『滅びの都』は、『RPGマガジン』1992年10月号の投稿コーナーで参加者を募集していた同人PBMです。
ゲームに参加するに当たり全5ブランチにキャラクターを登録しましたところ、「マスターがリアクションを書き始める時点で『西域』に応募したのがこのキャラクターしかいなかった」との理由から、「長老の孫娘」という設定が付いています。さらに、物語が進むと「神(破壊神)の使い」という設定まで付いてくるのですが、このキャラクターには完全個別リアクションが送られてきていましたので、他のプレイヤーさんはこのようなキャラクターが存在することすら知らなかったことと思います。
ちなみにその完全個別リアクションは、第2回以降、文章が一人称になっているというふがし驚異のメカニズム。そのため、他ゲームのページでは自分のキャラクターの登場シーンのみを抜粋していますが、このページにはいただいたリアクションの全文を掲載しています。
なお、ゲーム自体は、マスター陣の就職等により全10回予定中最大第5回(このブランチは第5回まで進みましたが、遅いブランチは第1回しか届きませんでした。)で消滅することになりました。残念。
デンフル地方の遥か西方に、『蛮族の住む土地』と言われるところがある。そこの住人たちは、この地を『フェルラント』と呼ぶ。今、デンフル地方の総ての地がそうであるように、ここフェルラントにも、春の気配が迫っていた。その気配を感じていのであろう、人々はどことなく楽しげで、村には躍動感が満ちていた。そんな人々が最も春の訪れを確信し、そしてまた、長く厳しかった冬を耐え忍ぶことができた実感を得る時があった。ラーカイム山からの雪解け水がラウリル川を下る時である。思えば不思議なものである。人々が厳しい冬の訪れを知るのもラーカイム山が衣を白く変える時であれば、春の訪れに心躍らすのもラーカイム山から雪解け水が下る時なのだ。
村中から集まって来た人々が、列をなしてラウリル川を感慨深く見つめていた。そんな人々の列の中に、長老バムの姿があった。村人より一層感慨深げである。
(おじいちゃんって、いつもこうなのよね。すっごく思いつめたような顔して……。そりゃ、春が来るのは私だって嬉しいけどさ…。何か違うのよね、何か…。いったい何なのかしら…)
そう、心の中でつぶやきながら、バムの顔とラウリル川を交互に見つめる少女がいた。長老の孫娘、シルナ・クレンソである。
ラウリル川を見つめていたバムは、一度ラーカイム山をゆっくりと仰ぎ見た。シルナもそれにならう。それから二人は家へと戻って行った。
さあ、これからが忙しい。ラウリル川に雪解け水が流れた十二日後に、『春宮の祭り』が行われるのだ。今年一年の変わらぬ豊饒を祈る祭りである。
人々は祭りに備えて、歌や踊りの練習に余念がなかった。特に祭りのクライマックスに踊られる『精霊の舞』は、念入りに練習されている。そんな人々の中に、シルナの姿もあった。シルナは祭りで披露する踊りに更に磨きをかけるべく、練習していた。もう平地の雪はすっかり解けてしまい、草花の芽吹いた野で踊ることができた。シルナには、祭りで踊れることもそうだったが、こうして野に出て、体中で大地の心地よい温もりを感じて踊れることが、何よりも嬉しかった。人々の喜びのうちに日は過ぎていき、祭りの三日前の夜となった。
人々が皆寝静まったころ、つんざくような大音響と共に地響きが起こった。シルナは半ばベットから転がるように跳び起きて、バムの部屋へと駆け込んで行った。
「おじいちゃん、今、物凄い音が!」
バムは起きていた。いつもならばここで、「やれやれ、騒々しい娘じゃのう」と微笑んでくれるのだが、何故か今はそうではなく、むしろ怖いような表情をしていた。シルナは自分に対して怒っているのだと思い、少し傭いてバムの様子を伺った。そんなシルナに気付いたのか、バムは少し表情をくずしてシルナに微笑んだ。シルナはほっとして、バムに聞いてみた。
「おじいちゃん、さっき、怖い顔してた…。どうしたの?」
バムは答えなかった。
(やっぱり、聞いちゃいけなかったんだ)
シルナは再び俯いてバムの表情を伺うことになった。が、それは長く続かなかった。バムが、外へと歩き出したのだ。慌てて後についてシルナは外へ出て行き、何があったのか見極めようと、辺りを見回した。バムは外へ出るなり、ただ一点を厳しい表情で見つめていた。シルナはそんなバムに気付いて、その視線をおってみた。西の山だ。西の山が…燃えている! 悲鳴を上げることもできずに、シルナは茫然と立ち尽くした。シルナの記憶している限り、フェルラントに山火事はなかった。山火事どころか、火事そのものがなかった。そんなわけで、シルナがそのことが『山火事だ』と認識するのに時間がかかった。というのが、本当のところである。燃え盛る山の木々と、その火を受けて血の色に染まった空から、目を離すことができずに、ただ立ち尽くすだけのシルナであった。が、突然、自分の体を汗が伝い、小刻みに震えているということに気が付いた。自分でもどうなっているのか解らなかった。やがて視界がぼやけ、周りの者の声が耳に入らなくなり、ひどい頭痛が襲ってきた。どんな状態に陥ったのだろう。怖くて怖くて助けを求めたいのに、声を上げることもできない。意識までもが薄らぎ始めた。どこか深く暗い所へ、自分が、自分の意識が引きずり込まれて行く。どうしょうもない、助けを必死に願った。と、そのとき、一条の光が天から下って、自分を照らし出した。温かく、心休まる声で名が呼ばれたような気がする。何度も何度も呼んでいる。今ならここから、この厭な所から抜け出せるかもしれない。そう思える。希望が彼女の体を包んで、淡い光を発し始めた。その光は、以前から彼女を照らしていた光と一緒になって、その空間に広がって行った。-自分を呼ぶ声がする。今度ははっきりと聞くことができる。おじいちゃんの声だ。恐る恐る目を開いてみると、眼前には見慣れたフェルラントの風景が広がっている。
(ああ、戻って来れた)
精神的疲労と安堵感からか、体の力が抜け、倒れそうになる。と、バムが抱き支えてくれた。その温もりが先程の光と同じものだと感じとると、シルナは顔をあげた。
「やっぱり、おじいちゃんが助けてくれたのね。私、私…」
バムはにっこりと微笑んでいる。そこからは声にならず、ただバムの胸に顔をうずめて泣くだけだった。しばらくして、シルナは、完全とはいかないものの、平静を取り戻すことができた。落ち着いてあらためて周囲に目を向けると、村人すべてが外に出て、祈りを捧げていた。シルナも遅まきながらも祈りの列に加わった。
山は相変わらず燃え続け、フェルラントの民が愛する木を、森を蝕んで行った。それでも、人々の祈りが通じたのだろう、日が昇るまでにはその勢いは弱まり、鎮火へと向かった。バムはそれを確認すると、夜通し祈りを捧げてくれた村人達に礼を言い、山火事のあった西の山付近には立ち入らないよう、伝え、皆の帰宅を見届けた後に、シルナと共に家へと戻った。
シルナは、さっき自分に起こった事は何だったのか、知りたくもあり、知るのが怖いという、相反する思いに困惑した。
「疲れているだろう。とにかく今は休みなさい。今日のことは後で話そう。今は、心も体も休ませてやるのが肝心じゃ」
まるで自分の心を見透かしているような言葉だった。
シルナが目を覚ましたのは、陽が中天を少し過ぎた頃だった。急いで居間へ向かうと、バムが優しく迎えてくれた。
「御免なさい。私、こんなに遅くまで眠っちゃった」
「謝ることなどないんじゃよ、シルナ。お前が悪い訳ではない。それより、体の具合はどうかな? すこしは楽になったかの?」
「うん、もう大丈夫よ」
そうは答えたものの、本当はそうではなかった。漠然とした不快感を感じている。バムは察しているようだったが、このことには触れてくれないようだ。
バムに促され、軽い食事を取った後である。バムはシルナを正面に座らせた。
「昨夜のことは、覚えているな?」
「はい、覚えてます」
「昨夜、西の山が燃え、私達は大切な木々を数多く失った。悲しむべきことじゃ。お前はそれを見て気分が悪くなり、ついには感覚が薄れていったはずじゃ。いったい何故、このようなことが起こったか、自分がどうなってしまったのか、知りたがっているじゃろう」
バムは一呼吸おき、確かめるようにシルナを見つめた。
「あれはのう、木々の叫びじゃ。木々に宿る精霊の叫びなのじゃ。迫り来る炎に対する恐れと、炎にあがらうこともできずにその体を焼かれていった木々の悲痛な叫び声なのじゃ。あのとき、あの場所には、死にゆく木々の悲痛な叫びと、その木々の死を悼むフェルラント中の生きとし生ける者-植物、動物、無論、我らもな-の心がの呼びが集中していた。お前はそれに感応してしまったのじゃ。お前の心に現れた感覚は、死にゆく木々が抱いた感覚そのものだったのじゃ。お前の精神は次々と押し寄せる恐怖や悲しみに耐え切れなくなり、外界との交わりを絶とうとしたのじゃろう。むりもないことじゃ。フェルラントの者は、皆、そういった事を感じとることができるのじゃ。もっとも、漠然とした不快感といった程度でじゃがな。もちろん、個人差がある。お前の場合、それが特に強く感じられるようじゃ。これからもこういう経験をするじゃろう。じゃが、いつもわしが助けてやれるとは限らん。自分の精神を強く保たねばならんぞ。そして、今回のようになるのが怖いからといって、心を閉ざしてはならぬ。むしろ心を開き、理解しようとするのじゃ。そうすることで、道が開けるものなのじゃよ」
シルナはしばらく、繰り返しバムの言葉を思い浮かべた。
「ふーん、そういうことだったんだ。でも、長い人生、こんなことちっちゃい、ちっちゃい! 大丈夫よ。心配いらないよ」
「ハァッ、ハッハッハッハッハ。そうじゃの、お前はまだまだ若い。これからゆっくりと学べば良いのじゃからな」
その日、陽が暮れてから事件は起こった。『春宮の祭り』に使うため、ツェナの草を取りに行った者が、今までに見たことのない魔物を見たと言うのである。遠くから見ただけであるが、それはとても奇怪な姿で、猛り狂うかのごとく暴れ回っていたという。ただでさえ、あのおぞましい山火事があったばかりである。人々は立て続けに起こる事態に恐怖した。当然、人々はバムの指示を仰いだ。さりとてバムも万能ではない。さらにこの時、バムにはもっと気にかかる事があった。日没すぐに、村の北東より、明らかに悪意をもった侵入者が現れたのだ。腕っぷしの強い、数人の村人によって取り押さえられたのだが、自害してしまい、何も聞き出せずに終わってしまった。無論、このことは捕まえた村人とバム以外は誰も知らない。が、フェルラントの民の潜在意識のなせる技か、この村に非常事態が起きたことは、皆、薄々感じている。バムは明朝広場に集まるよう、皆に伝え、今晩は十分警戒してもらう事にした。
明朝になり、人々は広場に集まった。ほぼ皆が集まったのを確認すると、バムは力強い声で話し始めた。
「皆も知っての通り、過日、ここフェルラントは多くの木々を失った。そして、真偽の程は定かではないが、見たことのない、奇怪魔物が現れたという話もある。これらフェルラントを脅かす出来事の原因と真相を突き止め、二度と繰り返さないために、調査隊を設けたい。『山火事調査隊』と『魔物掃討隊』、そして、このような時期だけに、フェルラントを見回っておきたいと思い、その『警備隊』を。これら三つを設け、しばらくは様子を見ようと思っておる。そして、遺憾ではあるが、『春宮の祭り』は少し延期しようと思っておる。つらいじゃろうが…。それでは、調査隊及び警備隊に参加してもらえる者は、後で名乗り出て頂きたい。これで今日の集会は終わりじゃ。安心して帰り、『春宮の祭り』の準備をして欲しい」
