1997 CATS『鳳凰の翼』

official illust

[プレイングマニュアル]

キャラクター

設定

[宮城七]

氏名
宮城七(みやぎ・なな)
出身地|職業|性別|年齢
紫根|武者|男|22歳
選択技能
剣術、観察、本草学
自由設定
  • 用心棒、妖退治、人殺しなど大抵のことは、金さえもらえば請け負う(料金は時価)。この稼業に関しては、あくまで一つの職業と割り切っている。
  • 「飲む、打つ、買う」は、万遍なく楽しむ主義。宵越しの銭は持っておきたいのだが、持てない性格。
  • 「『~するな』ってのが、お袋の遺言でね」、「俺がまだ小さいとき、~ってなことがあってね」といった話をよくするが、それらの殆どは作り話。

説明

当初は「仕事に私情を挟んだりせず、請け負った仕事は冷徹に遂行する」というキャラクターにする予定でした。しかし、プレイしていくうちに人情味を帯びていき、『新世紀エヴァンゲリオン』の加持のようなキャラクターになっています。

シナリオに合わせて後でどのようにでも変更できるようにと、どうでもいいことしか書いていない自由設定ですが、その中の「料金は時価」は『レベルE』の立花先生、「一つの職業と割り切っている」は『ニワトリはいつもハダシ』のカーマインが元ネタです。

文章の質も高く、他ブランチのリアクションを読むのも楽しいゲームでしたが、いかんせん参加者が少なすぎ(このブランチに関して言えば、初回が5人で、第5回の時点で9人です。)、全10回の予定のところ第5回で運営会社が消滅し、ゲームは終了となりました。残念。

元ネタ

レベルE

[レベルEの立花先生]

ニワトリはいつもハダシ

カーマインには、殺しという仕事に対する妙な思い入れなど、かけらもなかった。

水道の配管工や、ミネラル麦茶のセールスマンがそうであるように、これも一つの職業と割り切っていた。

人ひとり殺すために、保育園の送迎バスに平気で時限爆弾を仕掛けることのできる男。

-それが、カーマインだ。

項目

第01回 SY5『石毬』(翔月雪夜マスター)

アクション

行動
傭兵として、物の怪退治を請け負う。
手段

自分に妖を殺す力はないので、他の誰かが取引したという人物を捕らえるか、妖を倒せるだけの術者が来るまで石材を守ること(時間稼ぎ)が仕事だと考える。なんにしろ矢面に立つのは自分なので、その物の怪の情報を雇い主からはもとより、町中でも集める(姿・大きさ、出現場所・時期、狙われる石材の種類・量、加工物(建物等)の被害、過去例等、どんなことでもかまわない)。

台詞

「しっかし、何が楽しくて石なんて喰うのかね。わざわざ北滝で石狙いとは、殆ど子供の嫌がらせだな(苦笑)。ま、歩く奴なら足跡ぐらいつけてくれるさ」

リアクション

突き抜けるような紫紺の闇に、月が煌々と舞い踊る。北滝一体を収める領主の館には、篝火が赤々と灯り、夜番に駆り出された早馬の蹄が不規則に鳴り響く。

「伝令! 伝令、申し上げる!」

鎧の擦れる音を響かせて、玉砂利の敷き詰められた庭から男が駆け込んで来た。

板張りの部屋に座っていた男達が一斉に緊張の面差しで振り向く中、宮城七(みやぎ なな)は横目でチラリと確認すると、素焼きの徳利を傾け、喉を鳴らして飲み煽った。

「町の東の瀬戸物横丁に妖出現。現在、陶器を食い荒らしながら、町の南に向かっている模様」

飛び込んできた報告に、板座敷に軽い混乱が走るが、相変わらず宮城は口端に太い笑みを浮かべたまま、気にも止めた様子がない。

「良い度胸してるな、あんた。俺にも一杯くれよ」

その隣に座り込んできた真木龍戊(まさき たつしげ)に、宮城は初めて杯を運ぶ手を止めた。

「おいおい、坊主は飲んじゃいけないんじゃなかったか?」

真木の隅衣の裾に視線を投げると、宮城は徳利から酒を汲み直す。

「これは酒にあらず、体を暖める薬なり」

真木は人好きする笑みを浮かベ、受け取った杯を飲み干して見せた。

そんな様子に、陰陽師の祭壇の側に座っていた土御門亜夜(つちみかど あや)は、緑の瞳に冷たい色を浮かべて、口端を軽く曲げただけであった。

「それにしても、何て立派な祭壇じゃ。こんな大がかりな物が必要なぞ……」

しめ縄の二重結界に、びっしりと床に書き込まれた呪。低い白木の台の上にはいつでも使えるようにされた符と、占いの道具が並べられている。

同時に亜夜が恐ろしいと感じるのは、これだけ多様な道具を使える通力を持つ……その時、奥の私室へ続く扉が開いた。

初霜色の髪に赤茶の瞳の陰陽師が、玉串を手に音もなく座敷に踏み入ってくる。最近、国主柚良から直々の命を受け、この北滝の町の妖退治の責任者として下った紅蓮と名乗る青年である。紅蓮は祭壇を背に、青白い面差しを上げると、言霊を紡ぐ。

