅子に腰掛けていた。
クラウン・・・・。
直感的にそれはわかった。
クラウンが笑っている。
その顔は・・・・。
「私はこの男を知っている・・・・。でも何故あの人が・・・・」
「君は7年前、霧島を撃ったあと・・・・」
そこに一瞬、零の言葉に間があった。
「続きは明日にしよう。紅月さんも疲れているようだ」
零が額の汗を拭った。
男達の間で視線が交わされる、霧島が疲れている静香を自室に連れ帰った。
紅月と零がカウンターにつくのを見計らい、瀬良がカップとグラスを二人の前に置いた。
「なんでさっきりいきなり中断なんかしたんだい?」
慎之介がカップを手にとり、香を楽しみながら零に尋ねた。
「あいつは自分の親をその手で殺している・・・・」
「何かシルヴィアことを思い出したのか」
静香が落ち着くのを待って、霧島がいった。
「悲しい人、あの人も人形にすぎないのよ。人形を操りながら、自分が人形だということに気づいていない。全部、クラウン、あの男が仕組んだ舞台なのよ」
(霧島さん・・・・、誰かが手を汚さないと、いけないのかな・・・・)
静香がそっと自分の手を見た。
この手は血に濡れている。
面会室の向う側にその姿はあった。
いつも追い求めていた姿は近くにいたのだ。
ほんのすぐ側、静香の近くに。
近くにいながら、右往左往する者たちを嘲笑い続けていたのだ。
クラウンという男は・・・・。
霧島は、稗田組の関係者として、江頭に面会を求め、椅子にすわり江頭がくるのを待っていた。
すぐに江頭は姿を見せた。
同時に霧島は抗ESPフィールドを発動した。
これが唯一のクラウンと対峙する時の切札だった。機械に頼らなければ、自分が自分であることを信じることさえできない。
あまり気持ちのよいものではなかった。
「どうした、霧島の旦那。俺がこんなことになってしまったんだ、静香のこと頼みますよ」
江頭の言葉は滑らかだ。
探偵として洞察力には自信があるつもりだが、その振る舞いに偽りがあるようには見えない。
「そう静香のこともそうだった。あの時、変だと気づくべきだった」
「何がだ?」
持ち札は全て隠されている。
「あなたは静香を自由にしてくれた。組長の浜田や、シルヴィアが反対をしていたにもかかわらずだ」
クラウンの瞳がゆれる。
霧島の心の側を、何か冷ややかなものが通りぬけた。
「ふふ、そうですか、彼女のパンドラの箱を開いたのですか・・・・、可哀相に」
人の表情はこんなにも変わるものなのか、江頭の顔、雰囲気、振る舞いは豹変した。
年も幾分若く見えた。
「何故、原田を殺した」
「あの男があんたなんかよこして私の計画を邪魔してくれたからね、でも殺したのは私じゃないよ、可哀相にあの娘はきっと夜うなされることだろうよ」
「娘を失った哀しみはわかる、だがどうしてお前はそんなことをするんだ」
「西原? ああ、この体の奴のことだな」
「お前は誰だ・・・・」
「私の名はクラウン、法で私を捕らえることはできない、存在を確認することすら難しいだろうね・・・・」
伏せた最後の一枚、ジョーカーが嘲笑う。
あの独特の笑みを浮かべ、クラウンがそこに立っていた。
だがそれは裁かれる為ではない、少なくとも法によって裁かれる為ではなかった。
人々が拳を握り締めた時、傍聴席で霧島が静かに立ち上がった。
注意するために警備員が近寄る。
霧島は懐に手をいれた、そしてだした時、警備員の動きが止まった。
「クラウン!!」
手には拳銃が握られていた。
傍聴していた睦月双樹が立ち上がる、だがそれよりも霧島の動きは速かった。
尾中家の三人も、全然警戒していなかった人物だけに反応が遅れた。
しかも、霧島は抗ESPフィールドを発動させていた。
これでは辻霧でもどうしようもなかった。
銃声が轟く、続けざまに、3発、4発。
5発目でやっと、睦月が拳銃を掴んだが、すでに遅かった。
クラウンが弾けとび、半回転しながら倒れた。
「パパ!!」
傍聴席から少女の叫び、それが合図だったかのように人々が両者に近寄った。
霧島が白い煙をはく拳銃を床に投げ捨てる。その周りを検察側の刑事が二重に取り囲んだ。
クラウンに近寄ろうとした辻霧零が頭を押さえてよろめく。
「違う・・・・」
その苦しげな叫びを、その状況下で聞いていたものはいなかった。
零が頭をはっきりさせるように、二度三度頭を横に振ると椅子に腰掛けた。
その顔には微かな笑みが残されていた。
クラウンは血の海に倒れながらも、顔には微笑が張り付いていた。
まるで、二度と外せぬ仮面のようだった。
血の海の中からクラウンが羽村を見た。
すぐにその顔から表情が消えた。
仮面が剥がれ落ちていく。
「霧島さん・・・・」
奥瀬静香が霧島に近づこうとしたが、間には警官があってそれはかなわなかった。
逮捕された霧島にあいに警察署へと向かった。
渡された面会用のカードにある、続柄の欄をどう書くか迷っていると新田が姿を見せた。
静香の手を止めさせ、新田がカードに書き込み担当の警官に渡す、警官は二人を疑わしそうに見比べたが何も言わず先に通した。
「じゃあ、先にあってきなさい、私はそれまでここで待ってるから」
新田は扉を指し示した。
「ありがとうございます・・・・、あの霧島さんは」
先を言わなくても何が言いたいか、新田にはすぐにわかった。
「5年や、10年じゃないでしょうね。可哀相だけど弁護は何一つできない」
裁判所で人を殺したのだ。その罪の重さは、一人の人間の死と同等ではない。
ドアを開け、静香が面会室に入った。
そこにはすでに霧島の姿があった。
勿論、透明な板の向う側だ。声を両脇に用意されたマイクが拾う。
「すまないな、牧田に頼まれたのにこんなことになってしまって、お前のことは真尾先生によろしく頼んでおくから」
「待ってる・・・・」
静香が呟いた。
一度霧島が静かに向けた視線を横にそらした。
「忘れてしまえ俺のことなんか、血の匂いをさる男が傍にいたらやっかいごとが増えるだけだ」
「待ってる、10年でも20年でも待ってる。私、機械の体なんて好きじゃなかったけど、今なら受け入れられる気がする。だって待っていることができるから・・・・」
誰かを待つことは素敵なことだ。
それは孤独じゃない。
静香はこの後、原田早苗としての権利を取り戻し、刀塚真尾氏の店でサイバー医の勉強をはじめた。
原田早苗として生きる、静香としての自分を捨てずに。そこには様々な障害があり、何度も証言台に立つことになる。だが、人々が嫌う裁判も、静香は嬉しそうにでかけたという。
ある男もそこで戦い続けていたから・・・・。
真尾はまた元の生活に戻った。変わったことといえば、助手に奥瀬静香が増えたことぐらいだろうか。外見的にはである、内面的には様々なことがあり、何かが変わったのかもしれない。
しかし、真尾は真尾なのだ。