若者を中心に、かなりの数が参加し、租織された。
『警備隊』とは、『侵入者討伐隊』の事であるが、バムとしてはこのことを公にするのはまずいと考え、『警備隊』の形をとった。偶然に侵入者を発見し、結果的には『侵入者討伐隊』となったようにしてもらおうと思ったのであった。バムには、侵入者が何を目的にしているか、薄々感じ取っていた。そして再びやって来るであろうことも…。
その夜。居間のほうからのバムと誰かの話し声で、シルナは目を覚ました。
「バム様、例の者らには、背中に黒鎌の紋章が」
「やはりのう…。このことは秘密じゃ。警備隊があやつらを捕えるまではな」
「はっ」
この話は、侵入して来た輩についてであることを、シルナは悟った。シルナは日没に何者かがやって来たことを感じていたからだ。
(おじいちゃんは、何か知っているに違いないのね。今、フェルラントで起こっている総ての原因を)
翌々日、『魔物掃討隊』と『山火事調査隊』はひとまずかたずき、『春宮の祭り』が正式に明日、行われる事となった。人々はここ一週間の出来事を清める事が出来るよう、『春宮の祭り』に期待して、最後の準備に取り掛かった。
シルナは今年こそ『春宮の祭り』が終わったら、世界を見て回る旅に出たいと思っていた。この地の生活が厭になったのでもなければ、家出をしようと思っていたのでもない。純粋に世界というものを知りたかったのであり、旅を欲していたのであった。そんなシルナの思いを今まで妨げていたのは、『バムが許さないのではないか』という思いである。シルナはここ数日、バムに自分の思いを打ち明けるべきか、否か、悩みに悩んだ。そして、打ち明けることにした。『きっと、おじいちゃんなら解ってくれるから』と。
夕食をすませた後、シルナは、今の自分の思いを総てバムに打ち明けた。何をしたいのか、何を思っているのか。その間、バムは静かに聞いていた。シルナが総てを話し終えた後、しばらく考え事をしていた。そして、希望に輝くシルナの瞳を見据えながら、静かにロを開いた。
「行きなさい。そして世界というものをしっかりとその瞳に焼き付けて来るがよい。お前はそこで色々なものに出会うだろう。嬉しいこと、つらいこと、悲しいこと、楽しいこと、様々な思いを得るだろう。出会ったあらゆるものに心で触れ、記憶に止め、生きる糧としていくのじゃ。そしてただひとつ、このことだけは忘れないで欲しい。お前にはフェルラントがある、お前の故郷はここフェルラントなのだ、ということを。いつでも戻って来るが良い。お前の故郷、フェルラントにな」
シルナは瞳から大粒の涙をこぼして泣いた。バムが許してくれたことと、フェルラントに別れを告げることに。
どこまでも続く青い空に陽が昇った。『春宮の祭り』当日である。人は歌い、踊り、そして笑った。誰もが春の訪れに酔いしれていた。
シルナのその、フェルラントを後にする別れの踊り、とも言うべきは、喜びが溢れ、躍動感に満ち、それでいてどこかはかなげでもあり、見る者総てを魅了した。シルナはその踊りの中で、フェルラントの総ての人々に、素晴らしい自然に、別れを告げた。
祭りの締めくくりは、今までのそれとは雰囲気が全く変わり、厳かな、畏敬の念に満ちたものとなる。人々は精巧に造られた金髪碧眼の仮面を付け、優しく吹く風に身を任せるように木々の間を舞った。金髪碧眼の仮面は精霊を表し、同じ仮面は二つと存在しない。この『精霊の舞』の瞬間が『春宮の祭り』の総てであると言っても過言ではない程、重要なものであった。そして総てが滞りなく終わり、人々はその余韻を胸に抱きつつ、それぞれの家へと帰った。
その夜、バムはシルナを呼び出した。
「いよいよ、明日からお前の旅が始まる。これは旅の安全を祈念したものじゃ」
そう言って差し出した手には、球形を潰したような透明な硝子質の物が、金属の枠にはめられている首飾りがあった。その球形の物質は、よく見るとその内部に非常に精緻な格子状の模様が刻まれていた。
「そしてこれは、お前が旅を続けて行く上で、もしも本当に危機に陥ったとき、お前を助けてくれるじゃろう」
そう言って差し出した直方体の箱には、短い杖のようなものが入っていた。
「これらは私からの餞別じゃ。受け取ってくれ」
シルナが受け取ったとき、首飾りは淡い光を発し、杖は熱を帯びたように感じた。シルナはこの不思議な贈り物をしっかりと胸に抱いて、「ありがとう」と何度も繰り返して、床に就いた。翌朝早く、シルナは住み慣れた家を後にした。途中、何度も振り返っては見送っているバムに大きく手を振った。
何度目かに振り返ったとき、バムの横に見たこともない初老の男が立っており、自分を見つめているように思えた。だが、次に振り返ったときにはその姿はなく、やはり目の錯覚だったかと思いつつ、名残惜しそうに手を振るのであった。
シルナには聞こえる筈もなかったが、その、見えたと思えた男は、バムと言葉を交わしていたのだった。
「私は彼女の旅に出たいという願いをかなえ、今こうして見送っています。はたしてこれで良かったのでしょうか?」
「なあに、お前さんは今までに常に最良だと考えられる事を行って来たではないか。今回とてそうなのだろう? ならば何も気に病むことはない。何しろお前さんは、あのときにさえも最良の決定を下すことができたのだからな」
- アクションナンバー一覧
- 60)とりあえず北の方へ向かう。
- 61)とりあえず東の方へ向かう。
- 62)とりあえず南の方へ向かう。
第2回にして早くもマスター交代。今回はあくまでピンチヒッターとしての登板でしたが、結果的には第3回以降も天野井グランドマスターの担当となりました。
「森の中って、案外暗いものなのね…。それに、ちょっと不気味…」
それは、あたしの率直な感想だった。だって、村の近くはすっごく明るい光が差し込んでたのに、ここらへんはぜんぜんなんだもん。森の中って、もっと気持ちいいと思ってたのに、じめじめして、気持ち悪いったらありゃしない。けっこうショック。あたしって、村の外に出ることなかったもんな。でも、新しい森の顔を知れたって感じで、得しちゃった。村にいるだけじゃ、解らなかったもんね。人間、大きくなるには、やつぱ一人旅ねー。色々な事を学べるもの。さ、どんどん進もっと。
進むのは簡単で良いけど、一番困るのは。休むところ見付けることね。水が近くにあって、雨を凌げて、それで魔物が来ないようなとこ。それが見付かんないもんなの。そんな都合の良い事は、ゴロゴロしていないってことよね。昨日は運良く洞穴っぽいとこを見付けたけど、今日はどうかしら。そろそろ探し始めないと。これだけ木の葉が茂っているとこだから、とりあえず雨は凌げるわね。そして水はっと…。どこかにないかなぁ…。
目の前の茂みが急に騒がしくなった。何? 化物? えーっ、うっそおー、やだー、何でー、信じられなーい。昨日まで何も出なかったくせにーっ。あたしは咄嗟にお爺ちゃんから貰った杖を握り締めていた。素早い身のこなしで、茂みから黒い塊が飛んで来る! あたしは思わず目を閉じてしまった。お爺ちゃん、あたしを守ってっ!
一向に襲われる気配がない。どうしたんだろう。恐る恐る目を開けてみると、黒い塊はあたしの足元にちょこんと座っている。…なあんだ、『一角リス』じゃない! もう、この子ったら、驚かしてー。『一角リス』っていうのは、体がちょうど手の平に乗るくらいの大きさの動物なの。手が小さくて、足がちょっとがっしりしてるかな。しっぽがとっても長くて太い(体と比べてね)のよ。30cmくらいはあるかしら。顔は…うーん、鼠っぽいかなぁ。それをもっとかわいくした感じ。そして、人間で言う額の部分に小さな角があるの。お爺ちゃんにきいたんだけど、昔々に生きていた『リス』っていう動物にそっくりなんだって。それに角が生えたみたいな生き物だから、『一角リス』。なあんか、簡単なネーミングよね。で、この『一角リス』は、とっても人懐っこいの。早速あたしの足にじゃれついてるわ。でも、何か様子が変。靴をしきりに引っ張って、ちょっと駆け出して、あたしの顔を見て。そしてまた駆け寄って来て、靴を引っ張って、ちょっと駆け出して…まるで、『こっちに来い』って言ってるみたい。何なのかしら。『一角リス』の導くまま、茂みの中を歩いていると、どこからか涼しげに水が溢れる音が、微かに聞こえてきた。
「この先に、泉があるの?」
『一角リス』に尋ねると、彼(彼女?)は微笑んで(あたしにはそう見えた)、先へ駆け出した。あたしは慌てて後を追った。でも、すぐ見失っちゃった。ま、泉の音が聞こえるからいいや。そう思ってしばらく進むと、急に茂みがうせ、コンコンと沸き出る泉が広がっていた。泉にはいろんな動物が集まっていて、水を飲んだり、草を食べたりと、各々くつろいでいるようだった。そんな中に、あの『一角リス』もいた。あたしと目が合うと、『遅かったじゃないか』って感じで出迎えてくれたの。
「今日はここに泊まっていいの?」
そう尋ねると『一角リス』どころか、泉に来ている動物みんなが一斉に『うん、いいよ』って感じで、優しく鳴いてくれた。なんか、こういうのって嬉しい。言葉が通じているみたいで。その夜は、色々な動物達と一緒にぐっすりと眠れたわ。朝、出発するとき、泉のみんなが見送ってくれたの。
それから先、あたしはいろんな所で、事ある事に動物達に助けられるようにして進んだ。これは一体、どういうことなの…?
フェルラントを旅立ってから、どれくらい経ったのかしら。段々と森の茂みが薄くなってきたの。差し込む陽の光は次第に強くなってきて、じめじめした空気も少しずつ乾いた感触になってきたわ。前方には白い光が見え隠れして、それが徐々に広がっていく。あたしは嬉しくなって、思いっきり駆け出した。白く、眩しい視界が瞬く間に大きくなる。ついにあたしはその光の洪水に飛び込んだ。
「…これが…外の世界…」
涼しげな、そして爽やかな風が優しくあたしを包み込む。視界を阻むものはない。足元からのびる草原はどこまでも続いているように思えた。事実、あたしの目には草原しか入って来なかった。知らなかった。こんなに大地が広大だったなんて。森の外に出たのは良いけど、こんなに広くて何も見えないんじゃ、どう行ったら良いのか解りゃしない。ま、そんなこと、長い人生の中じゃちっちゃいちっちゃい。適当に行けば何とかなるものよ、うん。南の方へでも行ってみよっと。ほらほら、道みたいな所に出たじゃない。あたしって、すごーい! 超能力でも使えるのかしら。このまま道に沿って行けば、街にたどり着くはずよ。やったぁ! …って進んでいるのは良いんだけど、森を出てから二日間、何も口にしてないわ。か弱い乙女にはきつい攻撃。おまけにこの二日間、街なんて物は全然ないの。許せないわねー。あー、腹が立つ。でも、怒るとどんどんおなかがすくのね。そして…あれ、目が回るわ。あれあれ、どういうこと? 目が見えない。力が抜けていく。あたしが地面に倒れたのが感覚として解った。でも、どうすることもできない。このままあたし、どうなつちゃうんだろう。ああ、意識までとうのいていく…やだなあ…
額に何か冷たいものが乗っているのが解る。どこからともなく漂う良い香りがあたしの鼻をつく。これは…お爺ちゃんが得意なアップルパイの香りだ! 嬉しいなぁ、あたし大好きなんだ、お爺ちゃんのアップルパイ。村のみんなで一緒に食べて…って、ええっ?
あたしは跳ね起きた。額に乗っていたらしい、湿ったタオルが落ちた。あたしはベットに寝ていた。着ているものは、ゆったりとしたガウン。あたしの服は、ナップサックと共に、窓べにたたんで置いてあった。あっ、お爺ちゃんの首飾りはっ! …よかった、ちゃんと付けてる。辺りを見回してみる。あっさりとした中に、どこか上品な雰囲気がする部屋の作りで、とりあえず、あたしの家ではないらしい。
「ここは…どこ…?」
そっとベットを降りると、忍び足でアップルパイの香りが漂って来る扉へ向かう。少し扉を開けて中を覗くと、ちょっと太った気の善さそうな顔をしたおばさんが、鼻歌交じりでパイを切っていた。とりあえず悪い人じゃないみたい。勇気を出して扉を開ける。
「あのう…」
「おや、まあ、起きたのかい? どうだい、体の具合は? ほら、おなかがすいてるだろう。ちょうどアップルパイが焼き上がったところだよ。一緒に食べようねぇ」
「あの、ここはどこ? …それから、おばさんは誰?」
おばさんは笑いながら言った。
「御免、御免。何も説明しないで『一緒に食べよう』もないもんねぇ。まあ、そこに座って、これを食べながら話しましょう」
パイをテーブルに運び、向かい合うようにイスへ座って、話をし始めた。
「どうだい、おいしいかい? おばさんの家は男ばかりでねえ。娘が欲しかったもんだから、息子があんたを抱いて来たときは嬉しくてねぇ。今日はめったに作らないアップルパイなんて作っちゃったんだよ…あ、こんな話をするんじゃなかったんだねぇ…えっと、何を話せば良かったんだっけ?」
「ここはどこ?」
「ここはねえ、『ラッセルカーン王国』の『ヘルニア』って街だよ。12年前にシゥアーズルからお下りになった前星預長のレスポン・ノアール様が治めていてねぇ。昔は小さな港町だったけど、みるみるうちに栄えてきてねぇ。今ではとっても住み易い街だよ。ほんと、レスポン様はいい人だよ。どうしてこんな人が失脚したのか解らないけど、理由はどうあれ、この街にとってはありがたいことだねぇ。他の所じゃ、レスポン様はとっても悪い人のように言われているけど、この街の人達はみんな、『それは嘘だ』って感じてる。だって、こんなに治安の良い街を治める人が、悪い人な訳ないじゃないか」
「ふーん」
「で、この街は大陸との貿易をしていて、この国ではけっこう豊かな方なんだよ。うちは武器屋をやっていてねぇ。大陸からの品も少し扱っているんだよ。大陸物は質が良いからねぇ、よく売れるんだよ。おかげで少しは儲かっているんだけれどねぇ。…こんなところでどうだい?」
「ありがとう。それから…おばさんの名前、教えて」
「おやおや、肝心な事を忘れてたねぇ。おばさんの名前はねぇ、レイーナって言うんだよ。どうだい、かわいい名前でしょ」
「ただいま」
「あっ、おかえりー。ちょうど良いときに帰って来たねぇ。ほら、あの子が起きたんだよ。…この子がわたしの息子、ルミングスだよ。これが『キャンサ』の街まで行商に出た帰り道で、倒れているあんたを見付けて、家まで連れて来たんだよ。大飯喰らいでねぇ、こんなにでっかくなっちゃったんだよ」
ルミングスと言うその男の人は、とても背が高くて、あたしの頭が彼のおなかのあたりになるくらい。目鼻立ちは、わりとはっきりしていて、けっこうハンサムなの。引き締まった筋肉質で、武道をやっているような体つきね。
「そんな言い方ないだろおー。…やあ。疲れは取れたかい?」
「ええ。あの、昨日はありがとうございました」
「昨日? ははははっ、君は一昨日から今日までずっと寝ていたよ」
「えええっ?」
「今が夕刻だから…丸まる二日と半日、君は寝ていた訳だ」
そんなに寝ていたなんて、ちょっと信じられない。
「もうじき主人が帰って来るから、そしたら夕食にしょうねぇ」
「それまで、少し街を案内しよう。着替えておいで」
奇麗な石畳が敷き詰められ、通りがきっちりと整理されているこの街は、仕事から帰る人々と、夕飯の買い物に忙しいおばさん達で賑わっていた。店から飛び出す威勢の良い掛声。街角でかたまっている子供達やおばさん達の輪からは、切れる事なく和やかな笑い声がきこえている。こんなにたくさんの人がいて、賑やかな所を見たの、あたし初めて。
「この街は自由な気風が漂っていて、他の街とは雰囲気が全然違うんだ。レスポン様がしっかりしているおかげで、他の街の様に『勝者法』と言う法律を悪用されることもないしね。だから治安もかなり良い。自由といっても、犯罪は起こらないような所だよ」
「ふーん、何かよく解らないけれど、とにかくいいところなのね」
「そ、いいところだよ」
それからしばらく街を歩いて戻ると、もう夕飯の支度は整っていて、テーブル
の上には所せましとごちそうが並んでいた。
「遅ーい。お父さんが待ちくたびれているじゃないの」
「ルミングス、遅いじゃないか。お客さんは疲れているんだ。あまり外へ引っ張りだすんじゃない」
「解ってるよ。うるさいなぁ」
「さあさあ、食べようねぇ」
食事中、あたしは自己紹介をした。
「ふぅむ、フェルラント。知らないなぁ、そんな国は。ほほう、ここから遥か西の方にあるとな…。では、シルナさんは大陸から来たのかね?」
「ええっ、十六歳!? 俺と同い歳じゃないか。そう見えないけどなあ。ヘー、芸人なの。今度芸をみせておくれよ」
「機織りが出来るのかい? すごいねぇ。おばさんもやってみようかねぇ」
久し振りに人と明るく話せたので、あたしはとても嬉しくなって、夜遅くまで話し込んでしまった。おばさん達も厭な顔ひとつせずに付き合ってくれた。
翌日。お金を稼ぐため、ルミングスに相談した。
「うーん、そうだなあ。街の広場で芸を披露したらどうだい? おひねりが貰えると思うよ」
「うん、やってみる」
あたしは広場に来て、研究中の踊りを披露した。好評で、みんな喜んでくれて、お金がどんどん飛んで来た。夕刻には、かなりの金額になった。
「うひゃぁ、こりゃぁすごい。うちの店の売上並じゃないか」
「すごいねぇ。実はどっかの凄い芸団のスターなんじゃないのかい?」
ルミングスや、レイーナおばさんはびっくりして、目を丸くしていた。
「色々とお世話になりましたから、これを貰って下さい」
あたしは今日稼いだお金を総て渡そうとした。
「いや、その気持ちだけで結構。あなたはこの先、長い旅に出るのでしょう? ならば、きちっとした旅支度をして、余ったお金は路銀にしなさい。旅は何があるか解らない。お金は余分にもっていたほうがよいだろう」
おじさんの言葉に、みんな頷いた。
「さあさあ、明日にでも買い物に行こうかねぇ。今日はさっさと寝ましょう」
時はもう、真夜中だった。突然街に轟音が。大きな鐘の音が鳴り響いた。
「敵襲! 敵襲! 街の外にてただ今抗戦中! 市街戦になること必死! 抗戦中の敵は『ラッセルカーン正規軍』!!」
闇夜に伝令が走る。と、同時にけたたましい破壊音と共に罵声、そしてひづめの音が響いた。そして静かだった夜の街が騒音に包まれる。
部屋の扉が勢い良く開く。剣をもったルミングスが現れた。
「早く荷物をまとめて着替えるんだ」
「何が、一体何が起こったの?」
外は一段とうるさくなる。鉄と鉄がぶつかりあう音や、悲鳴、怒号、叫び声が、厭でも耳に入ってくる。
「この国の悪の根源がやって来たのさ。この国のごたごたに、異国の人を巻き込む訳にはいかないから、君だけでも逃げるようにしょうと思う」
「で、でも…」
「いいから早くするんだ!」
真剣な表情に押されるようにして、あたしは準備を整えた。
「よし、ついてくるんだ」
素早くルミングスが外に出てる。
「こっちだ!」
脱兎の勢いで駆け出すルミングスを、あたしは必死に追った。まわりを見る余裕なんてなかったけど、民家が襲われているのを感じた。暗黒の空が赤く染まる。どこかで火が放たれたようね。時折立ち塞がる『ラッセルカーン正規軍』の兵士を、ルミングスは稲妻のような速さで切り倒して行く。弓矢が飛んで来た。それをルミングスは何事もないようにたたき落とす。手が何本もあるかのようだった。弓矢が一本、ルミングスの剣さばきをかい潜って、あたしに飛んで来た。どうしょう、死んじゃうっ! …と、思ったのも一瞬の出来事、矢があたしの目の前で壁に当たった様に、急に止まった。そして、力なく地面に落ちた。もう一本飛んで来た。それも又、同じように地面に落ちる。なんなの…? ふと見ると、衣服の下から微かに青い光が漏れている。ええっ、お爺ちゃんからもらった首飾りが輝いている! いつもは何ともないのに、どうして? これって、お爺ちゃんが守ってくれてるのかしら。
そんなことを考えながら走っていると、何かにぶつかった。それはルミングスの背中だった。
「きゃっ、なによ。急に立ち止まらないで!」
そんな声も届いていないように、ルミングスは一言つぶやいた。
「こ、こいつらは…」
あたしは不思議に思って辺りを見回した。よくよく瞳を凝らして見ると、黒装束の男達がいつの間にかあたし達を囲んでいた。
「こいつらはラッセルカーンの兵士じゃない。一体、何者…?」
リーダーらしい人が右腕を上げた。と、同時に残りの男達が襲い掛かって来る。その動きは獲物を狙う豹のようで、素人のあたしから見ても今までの兵士たちより強いことが解る。ルミングスも必死だけど、どう見ても不利。あたしはどうすれば…。あたしは無意識にお爺ちゃんから貰った杖を握り絞めていた。
突然、あたしに一人、襲い掛かる。ルミングスは四人を相手にしいて、身動き出来ない。あたしは体が竦んで、動こうにも動けない。ああっ、お爺ちゃん、あたしを守ってっ!
鈍い音とともに、杖から光が伸びた。その光はあたしを襲った男を刺し貫いた。呻き声を挙げて男は倒れる。ルミングスを囲んでいた男達の動きが一瞬止まった。そこを逃さずルミングスが切る。二人が倒れた。
男を刺した光りは剣の刃のような形をしていた。まるで杖の部分が柄になっている剣のようだった。
「厄介なものを…」
リーダーらしき人が声を上げた。そして、左腕を上げる。残った二人の男は素早くリーダーの元へ下がった。あれっ、でもさっきのリーダーの声、女の人だったような…。
リーダーは何かつぶやき始めた。何を言っているんだろう。そうだ、今がここから逃げ出す絶好の機会じゃない! …でも何か、眠くなって来ちゃったなぁ。だめよ、シルナ、寝ちゃだめ! 起きてきゃ、起きてなきゃ、起きてなきゃ…ゆらゆら揺れる。気持ち悪い。きゃっ、足の上を何かが通った! 思わず目を覚ます。足の上でうろうろしているのは、鼠。周りは何もなくて汚い。部屋のようで、扉と窓が一つずつある。窓へ向かい、外を覗く。部屋の下から遥か遠くの方まで、真っ黒なものがうねっている。扉へ向かい、開けようと努力した。だめ、外から鍵がかかってる。昨日の事が頭に浮かんで来た。そうか、つかまっちゃったんだ…。あたしの荷物はどこ? とりあえず首飾りはあるみたいだけれど。ルミングスは? 大丈夫かなあ…。
不意に扉が開く。ランタンを持った人が、何か持って入ってきた。いい香りがする。
「飯だ。食べさせてやる」
男のようだった。パンとスープを前に置くと、どっかりと座り込む。
「ここはどこなの?」
「……」
「今は夜なの?」
「そうだ」
「これからどこかへ行くの?」
「そうだ」
「どこへ?」
「知る必要はない」
「あたしをどうするつもりなの?」
「うるさい! さっさと食べろ!」
それから男は無言で、あたしが食べ終えるのを待った。食べ終わうと、容器を持って出て行き、扉に鍵をかけた。
暗い部屋の中で考える。これからどうしたら良いんだろう?
- アクションナンバー一覧
- 60)ここから逃げ出す(方法を明記すること)
- 61)連れて行かれる所まで行って、そこから逃げ出す(これも方法明記)
- 62)このまま、流れに任せて、何もしない
- 63)こんなところにいるくらいならと、舌をかみ切る。
第1回にて「長老の孫娘」という設定が付加されたシルナですが、新たに「神(破壊神)の使い」という設定が付加されました。
潮風が体に快く吹きつける。真っ青な空と海。甲板にいるあたしの目の前には素晴らしい景色が目の前に広がっていた。
「飯だ。部屋に戻れ」
いつも食事を持ってきてくれる叔父さんの声だ。今日はこの船が向っている所の食事を持ってきてくれる約束だった。食べそびれちゃいけない。あたしは部屋へと急いだ。
最初、あたしはこの人達を警戒していた。最初からあたしを捕まえることが目的だったような行動。でも、あたしはこの人達の事を知らない。仮に会っていたとしても、このような事をされる憶えばなかった。緊張の毎日を過していたあたしが、自由にこの船の中を飛び回れるようになったのは、「レイラ」と言う人のおかげだった。半ば、この人達から逃げ出したく、そして困らせたいと思い、給仕の叔父さんに『せっかく船に乗ったんだから、外を見てみたい』っ騒いでいたら、ちょうどレイラさんが通り掛かって、許してくれた。それに、船の中を案内してくれたのもレイラさんだし、このでっかい湖の名前、「海」を教えてくれたのもレイラさん。後で分かったんだけど、レイラさんはこの船の船長さんだった。とても気さくな人で、親しみやすい人だ。荷物も返してもらったし、部屋も綺麗な場所にしてもらったし、とてもお世話になっている。
部屋は美味しそうな香りで一杯だった。
テーブルには見たことがない料理が並んでいた。
「ねぇねぇ、この白いのは何?」
「“米”と言う物だ。これが主食だ」
「じゃあ、その隣のスープは?」
「“味噌汁”と言う」
「これ…何? …魚なの? 生のまま切ってあるみたいだけど」
「“鰆”と言う魚の“刺身”だ。それは生のまま、小皿にある“醤油”と言う液をちょっと付けて食べるのだ」
「ふぅーん。焼かなくても大丈夫なの? それに、こんなの…醤油だっけ…それ付けるだけで、本当に美味しいの?」
「うむ。俺は焼いた物よりは美味しいと思うが」
「じゃあじゃあ、このグツグツいってるのは?」
「それは…」
こんな調子で質問攻めしたあと、ついに食べることとなった。恐る恐る口に運ぶ。
「…」
「? …如何した」
「…おいしーっ! えーっ、何これーっ。こんなに美味しいの、毎日食べられるんだーっ」
あたしは感激してしまった。そして早く着かないかと、今まで以上に待遠しくなってしまった。
そんなある日。
「船員各自、準備にかかれーっ!」
そんな声が聞こえると、急に船の中が慌ただ
しくなった。あたしは何事かと部屋を飛出して、走り回る人々の一人を捕まえて聞いてみた。
「如何したの? 何の準備をするの?」
「もうすぐ目的地に着くのですよ。それで港に船をとめる為の準備をするのです」
「えっ! じゃあ、何かみえる?」
「ええ。甲板に出てごらんなさい」
あたしは喜び勇んで甲板に向った。どんなものが見えるんだろう。目的地って、どこなんだろう。港ってなんなのかしら。フェルラントの湖にあったような船乗場なのかな。でも、フェルラントの船よりずっとずっと大きい船なんだから、きっとすっごく大きいわよね。急がなきゃ。甲板に出た。まず見えたのは、煙を吹出している山だった。風が西から吹いていて、山から出ている煙は東の方になびいている。海に面している所は、みんな崖。死んだような大地。そこからは、まるで魔が魔がしい妖気が流れているようだ。そんな土地に、船はゆっくりと左旋回しながら近付いていった。
「ねぇ、あんな所に行くの?」
「あんな所とはなんですか。あの島は聖地ですぞ。貴女様がそんな言葉を仰るとは以外ですな」
「だって、妖気が漂っているようじゃない。そんな場所が神聖な所なんて、信じられないわ」
「これはまたまた心外な。それ以上我が神を侮辱なされば、いくら貴女様でも…」
「こら、控えなさい。お前は一体、誰と話していると思っているのですか」
「レ…レイラ様。しかし、このお方は我が神を…」
「問答無用! いかなる理由であれ、そのような態度をとるとはなにごとかっ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよレイラさん。一体その人が何をしたというの? 怒鳴られるようなことした? そんなの、レイラさんらしくない。やめて!」
レイラさんはあたしの前にひざまずいた。
「貴女様がそう仰られるのなら」
その時からだった。あたしが不信に思い始めたのは。
船は、崖にぽっかりと開いた洞窟へと入っていった。大きな生き物の口の中を進んでいるようだった。しばらく進むと急に視界が開け、切り立った断崖に囲まれたくぼ地に出た。船の向って右側には砂地が広がっていて、そこにもう一隻大きな船があって、船はそこに接岸された。
「こちらです」
あたしはレイラさんに導かれるまま歩いた。断崖には、斧で割られたハートの装飾がしてある、大きめの両開きの扉があった。開けると、そこには下へと続く階段があって、普通じゃない、例えようのない怪しい気配が漂ってきた。レイラさんはそこに入るよう促す。あたしは恐怖心を駆り立てるようなその穴に入らなければならかった。
「えっ…ち、ちょっと」
手を引かれるまま、ただひたすら歩く。この不気味な雰囲気のする回廊を、より怪しい波動を感じる部分へと導かれて行った。
「…着きました。これからここが貴女様の部屋です」
部屋に入って、まず目に入ったのは、おとぎ話に出てきそうな、金の装飾や宝石がちりばめられた椅子だった。たいまつもないのに明るい部屋を、赤いふかふかの絨毯が覆っていた。美しい彫刻や絵画が部屋の至る所に飾られ、あたしがここに居るのが、場違いのように思われた。
「身の回りの世話は、この者がいたします。何でも申付け下さい」
レイラさんの脇から女の人が現れ、あたしにお辞儀する。
「デューテです。よろしくお願いします」
「では、わたしはこれで」
「あっ、待って…」
レイラさんはあたしに微笑みかけた後、部屋を出て行った。デューテと言う人が、部屋の整理を始める。
「私たちは貴女様が参られるのを心からお待ち致しておりました。それだけでも幸せですのに、貴女様の身の回りの世話をさせていただけるとは、私は何と言う…」
「ちょっと待って。あたしは貴女たちを知らないし、こんな事をしてもらうような事をした憶えばないんですけど」
こんな不気味な雰囲気のする所で、豪華な部屋に入れられても、嬉しくないけれど。
「いきなり何を仰るかと思えば、そんなことを。貴女様は私たちの神、『ゴルゴダ』の使いではないですか。教典のとおり、神の使いが現れになったのです。歓迎するのは当たり前です。それに、ここは神殿です。……入口に紋章がございましたでしょう……ですから、これだけの事をしても、まだ足りないくらいですよ」
えっ、何それ。全然身に憶えがないわ。あたしが神様の使い?
「…さ、出来ました。今日はお疲れになったでしょう。早くお休みなさいませ。それでは、失礼致します。何かの時はお呼び下さい」
デューテさんは部屋から出て行った。あたしは豪華なベットに腰掛けて、少し考えた。あたしに一体何が降り掛かろうとしているのか。しかし、答は出なかった。
闇の中から、闇より黒い腕がのびてきた。破壊と恐怖を従えて、それは近づいてくる。もうそれは背後にあった。何一つ歯向かう事もせずに、身体は囚われていた。無抵抗を楽しむかのように弄び、恍惚とした動きで身体をかまうそれは、獲物を追い詰めた豹の毎き様だった。-嫌悪-そうとしか例えようのない感情に包まれた。
それは身体に飽きたのか、瞬く間に引き裂くと、新たな賛を求めてうごめきだした。
あたしは咄嗟に飛び起きた。
「…夢?」
そのようだった。夢だった事に安心するとともに、何かに駆られたように部屋を飛出し、走っていた。そして気が付くと、大きな両開きの扉の前にいた。
その扉の中からは大勢の声が聞えた。ただならぬ邪気が感じられる。あたしはそっと扉を開き、中を覗いた。
中はかなりの人で埋めつくされていた。
人々は一心不乱に何かを詠唱し、前方の高台を見詰めていた。その高台には一人の男がいて、何やら踊っていた。
「…おお、我等が破壊神ゴルゴダよ。新たなるこの賛を受取りたまえ!!」
高台にいた男はそう叫ぶと、懐から小刀を取り出し、徐に自分の胸に突刺した。
「!」
男はその場に倒れ込むと、ぴくりともしなくなった。自ら命を絶つなんて、あたしには信じられない事だった。
人々の詠唱が、部屋を崩す程に盛り上がっていた中での出来事だった。
ショックを受け、あたしは夢遊病者のような足取りでその場を後にした。殆ど無意識だった。通り掛かったある部屋で聞き耳をたてたのは。
「…本当にあのシルナとかいう小娘でいいのか? 他の奴じゃないのか?」
「いいえ、彼女でいいんだよ。私が直にシルド様から言われたんだ」
「うーむ、いまいち、こう…」
「いいんだよ。あたしたちゃぁ、言われたとーりにしていれば」
「たしかにそうだが…」
あたしの知らない所で、何かが動き出しているようだった。一体あたしはどうすればいいのだろう。そして、あたしの運命はどうなっているのだろう。
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- 961)ここから逃げる[方法明記、お願いします]
- 962)流れに任せる
- 963)このまま、この地に君臨しようとする
「前回までの情報ではどうすべきか判断できんよー」という感じでアクションを書いたところ、届いた追加リアクションです。
扉を叩く音がする。
「朝でございますよ、シルナ様」
デューテさんの声だ。あたしはベットから身を起こす。窓一つない部屋では、本当に朝かどうか、確認する手段はなかった。「失礼いたします」デューテさんは、着替えをもって入ってきた。その服は、闇のように黒かった。
「これを…?」
「はい」
「絶対に?」
「ええ、さ、私も手伝いますから」不気味な気配がする服だけど、着ないわけにはいかないようだ。あたしは我慢して着
る事にした。そして、昨日までの出来事で沸いてきた疑問の答えが欲しくて、レイラさんを呼んでもらえないか、聞いてみた。
「あの……」
「はい、なんでしょう?」
「あの…レイラさんを、呼んでもらえませんか?」
「よろしいですけど、レイラ様は今日は御出かけになっておりますから、明日になさいませ」
「はい…それじゃあ、『教典』を見せてもらえませんか?」
「はいはい、ただ今お持ちいたします。さすが、お勉強熱心ですね。では、持ってまいりますので」
しばらくすると、分厚い本と朝食を持ってやってきた。
「それでは、ここに置いておきますので。また何か入用な物がございましたら、なんなりとお申し付けて下さい」
デューテさんが出て行くと、この広い部屋にいるのは、あたしだけになった。持ってきてもらった『教典』に駆け寄り、見る。疑問の答え、特に『神の使い』について、詳しく知りたかったから。それについて書いてあって、あたしが解読できたのは、本の中ほどにあった、この部分だった。
偉大なる破壊の神ゴルゴダ、眠りにつきて曰く、
「我、いずれの年か、西の森に娘使わす。即ち、我、目覚めんとする証なり」
四聖者、尋ねて曰く、
「娘、多かれど、いかに」
神、答えて曰く、
「赤き星流れし年、コラに命じ、使わせん」
確かにあたしは『娘』だけど、『西の森』ははたして何処を指しているのか。『赤き星流れし年』が、今年の事なのか、『コラ』とは誰か、そして、『神の使い』が何をするのか、あたしには分からなかった。
その日の夜は、これらのことを、ただひたすら考えていた。
翌朝早く、レイラさんはやってきた。
「お呼びでございますか、シルナ様」
「あの、訊きたい事があるんだけど」
「私に分かる範囲の事でしたら、何なりとお答えいたします」
「じゃあ、最初は…『黒鎌の紋章』ってなあに? ここの人達と関係があるの?」
「『黒鎌の紋章』とは、我が神である『ゴルゴダ』の下僕の神『コラ』の紋章。故に『コラ』の信者の紋章です。ここの者とは関係がありません」
「ふーん」
「どうしてそのような…」
「は?」
「いや、失礼いたしました。何でもございません。…他に何か」
「? …じゃあ、次。何で急にあたしへの待遇が良くなったの? 一番最初に入れられた部屋は薄暗い部屋だったのが、今はこんなに凄い部屋だし、レイラさんの喋り方だって、『あたい』って言ってたのが、今じゃ『私』だし。だいたい、あたしを迎えに来るのに、何であんな時にあんな方法をとったの?」
「…その節は大変なご無礼を致しました。お許し下さい」
「別に、怒ってはいないけど…どうして?」
「それは、四聖者様のご命令でして、貴女様を捕まえろ、と言う事だったのですが、この島に着く少し前に、貴女様が『神の使い』であるから丁重に待遇しなさい、となったのです。…申し訳ありません」
「いや、そんな…っ、次の質問していい?」
「ええ」
「何故、あたしが『神の使い』なの?」
「四聖者様が、そう判断されたからです。何故、と言われましても、私達には詳しい事は分かりません」
「次の質問ね。……一昨日、見ちゃったんだけど…あの、すっごく大きな部屋でね、みんな集まって、何かやってたの。その中で急に自分で死んじゃう人がいたんだけど…何故なの?」
レイラさんの顔が、一瞬、怪訝そうになったのを、あたしは見てしまった。
「自分で死ぬ? …ああ、『贄の儀』のことですか。それはですね、我が神に生気を捧げたのです。そうして、私たちは神の一部となるのです」
「?」
レイラさんの気配が変わった。うまく言えないけど、あたしに対して、不信感を持ったような…。
「もう、質問はございませんか?」
「え、ええ。ありがとうございます」
本当はあの怪しい夢についても訊きたかったけど、何故か『今訊いたらいけない』っていう気がした。
「それでは、また何かごさいましたら、お呼び下さい」
「あ、あとお願いで、できれば風の感じらる部屋に移してもらいたいんだけど…」
「残念ながら、ここにはそのような場所はございませんので。…では」
レイラさんは部屋から出ていった。
ちょっと歩きたくなって、部屋から出る事にした。探険がてらうろつくと、大体ここの造りが分かってくる。四層からなっていて、上から二層目までが、普通の人たちの部屋。あたしとすれちがうときにみんな拝んでくる。三層目が、あたしのいる部屋があるところで、あの大広間や、外との出入り口もある。それに、レイラさんのような人達が住む部屋もある。そして四層目は、斧や剣と鉄の鎧で武装した人達がいる。こんな感じだ。
部屋に戻ろうとした時に、また一昨日と同じ話し声のする部屋の前にいた。
「…つー事でよ、レイラ様も、何か不思議に思ってるってわけよ」
「そりゃ思うわな。あたしだって、そう思うもん」
「まあ、確かに無知ではあるな」
「でさ、俺はシルド様が何かを企んでるって思うわけよ」
「それは考えすぎじゃあないか?」
「いや、そりゃ確かにお前はシル…」
「待って。人の気配がする」
いけない! 急いでもどらなきゃ。あたしは必死で部屋へ逃げた。
あたしの知らない所で、何かが動き出しているようだった。一体あたしはどうすればいいのだろう。そして、あたしの運命はどうなっているのだろう。
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- 961)ここから逃げる[方法明記、お願いします]
- 962)流れに任せる
- 963)このままこの地に君臨しようとする
追加リアクションを受けて、「ここから逃げる」を選択したようです(どんなアクションを掛けたのか、今となってはもはや不明)。話が面白い方向に転がりそうな「このままこの地に君臨しようとする」を何故選択しないのかと、当時の自分を小一時間問い詰めたいところです。
「おはようございます」
「あっ、レイラさん。おはようございます」
「朝早くから失礼いたします。じつは、貴女様に是非ともやって頂きたいことがありまして…お願いできますか?」
「はい、いいですけど」
「有難うございます。それでは私の後に付いてきて下さい」
「え? …まだ朝御飯食べてないんだけど…」
テーブルの上には、デューテさんが運んでくれた朝食が湯気を立てていた。今朝のメニューは、紅鮭の切り身を焼いた物とわさび漬けにほうれん草のお浸し。そして大根の入ったお味噌汁。みんなあたしのお気に入り。もう、食べたくて食べたくてしかたがない。
「急ぎの用ですので、我慢して下さいませ」
半ば引き摺られるようにして連れてこられたのは、例の大広間。レイラさんが扉を開くと、大勢の人々が大喚声で迎えてくれた。入込みの真ん中あたりが割れていく。それは祭壇まで続いた。その中をあたしはレイラさんに引かれて歩く。祭壇に上ると、中央に据えられた椅子に座るように言った。あたしは素直に従った。レイラさんは観衆の方へと向き、演説を始めた。
「時はきた! …ついに我等が待ち望んでいた時がきたのだ!!」
観衆は喚声で応える。レイラさんは手を挙げて観衆を静かにさせて、演説を続ける。
「ここに居られる方は『神の使い』であられる! …これが何を意味するか、諸君らは良く知っていることと思う。そう、ついに我等の神、破壊神ゴルゴダがお目覚めになられるのだ!!」
またもや喚声。今度はそれに構わず続ける。
「そして今!! …彼女はその身を挺して、神を目覚めさせてくれることとなった!! …そう、贄となって下さるのだ!!!」
「えっ! …ちょ、ちょっと、待って!!」
あたしの叫び声は大喚声にかき消された。
「これも運命…運命なのです」
大男が二人、あたしの前に現れた。有無も言わさず、斧が振り下ろされる。あたしの身体は身動き一つできなかった。
「いやあああああああああ!」
夢だった。
身体が汗でびしょびしょだった。
何故あんな夢を見たんだろう…やっぱり、タベ考えたことが、そっちの方だったからかな…。ああっ、また思い出しちゃった。そんな考えは忘れようと思ってたのに。でも、これが正夢だったらどうしょう…。だ、大丈夫大丈夫。そんなこと、滅多にあるものじゃないよ、ウン。
「おはようございます」
「キャアアアアッ!」
「? …いかがされました?」
「な、なあんだ、デューテさんじゃない」
「何かあったのですか?」
「な、なんでもないの。あははっ」
「そうですが。何かありましたら、何でもお話し下さいませ。朝食はここに…」
「ありがとう。あと、レイラさん、いる?」
ふっふっふ、一度おじいちゃんの所へ戻りたいって言って、レイラさんを困らせてやるんだから! …うまくいけば、逃げるチャンスだってできるし…。やっぱりあたしって、頭がいいのかしら。
「いいえ。レイラ様は、今朝早くお出かけになりました。しばらくはお戻りにならないそうです。急ぎの事でしたら…」
なあんだ、残念。
「あ、いいの、いいの。そんなに大した事じゃないから」
「私にできる事でしたら、なんなりと…」
「うん」
「…ではまた」
あれから三日たった。まだレイラさんは帰ってこない。あーあ、いつになったらここから出られるのかしら。もう、レイラのアホタレ。さっさと帰ってきなさい! …これじゃあ、いつまでたってもあたしの企みが…アラ? …ひょっとして、今が逃げ出すチャンスなんじゃないの? …みんな、あたしの言う事を聞いてくれるし、今の所、四聖者って言う、偉そうな人達も見かけないし……ウーン、やっぱりそうよ。今、この場所には、あたしの行動を邪魔するような偉い人がいないじゃない。やったあ! …でも、誰にも見つからないで、ここから出るのは難しそうね。デューテさんには見つかるだろうし、おっきな湖を渡る方法がないし…うーん、どうしたらいいのかなあ…あっ、そうだ! …ふっふっふ、そうよ、デューテさんをうまくまるめこめば…。よーし、行動あるのみ!
「デューテさ~ん!」
「はい、ただ今」
慌ただしい音を立てて、デューテさんが部屋に入ってきた。
「何でございましょう?」
「あのね、あたし、お爺ちゃんに、あたしが『神の使い』だって事を教えたいから、一度お爺ちゃんの所へ戻りたいの」
「ええっ! …お爺様には、何も仰らずに来られたのですか? …ちゃんと連絡をとってから来られたのではないのですか?」
「う…うん。そんな事、言ってるヒマなく連れてこられたから。そ、それに、ほら、あたし、ここに着いて初めて、『神の使い』なんだって言われたし…ハハハ…」
「そうですか…。それでは、お爺様がご心配していらっしゃることでしょう。早速、使者を向わせる事にいたします」
「ち、ちょっと、そうじゃなくて、あたしが直接いきたいのっ!!」
「何故です? …使者を向わせるのでは、いけないのですか?」
「そ、それは…その…そう、あれよ! …ほら、古代語の『故郷に錦を飾る』ってやつよ。それをやりたいの」
「はあ。しかし、表へでかけるとなりますと、レイラ様のご許可がないと…」
「そ、それなら大丈夫。ちゃんと、とってあるから」
「そうですか。それでは準備させる者を数人呼んでまいります」
「わーっ! …待って、それはだめーっ!!」
「は?」
「だ、だから…あの…んと…お、お忍びで行きたいのよ。あんまり他の人に心配かけたくないから」
「…わかりました。それでは、私が準備いたします」
「ほっ」
「出発は、明日の朝になりますが…」
「今すぐは無理なの?」
「はい。…そんな顔をなさらないで。大丈夫、レイラ様がお帰りになられるのは、まだまだ先の事ですから」
「えっ?! …今、なんて…」
デューテさんは優しく微笑むと、軽くお辞儀をして出ていった。
「シルナ様、起きて下さいませ」
「うーん、もう少し寝かせて…」
「出発のお時間ですよ」
「!」
あたしは飛び起きた。ベットの脇では、デューテさんがあたしの荷物を纏めてくれていた。でも…
「デューテさん、その格好は…」
そう、いつもと違っていた。いつもは振り袖みたいなのがついた、ゆったりとした黒い服なのに、今日の服は、あたしが着てきた服に合せた様な、活動的な服だ。
「あら、似合いませんでしょうか?」
「そーじゃなくて…」
「お忍びで行かれるのでしょう? …だったら、いつもの様な服ではいけませんわ」
「えっ! …ひょっとして、デューテさんも一緒に…」
「ええ、勿論です」
「ええーっ!」
デューテさんは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あら、シルナ様は船を動かせますか?」
「う…」
「ほら。ですから、私がお供しませんと」
「じゃ、じゃあ、あたしを船で渡し終えたら、デューテさんはここに戻るの?」
「いいえ、シルナ様について行きます」
「ええっ、なんで…」
「もしもの時、シルナ様をお護りする者がおりませんと…」
あたしは一人で行きたかった。デューテさんを何とかして諦めさせなきゃ。
「そ、そんなあ。あたしは大丈夫だってば。デューテさんとあたしが、急に居なくなったら、みんな怪しんじゃうじゃない。それじゃあ、お忍びじゃなくなっちゃう」
「その事でしたら、ご心配なく。ちゃんと準備してまいりました」
そう言うと、デューテさんは何処からか取りだした白い小石を床にまいた。それから手を組んで、一言、二言つぶやく。すると小石が輝き始めた。次第に輝きが強くなり、ついには目を閉じなくてはいられない程になった。そして、急に輝きが止まった。恐る恐る目を開け、小石が有った所を見てみる。と、そこにはもう一人のあたしと、もう一人のデューテさんが立っていた。
「…これは」
「どうです?」
「すごおーい!」
「そっくりでございましょう?」
「うんうん! …でも、これ動くの?」
「ええ。普段の私やシルナ様と同じ様に動きますわ」
こんなに凄い事をしてまで付いてきたいんじゃ、何を言っても無駄よね。仕方ない、認めますか。
「ふーん。じゃあ、これがあたし達の代りになってくれるわけね」
「はい。…さ、準備は整いました。他の者が起きないうちに、出発いたしましよう」
そう言うと、デューテさんは、自分の荷物を背負った。そしてさらに、あたしの荷物も持とうとした。
「あたしの荷物は、あたしが持つってば。これはお忍びなんだから。そんなことしたら、変に思われちゃう」
「そうは申されましても…」
「いいからいいから。さ、急ぎましょ」
「はい」
デューテさんはあたしに返事をしてから振向いて、立っているだけのあたし達の代りに、声をかけた。すると、あたし達の代りは動き始めた。
「いってらっしゃいませ」
あたしの声にあたし自身が送られるのは、ちょっと変な感じがした。
船乗場には、大きな船が2隻と、小さな船が1艘あった。小さいと言っても、フェルラントの船よりも、ずっと大きいけど。デューテさんは小さい方の船に乗り込んだ。あたしもそれに続く。乗ってすぐに、甲板にあった下りの階段を下りる。少し長い階段を下りた先は、入り組んだ通路になっていた。その通路をさらに進んで、扉に機関室と書かれた部屋に入った。そこは、見た事のない物で埋めつくされていた。
「これは一体…」
「シルナ様は、初めて御覧になられるのですね? …これは『蒸気機関』と言う物です」
「『蒸気機関』?」
「はい。この船を、風の力や、人の力を使わないで動かす為の道具です」
「本当に?」
「ええ。動かしますよ」
デューテさんはしばらく辺りをいじくりまわして、最後に大きなレバーを引いた。すると何かが噴き出す、とっても大きい音がして、目の前の歯車が回り始めた。
「さてと、準備はできましたし…あ、こちらの方に階段があります。それを上りますと空き部屋がありますので、荷物を置いてきて下さい。私は船を動かします」
「はーい」
あたしは言われた方へ歩いた。何かと入り組んだ造りになっていて、迷ってしまいそうだった。なんとか階段を見つけると、急いで上る。踊り場があって、さらに階段が。上りきると、目の前に扉が現われた。
「ふうーん、結構いい部屋じゃない」
扉の中は、バスとトイレがついていて、かなり広い。ベットが二つあると言う事は、二人部屋ってことよね。ひょっとして、デューテさんもこの部屋で寝るのかな?
船が静かに揺れ出した。どうやら出発したようだ。窓から外を覗くと、甲板と岩肌が見える。どうやら、くぼ地の港から外へと続く洞窟を進んでいるみたいね。しばらくすると視界が開け、遠くまで波打っている「海」が見える。あーん、甲板に出たいよぉー。何処かに出る扉、ないかしら。
部屋には、今、あたしが入ってきた扉とは違う、もう一つの扉があった。開けると甲板に出た。ラッキー。船の後の方には、煙を吹き出している山が見える。ああ、本当にあの島から出られたのね…。ちょっと感動した。船はゆっくりと右に旋回していた。船の側面が島とほぼ平行になると、直進を始める。そういえば、デューテさんは何処に居るの?
改めて辺りを見回す。船の中へと下りた階段は、もう跡形も見えない。蓋でもしたのかなあ? …そして、荷物を置いた部屋は、二階建てになっているようだった。部屋から甲板に出た扉は、船の正面の方にあったけど、その反対側(後の方)にも扉があった。開けると、上への階段だった。上る。上った部屋には梶を握っているデューテさんがいた。その脇にはシューターと、山積みされた黒い石があった。
「シルナ様、ちょうど良い所に来て下さいました。そこの黒い石を、スコップですくって、シューターに入れて下さい」
「こ、こう?」
「有難うございます」
「これは何なの?」
「『蒸気機関』の燃料です。これを定期的に補充してやらねば、止ってしまうのです」
「ふうーん」
「あと、水も必要なのですが…それについては問題ありません。何故なら…」
「説明してくれなくていいよ。どうせ良く分からないから」
「そうですが」
「そんな事より…」
「どれくらいで陸地に着くか、ですね? …そうですね、あと4~5日でしょう」
「…えええーっ、何で訊こうと思ってた事が分かっちゃったのーっ!」
「分かりますとも。シルナ様の顔に書いてありますもの」
えっ、あたし、そんな顔をしてたのかしら。やだなぁ。
ま、いいか。早く陸地に着かないかなー。
「明日には陸地が見えるでしょう」
ついにデューテさんがそう言った。やった。この日を指折り、待ってたのよねー。長かったような、短かったような…。
「さあ、明日に供えて、今日は早くお眠り下さい」
「はーい」
…。
うーん…。
……ダメ! …眠れない!! …あ~ん、何でこんなに緊張するの? …ちょっと甲板に出ようかな。あ、夜に甲板に出るのって、危ないんだっけ。デューテさんが怖い顔して怒ったのよねー。は~あ、どうやって眠気をおこそうかな。…もう、デューテさんったら、幸せそうに眠っちゃって。羨ましいなー。
デューテさんの寝顔って、初めて見たけど…ふーん、寝るときに、このティアラ外さないんだ。…ちょっと悪戯しちゃお。このティアラを外して、と…
「痛っ!」
ティアラをデューテさんの額から外したその時、あたしの手に、静電気に触れたような感覚が走った。思わず手を引っ込める。ティアラはあたしの手の中から零れ落ち、ベットで一回弾んで床に落ちた。ティアラの真ん中にあった、大きい宝石が割れた。辺りに異臭がたちこめる。風船から空気がもれるような音がして、割れた宝石の中から、赤っぽい霧のようなものが吹き出し始めた。最初は漂うだけだったのが、次第に一つの塊になりだした。それは人のような、獣のような、表現し難いものだった。
「キャアッ!」
あたしはデューテさんを起こそうと揺り動かす。
「デ、デューテさん、早く…?」
デューテさんの感触は頼りないものだった。熟れすぎた柿に触れた時の感触に似ていた。薄暗いランタンの灯りの中、ベットの上に目をこらす。
「!!」
溶けていた。熱した鉄板の上に落としたバターのように。デューテさんは溶けていた。異臭は、ここが素だった。
「あ…あ…」
声が出なかった。その場にへたり込む。そして無意識に後ずさりをしていた。
赤い霧は、今やしっかりとした塊になっていた。鋭くとがった牙の生えた平たい頭。足の代りをしている太い尾。漆黒の爪をもつ六本の手。明らかにこの世の生き物じゃない。怪物だ。それはゆっくりとあたしの方を向く。顔が冷たく微笑む。静かに六本の腕が振り上げられた。そして…
「ひいっ!」
目にも止らぬ速さで腕が振り下ろされ、あたしと怪物の間にあったデューテさんのベットが、ばらばらにされた。余裕の表情を浮かべてゆっくりと向ってくる。
「こ、こないでっ!」
後ずさりしながら、手当り次第に物を投げつける。しかしそれは無駄な抵抗でしがなかった。怪物は次々と投げつける物をあっさりと切り落としていった。徐々にあたしとの間が狭まってくる。そしてついに後が無くなった。壁に追い詰められてしまった。嫌よ、あたし。こんな所で、人知れず人生を終えるなんて。でも、もう投げる物なんて…あっ、この感触は…間違いないわ。お爺ちゃんからもらった杖よ!
「お爺ちゃん、お願い! …あたしに力をかしてっ!!」
鈍い音がして、杖の先から光が現われ、刃の部分を形成した。そう、ヘルニアで襲われたときと同じように。
「えーい!」
少し吃驚したような顔の怪物に向って、渾身の力を込めて振り下ろす。怪物は手で防ごうとしたけど、その手ごと真っ二つに切り裂いた。怪物は、表現しにくい、お腹の底に響くような声をあげて、後に倒れ込む。そして、あっと思う間に赤い霧に戻って、また塊となり始めた。これって、ずっとこの怪物の相手をするってこと? …ちょ、ちょっと、冗談はやめてよね!!
今度はさっきよりも早く怪物の姿になった。怪物は舌で爪を嘗め、改めてこちらに向きなおす。あたしはもう一度、怪物を杖で切り裂こうとした。
「えっ、そんな…」
怪物は苦もなく光の刃を受け止めた。さっきはあっさりと切れたのに。ひょっとして、倒される度に強くなっていくの?
怪物は不気味に笑うと、腕を素速く動かす。切り裂かれる! …あたしは恐怖で目を瞑った。
雷が木に落ちたときのような音がした。怪物がまた不思議な声を上げる。あたしは恐る恐る目を開けた。
あたしは、薄い青色の球体の中にいた。首飾りが輝いている。これのおかげ? 球体の外では、怪物がすべての腕をなくしていた。でも痛みで苦しんでいるようすはない。怪物の周りには赤い霧がたちこめていて、腕がまた元通りになるのは時間の問題に思えた。あたしは静かに、そして、ゆっくりと、怪物の動きを伺いつつ、この部屋の扉に近づいていった。怪物は特にあたしを意識していないように思われた。よし、今がチャンス! …あたしは自分の荷物を拾うと、勢い良く部屋を飛び出した。
波しぶきがあたしの足にかかる。忘れていた。ここは海の上だってことを。最初からあたしの逃げ場はなかったのだ。
怪物は余裕らしき表情を浮かべながら、ゆっくりと部屋を出てきた。どうしよう。今度はこの球体ごと切り裂かれるのは目に見えていた。怪物は徐々にあたしとの間合いを詰めていた。あたしの人生はここで終ったようね…。お爺ちゃん、ごめんね。あたし、フェルラントに帰れないみたい…。
その時、怪物に波しぶきがかかった。怪物が声を上げる。その声は、先の二回とは違って、思わず耳を押えたくなるような、とても高い音だった。甲板の上をのたうちまわっている。苦しんでいた。波がかかった部分が、溶けてなくなっていた。赤い霧も現われない。…この怪物の弱点は、水? あっ、「海」の水はしょっぱかったっけ。とにかくこの湖の水が苦手みたい。よおーし、それならっ!
あたしは荷物を持って「海」に飛び込んだ。甲板の上なら、確実に死が待っている。でも、「海」飛び込めば、万が一だけど、生き延びる事ができると思ったからだった。浮んでいる荷物に捕まりながら、あたしは怪物の悲鳴が聞える船を後にした。
もう、どれくらい漂っているのかしら。
東の空が、うっすらと明るくなってきた。夜明けだ。だんだんと明るくなってくると、北の方に陸地が見え始めた。やったあ!
陸地から何かが近づいてきた。船? …そのようだった。あたしは目一杯の声を上げて、助けを求めた。
「何、フェルラント? …そっだら国、聞いた事ねぇすけな。おめさん、大陸の方から来たとか? …船が難破しちまうなんて、そら災難だったぺなあ。…ここか? …ここは『ファリア公国』っちゅう国だ。オラたちの村にゃ、名前なんてねえだよ。じゃ、オラは漁に行ってくるっぺ、ゆっくり休んでってけろ」
親切な漁師さんだ。あたしを助けてくれると、漁を止めて、すぐに陸地に連れてってくれた。たき火をたいてくれて、身体を暖めて、服を乾かす用意をしてくれた。あたしは、難破した船の生存者だと思っているらしい。あたしは、怪物に襲われて逃げてきたと言うよりはいいかと、そのままにしておいた。服も荷物も乾いた頃、漁師さんは戻ってきた。
「おー。服乾いたかー?」
「はい。有難うございます」
「なあに、いいってことよ。じゃ、入るべよ」
「あのう、いきなりで申し訳ないんですけど、あたし、ここらへんの地理が全然分からないんで、教えてもらえませんか?」
「おっしゃ、わかった」
ここから東に向うと、オリッサと言う都市にでる。そこから出ている街道を北に向うと、ソロキアという都市をへて、この国の首都、ファリアに出る。そこから別の国、アルイナーム王国の方へ向う街道と、ラッセルカーン王国との国境線への街道に分れる。また、ソロキアからは、ハサという都市を経由してケルージュと言う町に向う街道がでている。ケルージュは、ここを西にに向ってもたどり着く。ラッセルカーンとは道が繋がっていないから、向うとしたらひたすら西に歩くしかない。あと、この国の中心都市では、大変な事が起きているそうだ。
「有難うございます」
「なあに、いいってこっぺよ。今日はゆっくりと身体を休めて、明日の朝に出発することにしろ。遠慮すんな」
「はい。では、お言葉に甘えて」
翌朝、あたしは漁師さんに見送られ、出発した。今度あたしを待ち受けている出来事は、一体何だろう。
- アクションナンバー一覧
- 961)ファリアへ向う
- 962〉ソロキアへ向う
- 963)ソロキア経由でケルージュへ向う
- 964)ケルージュへ向う
- 965)ラッセルカーンへ向う
- 966)アルイナームへ向う
- 967)フェルラントに帰る
キャラクターが人を殺したこと、そしてその後も普通に旅を続けていることにショックを受けた第5回。後半、SF的展開が発生し、面白くなりそうなところで終了となってしまったのが、なんとも悔やまれます。
絶好のぽかぽか陽気。優しく頬を撫でるように吹く、暖かい風が心地いい。オリッサヘ、ファリアヘ、そしてアルイナームに続くと教わった道を歩く。その道端には、薄紫色した小さな花が『春だよっ!』って感じで咲いているし、あたしの目の前では二匹の蝶が戯れながら道案内してくれていた。周りの風景はみんな浮かれていて、その様子を見ながら歩いているあたしは、知らず知らずのうちにスキップをしていた。今あたしの目の前には、あの島の中では絶対にありえなかった世界が広がっている。もう不気味な所で退屈な日々を過ごさなくてもすむんだ。
あたしを嵐のように襲った数々の出来事…。考えないようにしていても、どうしても思い出しちゃう。その度にあたしの足取りは重くなる。
「ま、色々と不安な事もあるけれど、なんとかなるでしょ。そんなこと長い人生の中ではちっちゃいちっちゃい!」
そうあたしは言い聞かせた。
丘へ続く道を歩く。結構疲れるけど、丘から見晴らす時が楽しみで、疲れはあまり苦にならない。
登りきって先を見ると、丘を下った所に壁に囲まれた所があった。前にいた『ヘルニア』って街も壁に囲まれてたから、これはきっと…。
「オリッサね!」
あたしは全速力で走りだした。道は真っ直ぐそこに続いている。壁が近づいてくると、門が見える。前には槍を持ったおじさんが二人立っていた。重そうな鉄でできているらしい胸鎧をつけて、厳めしそうな顔をしてる。少し恐いけど、確認のために聞いてみた。
「ねえねえねえ、おじさん。ここ、オリッサっていう街でしょ?」
真っ黒に日焼けした顔を緩ませて、おじさんは微笑む。
「ああ、そうだよ」
「わ~い、着いた着いた!」
「ちょっと待った、お嬢ちゃん」
「?」
「今ね、えらーい人からのお願いで、『街を出入りしょうとする人は、必ず門で調べなさい』ってなっているんだよ。少し調べさせてもらうよ」
「…」
「なあに、そこに立っていてもらえばいいだけだから。身体にもふれないしね。…あ、もう終わったって。ほら、なんともなかったろう?」
「うん」
「じゃあ、改めて。…ようこそオリッサヘ。どうぞお入り下さい」
何処もかしこも人でいっぱい。賑やかだ。あたしは人混みの中で『宝石のガバト屋』というところを探していた。
漁師のおじさん曰く、
「宝石を売るってか? …だったらあれだ、『宝石のガバト屋』っちゅうところへ行くとええど。おら達もな、漁してつと、時々、真珠貝が捕れるんだ。嵐の後なんて特によ。でな、その真珠をそこに持ってくと、きちっとした値段で買い取ってくれるけね」
だそうで、道順まで教えてくれた。
「…で、この角に『鳶馬亭』があって、ここを曲がればいいのよね…あ、あったあった」
ちょっとぼろぼろの扉を開けると、まるまると肥ったおじさんが、扉の真正面にある机の前に座っていた。睨むような眼であたしを見る。それから目線を机の上にある手帳に移した。
「いらっしゃい。お嬢ちゃんが何のようだい?」
そのぶっきらぼうな口調で、あたしが客と思われていない事がわかった。
「これを見て欲しいんだけど…どれくらいになるかしら?」
そう言って荷物の中から取り出したのは、島でのあたしの部屋の椅子にはめられてあった宝石。蒼い色をしていて、よくよく見ると真ん中辺に星のようなきらきらとしたものが入っている。島を出るときに一番大きくてきれいだった塊をとってきたわけ。
「…ガラス玉じゃあないだろうな? 見せてみろ」
宝石を手にとると、小さなガラス板のようなものを眼に当てて、じっくりと覗きはじめた。
「ふうむ、これはなかなかの物だ。しかもかなりでかいな。うちの店なら、4~5000リディムといったところで引き取るね…! …ちょっと待て、こいつあ『スターサファイア』じゃあないか! …こいつは驚きだ。どこで手に入れた?」
「えっ、それは…」
いきなりそんな事を聴かれても、戸惑ってしまう。
「まあ、そんな事はどうでもいい。これをうちの店に売ってくれるんだな?」
「ええ。そのつもりですが」
「よっしゃ、是非ともうとの店に売ってくれ。うーむ…10000リディムでどうだ?」
「…」
お金の価値がどんなものかよくわからなかったから、何も言えなかった。
「…だめか。じゃあ、15000でどうだ?」
「…」
お金が多くなった。今度は故意に黙ってみる。
「…お嬢ちゃんは騙せないなあ。わかったよ、20000でどうだ?」
「…」
「ちょいと、お嬢ちゃん。うちの引き取り値は売値の8割だ。これでもファリア一の引き取り価格だぜ。これ以上は値を上げられないぞ」
「じゃあ、売値はいくらなの?」
「うむ、この宝石ならオリッサ公にお売りしても恥ずかしくないものだ。だいたい30000リディムで買い取って…ゲ、しまった!」
「だったらもう少し値が上がるわね」
算術は得意じゃないけれど、8割がだいたいどのくらいになるかはわかる。
「まいったな。じゃ24000リディムだ。売ってくれるな?」
あたしは頷いた。このお金で旅に必要な品を買っていけば問題ない。
「あ、『アルイナーム王国』って所でも、ここのお金は通用する?」
ヘルニアでは、お金の事を『スタール』と呼んでいたのに、ここでは『リディム』と呼んでいる。昔、お爺ちゃんにフェルラントの外の世界の話をしてもらった時、『外の世界にある「お金」という物は、場所によって呼び方が違う。呼び方が同じ所でなくては、それは使えないのじゃよ』と言っていたのを思いだしたから、尋ねてみたの。
「通用しないが…困るか?」
「うん」
「うむ、ならば5000リディム分を渡して、残りの分は同価値の宝石にしてやろう。宝石なら心配はいらん」
「じゃあ、そうして」
お金を受け取って、市場の場所を確認すると、早速そこへ向かった。
市場には食料品から雑貨まで、一通りの物が揃っていた。とりあえず食料品を買ってからお店を見てまわる。一つだけ、不思議な品々を売っていた所があった。その品々はあたしの興味をそそる物ばかりだった。
《全品大陸直輸入!刈茅堂》
という幟を掲げたそのお店は、真っ白な肌着を着てねじり鉢巻を締めた威勢のいいおじさんが商売をしていた。
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。うちで扱っている品々は、北は極寒地エンキから、南は常夏のイラニスまで、はてまた西の果てクシュからも取り寄せたる世にも珍しき品々だよ! ちょいと、ちょいと、そこの道行くあんちゃんや! 見て行くだけならタダだから、ちょいとだけ顔を出しておくれよう!」
こんな感じで人を集めている。少しずつ人の輪ができ始めていた。あたしもその中に加わる。
「…今日、うちに寄ったお客さんは運がいい! いつもはうちはファリアでしか店を開かないけど、今回は特別にオリッサで開いてやったんだからさ」
「な~に言ってやんでい。今、ファリアじゃ、内乱のせいで都市に入る奴らの管理が厳しくなってるってじゃねーか。おおかたそこで『こんな変なモン売ろうとする奴は入れる訳にはいかん』つって断られたんだろ」
「なんだ、よく知ってんなー」
人だかりに少し笑いが起きる。
「おい、いま図星突いたあんちゃん出てこいや」
「おっ、なんだ? 喧嘩でもしようってのか?」
「ばかでけーあんちゃんだな。違うって、喧嘩なんかするわけねーだろ。ちょいと力仕事してもらいてーだけよ」
「そうだな。年寄りはいたわんなきやな」
「おうおう、何とでも言ってくれ」
また少し笑いが起こる。
「で、何を手伝って欲しいんだ?」
「なーに、ちょいと腕相撲してもらいたいだけよ」
「誰と?」
「わしわし」
「おっさん、マジかよ? そんな小枝みたいな腕で俺に勝てるわけねーじゃん」
「いいからつべこべ言わんではじめるぞ! …おーい、誰か、かけ声をかけてくれんか」
一人の男が引き受けた。
「よっしゃ、準備はいいか? …よーい、はじめ!」
勝負は一瞬にしてついた。おじさんの腕が机に叩きつけられてしまった。
「いててててて! 馬鹿! 脱臼しそうになったじゃないか!」
「わりいわりい。つい本気になっちまって」
「つたく、年寄りをもっといたわらんか」
またまた笑いが起きる。
「さ、リターンマッチを申し込むぞ」
「なんだよ、あんだけ派手に負けても、まだやんのか?」
「はっはっは。今度派手に負けるのはお前だぞ」
「なに言ってんだよ。何度やっても同じだって」
「なーに、この『金剛布』を付ければ無敵だ」
「なんだいそりゃ? お守りか? …まあ、なんでもいいけどよお。おっさん、なにやっても無駄だって」
「うるさいな。早く始めるぞ。…つと、『金剛布』を腕に巻きつけてと」
またもや腕相撲が始まる。今回もまた一瞬で決着がついた。今度はおじさんが相手の腕を机に叩きつけた。人だかりから歓声が揚がる。
「ぐおおおおおおおおおっ! …いってえ!」
「わははは! すまんすまん。『金剛布』をつけるとな、つけた場所のカが巨人並みになるんだ。効果は今見たとおり」
「痛え、痛えぞ!」
「すまんと言ってるだろ! あれでも手加減したんだぞ! …でだ、これは一応大工とか石工とか、力仕事をする人向けだな。仕事が楽になる事請け合いだ!」
「おやじ、値段は?」
「ちょいと高いが100リディムだ。なーに、仕事が楽になるなら、月給の半分くらいどーってことねーだろ。それにだ、これは世に歌われし魔法の楽園、ヘイマーの宮廷魔術師が考案したスグレモノなんだぜい。おかげであの国の土木作業の施工日数はすげー短いんだ」
「よっしゃ、買った。効果がなかったら、その時は覚悟しろよ」
「大丈夫、心配すんな。俺を信じてコレを買え!」
「じゃ、俺も」
「俺も」
「あたしも!」
「おいおいおい、若い娘さんがこんなモン買ってどうするつもりだい?」
「最近ね、あたしの部屋を覗いてる人がいるの。その人を殴り飛ばすためよ!」
「わっはっは、なるほどな。でもな、『金剛布』は力が強くなるだけで格闘ができるようになる訳じゃないんだ」
「そうなの」
「そんながっかりした顔しなさんな。娘さんにぴったりのモンがある」
「えっ?」
そういっておじさんは後ろに置いてあった包を取り出した。
「これはな、南の方にあるシムって言う小さな国で、女が護身用に持って歩くモンだ。…そこのお嬢ちゃんも一緒にどうだ?」
誘われてしまった。若いお姉さんの隣からのぞき込む。
「そこでは『黒き羽根』と呼ばれてる」
大切そうに開いた包の中には、その名のとおり黒い羽根が数枚づつ束になって入っていた。束の数は4つ。おじさんは急に声を潜め、あたし達にしか聞こえないように言った。『金剛布』に群がってる人達や、机に並んでいる品々を珍しそうに見ている人達に聞こえないように。
「…実はオリッサに着くまでに色々あって使っちまって、今はこれしかねえ。本当はもっとあったんだがな」
お姉さんもつられて声を潜める。
「なによ、ただの鳥の羽根じゃない」
「馬鹿、これは鳥の羽根なんかじゃない。れっきとした武器なんだぞ。シムと言う所は犯罪の多いところでなあ、女が一人で歩いていようものなら、絶好の獲物にされる。そんな所の護身用だからな、そこらのものとはデキが違う。いざとなれば人も殺せる」
「…」
お姉さんが生唾を飲み込む。
「使い方は簡単。羽根を一枚とってから、『飛べ!』と念じればいい。羽根は飛んでいって、思ったものに命中する。これは、飛ばす者の感情によって当たったときの効果が違う。激しく怒っていたり、恨みがあった場合は、当たったものが壊れたり、死んだりする。そんなに激しい感情をもっていなかった場合は、物を弾いたり、相手を気絶させたりするだけだ」
「…さっき『ここに来るまでに色々あって使った』って言ってたけど、あなた実は…」
「おい! 冗談じゃねえぞ! 俺は犯罪者なんかじゃねえ! 俺の扱っている商品は、この『黒き羽根』のように、一つ間違えれば簡単に人を殺せるような物ばっかりだ。さっきの『金剛布』だってそうだ。殴り合いの達者な奴が身につけたら…わかるだろ? 何者かが俺の商品を奪おうとしてもおかしくはない。しかも結構高い物ばかりだからな」
「これはいくら?」
宝石から現れた怪物の事や、突然襲ってきた黒装束の人達が頭に浮かんだあたしは、とっさにそう尋ねていた。
「250リディムだ。かなり高いが」
「買います」
おじさんは少し驚いていたような顔をしたけど、すぐに元に戻った。
「…何束?」
「二束。500リディムね」
「よし、確かに渡したぞ」
おじさんから『黒き羽根』を受け取ると、足早に宿へと向かった。思いだしたような脅威が、もう無いようにと祈りながら。
爽やかな朝だった。小鳥の鳴き声と共に起きたのは何日ぶりかな。外はやっと明るくなり始めたばかり。窓を開けると柔らかなそよ風で部屋が一杯になる。タベは遅くまで賑やかだった街も今はまだ静かだ。宿から出た朝食をいそいそと食べると、早速荷造り。忘れ物がないことを確かめて、朝霧の中を出発した。あたしのめぐる街はまだまだあるからね。次の街ファリアはどんな所なのかしら? わくわくしながら門まで歩いてきた。門にはすでに厳めしいおじさん達がいた。
「こんなに朝早くから、おじさん達も大変ね」
「まあ、これがおじさん達の仕事だからな。おじさん達が何をしているか、わかるかい?」
「ええ」
「それじゃあ、少し待っていてくれ…よし、道中気をつけてな」
「はーい」
門を出てしばらく歩いた時だった。
急に船の中で宝石から現れたあの怪物が、あたしを助けてくれた漁師のおじさん達を襲っている姿が心の中に浮かんできた。急いで門まで戻る。
「漁師のおじさんが危ないの!」
「へ?」
「ここから西の方に行くと、漁師さんが住んでいる小さな集落があるでしょ?」
「まあ、あるが」
「そこが危ないの! 怪物に襲われるの! 早く行かなきゃ!」
「おいおい、お嬢ちゃん。どうしたんだい。はじめから要領よく説明してごら…ンッ? …ガハッ!」
「!?」
突然おじさんが、口から血を吐いて倒れる。
「エエッ!?」
隣のおじさんも崩れるように倒れた。そして、倒れたおじさんの後ろには黒装束の人達が数人立っている。
「探しましたよ…シルナ様」
「だ、誰?」
「貴女を連れ戻すよう、レイラ様の命でやってまいりました」
フードの下から気味悪い笑い顔がのぞいた。
「そんな…じゃあ、あなた達は、あの島の…」
「そういうことになりますな。さ、島に戻りましょうぞ」
「嫌よ! 誰があんな所に…」
「左様ですか、それは残念ですな…。しかし、我々もここで引き下がる訳には行きませんのでしてな。多少は乱暴してもかまわないと言われてますので、そのようにさせて頂きますよ」
男の人の言葉が終わるか終わらないかのうちに背を向けて、あたしは力一杯走りだした。追いつかれるということは薄々わかっていたけど、例の『黒き羽根』を腰の袋から出す時間が欲しかったからだった。
「おやおや、無駄な労力を…。行け」
後ろから足音が聞こえてくる。速い。すぐに追いつかれそうだ。腰の袋の結び目は、なかなか解けてくれない。
「あーん、もう、何でこんなにきつく結び付けたんだろ!」
風を切る音がして、あたしの頬を何かが掠めて行った。一瞬鋭い痛みの後、頬を液体が伝わる感覚がする。ナイフ?
「フハハハハッ! 諦めなさいませ!」
風を切る音がさらに多くなってくる。肌を掠め、服を掠め、飛んでくる何かは一つ一つ正確にあたしを狙っていた。わざと紙一重のところを狙っているように思えた。
「さあ、お遊びはここまでにしていただきましょうか!」
一陣のつむじ風があたしの前に吹いたかと思うと、人が現れた。それとほぼ同時に、あたしは『黒き羽根』を取り出し、叫んだ。
「飛べ!!」
羽根が淡い光を発しながら、八方へ飛び散った。当然、目の前の人にも命中した。
「こ、これは一体…?」
仁王立ちになったその人は、頭のほうから灰のようになって崩れた。辺りには灰の山が九つできていた。
「助かった…」
あたしは全力で走った疲れからか、目一杯の緊張が途切れたからか、その場へ座り込んでしまった。
ファリアについた。あれから後はとくに変わった事もなく、無事にたどり着く事ができた。門の前でオリッサと同じような検査を受けてから街の中に入る。刈茅堂のおじさんが言っていたような、通行証というものが無くても中に入れた。心配して損しちゃった。街はこれまで見たどの街よりも大きかった。通りは荷車が十台並んで進めそうだし、家並みも一回りは大きい。とにかく何もかもが大きかった。そして人も多かった。夕刻ともなれば通りが人で溢れ、賑わっている。宿の窓からその様を見ていたあたしは、一つの事に気がついた。賑やかさの中にも緊張感が漂っている事だった。何故? 今までの街は、夕刻は仕事が終わって帰る人達や、夕食の買い物に飛び回る人達が、心からの笑顔を浮かべていた。でも、この街はそうじやない。笑顔の下ではおびえていた。そして、おびえさせる何かがいっ来るかと緊張している。あたしにはハッキリとわかった。
「そりゃあ、今、内乱が起きているからだよ」
理由を宿のおばさんはそう言った。
「内乱?」
「そう。今のこの国の公王ハミトラダデス様と、むか~しのこの国の王様だった一族のサルサージ様が戦争をしてるのさ」
「戦争?」
「そうさ。大勢の人が大勢の人と殺し合いをするんだ」
「えっ、そんな事が起きるんですか?」
「…なんだいあんた。戦争を知らないってのかい?」
「はい」
「へえ、こりゃ驚いた。あたしもこの商売長いけど、そんなお人は初めてだ。…どこから来たんだい?」
「フェルラントです」
「フェルラントかい。こりゃまた初めて聞くとこだねえ。ま、『戦争』なんて言葉がないんだから、平和でいいとこなんだろうね」
「はい」
「そうかい。羨ましいねぇ。こんな物騒な国はさっさと通った方がいいよ。
アルイナームへ行くんだっけ?」
「はい」
「じゃあ、なおさらだ。あんたが通る道の方に戦火が広がりつつあるって言うからね。急ぎな」
「は、はい」
ちょっとはこの街を探検したかったけど、おばさんがなんか凄い事になりそうに話すから、その通りにする事にした。
翌朝、またまた朝霧のかかる中を出発する。
「あんた、地図やるよ」
「地図?」
「なんだい、地図も知らないで旅してたのかい? …これはね、周りの地形がどうなっているかとか、どっちの方へ行けば街があるかとか、そういうのが描いてある便利なものだよ。で、地図の見方はね…」
あたしは地図をもらい、その使い方を習った。
「いいかい、この道の通りに行ったら絶対に戦争やってる場所に入るから、大変だけど、ここをこうつっきって行きな。街も何にもないけど、戦争に巻き込まれるよりはましだよ」
「は、はい」
「じゃあね、気をつけて行きな」
おばさんが指し示したのは、草原だった。おばさんの言う事を信じて、ひたすら草原を歩く。歩きながら昼食をとり、冷え込む夜に震えながら眠り、そして時には野犬に追われながらひたすら歩いた。
もう、日を数えるはあきらめた。毎日毎日、今日こそは街に着くと思って歩いている。食料も尽きかけていた。今日もまた日が沈む。ああ、このままあたしは異国でのたれ死んでしまうのね…。
そう思った矢先、いつまでも続くと思えた草原が途切れて、道に出た。そしてその先には夕日を浴びて真っ赤に染まっている…
「街!」
あたしの目には涙が溢れてきた。今まで、ちゃんと目的地に着けるか不安だったけど…。
「さ、早く行こっ!」
再びあたしは街に向かって歩き始めた。
街に入ってあたしが最初にした事はというと、当然、場所の確認。
「ね、おじさん。ここはなんて街?」
「ん? 『ブロード』っつー街だぞ」
えーと、『ブロード』は地図で言うと…! …アルイナーム!
「きゃーっ! やったーっ! …おじさん、ここ、『アルイナーム』よね?」
「おお、そうだ」
「あはははっ! 着いた着いた!」
早速、宿を探す。ふかふかのベットで眠るのは何日ぶりかしら? 今日はさっさと寝よ。で、明日の朝、起きたらこれからどうするか考えよっと。
暗闇に白い仮面のようなのが浮かんでいる。
『…よ…』
なにか話してるみたい。よく聞こえない。
『…あ……よ…ある…………じよ…』
段々とハッキリしてくる。
『主よ…我が主よ』
誰かしら、主って。
『貴女の事だ…主よ』
え、あたし?
『…そうだ…貴女だ…』
誰よ? あなた。…まさか、ゴルゴダ?
『ゴルゴダ…? …初代皇帝の事か?』
へ? なにそれ?
『…違うのか…我が記憶に他の答はない…』
ま、そんな事はいいから、あなたは誰なのか教えて。
『我が名は…RMS230-mkIII』
は?
『主は…と呼んでいた』
何? 何と呼んでいたの?
『…と呼んでいた』
もう、聞こえないわよ。…で、何の用?
『主を守護し…命に従うのが我の役目』
で?
『我…まだ動く事まかりならぬ故…主を護り通す事…難し…よって戻られよ』
あたし、護ってもらってたかしら?
『力場…我の……』
何? 聞こえないわよ。
『…………………………………』
朝が来た。さてと、アルイナームの何処へ行こうかなー。地図を出してと。…えっと、アティスを通ってテックスに行くか、アティスからロナスを通ってスマルクに行くか、バードを通ってスマルクに行くか…。ちょっと迷うわね。あれ、ラッセルカーンには、道がつながってないんだ。変なの…まあ、何処にどんなものがあるかをおばさん達に聞いて、それから行き先を決めよっと。
…そういえば、タベの夢は何だったのかしら。『戻れ』とか言ってたけど。フェルラントへ戻れってことなのかな。
うーん、この先どうしょう。
- アクションナンバー一覧
- 961)アティス経由テックス行き
- 962)アティス、ロナス経由スマルク行き
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- 964)その他のルート(ルートを書いて下さい)
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