「聞くがよい、今こそ北滝を荒らす妖を退治する時。我の占いによれば、この騒ぎはきっかけに過ぎぬ。この小さな災いの星の影に、北滝を丸ごと飲み込んでも尚、余る程の大妖の影が見えるのだ。そやつらを討ち滅ぼさぬ限り、北滝のみならず、紫根全体に大きな影響を及ぼすであろう」

紅蓮の言葉に討伐隊にざわめきが走る。国主・柚良の直選では何か大きな裏があると踏んではいたが、これ程の騒ぎだとは思わなかったらしい。

「各々方にやって欲しい仕事とは、手始めに使いとして町を荒らしている妖を捕らえる事。我の法術力ならその小物から念を辿り、潜んでいる大物の正体や、正確な居場所を探る事も可能だ。頼むぞ」

声に感情の山谷のない口調で陰陽師は、全員の顔を見渡して、念を押す。光の具合で赤く輝いて見える茶色の瞳には、口調と同じく感情は浮かばない。

「困難な道程ではあるが、妖さえ封じてしまえば、全ての運気の流れは良くなると占いにもはっきりと出ている。さすれば、今、この辺り一体を悩ませる不作、つまり気脈の流れの悪さも解決する。奥の山に新たなる石切り場を作る事もできよう。我ら陰陽師の望みは国が穏やかである事。その為に各々方の力を少し貸して欲しいのだ。無論、働きによっては、褒美は思いのままぞ。大いに奮闘して欲しい」

雇った者達があげる喜びと興奮の声も最後まで聞かずに、紅蓮は他の仕事を理由に退室していった。

「ふーん、何か面白くなりそうだな」

人々が慌ただしく出かける中で、真木は座したまま紅蓮の華奢な後ろ姿を見送る。

「さてと……そこの別嬢さん。一緒にどうだい?」

徳利を振って空になった事を確認すると、宮城は亜夜の顔を見上げて手招きする。

亜夜は一瞬だけ戸惑い顔をすると、宮城の手の中の刀に視線を投げ、薄紅の唇で人形のように笑った。

夕暮れの向こうにある闇の気配に、人々は慌ただしく戸締まりを始めた。行き交う人の姿も早足で、ござを敷いただけの小さな露天は、帰りの荷ならぬように、残った品を慌ただしく売りさばいている。

「それにしてもおかしな話じゃ。石だけを食らう妖なぞ……」

追い込むための結界符を張りながら、亜夜は夕映え空の髪をさらりと掻き上げた。一瞬だけ見えた白い項に、宮城と真木は『枠だね』というように目を合わせて笑う。

その男共の様子に亜夜は目を細めて無視すると、最後のまで大きさを決めるのに迷った結界の仕上げに取りかかった。

宮城が念人りに調べてくれたお陰で、町を荒らしているのは『石毬』という妖である事が解っていた。姿形は名の表す通り、丸い石の妖であり、他の石を食らう事で、一回り、二回りというように大きく育つ。性格は温厚で、腹が膨れれば、何年も寝て暮らすようなのん気物。大抵は餌となる岩場や洞窟で見られる。

しかし、操られているとは言え、不思議な事も多かった。実は、町の人間の妖に関する証言が一致しなくて、困ったのだ。一匹という者がいれば、五匹の群れだと言う者がいたり、手の平の大きさだという者がいれば、大人の一抱えだという者もいた。

どうやら嘘をついているのではなく、日によって状況が変化しているらしかったのだ。

「解っているは、複数である事。侵入するのに物を破壊したり、逃げる途中で人とぶつかったりで怪我はさせているが、人を直接襲った事はない……か。それとかなりの剛力で、宙を飛ぶ生き物らしいな。何せ体当たりの一撃で、壁があれじゃな」

真木が苦く笑いながら示した土蔵の壁は、人の頭より高い位置で、ぽっかりと穴が開いている。

「に、してもなあ……石だけを食う妖か。まるで子供の嫌がらせだよな。何が目的なんだろう? とにかく石なら瑠璃やひすいなんかの宝玉だろうが、墓石だろうが食うもんな。瀬戸物やギヤマンなんかも大丈夫みたいだし。まあ、焼き物はもともと土を捏ねるものだし、ギヤマンは硝子石が原料だからな。だが、高級品の方が好きなところは、花町の女共と変わらんぞ」

最後に愛刀に曇や切れ味のない事を確認すると、宮城は亜夜に片目をつぶってみせた。

「……所詮、妖は妖でしかないのじゃ。操る奴がいるのなら、突き止めてそやつごと封じるのみぞ」

横顔に刺すような影をちらつかせると、亜夜は、結界の式を完成させた。

近寄るどころか、声をかけるのもはばかれる様子に、宮城と真木は、苦く笑う。

「なぁ亜夜。過去に何があったかしらねぇが、もう少し力を抜いた方がいい。せっかくの別嬪ぶりが台無しだぜ」

宮城の言葉すら届かぬ面差しを亜夜は強く上げると、館の方へと無言で歩いていく。

「……余程、思う所があるって感じだな……」

真木は宮城の肩を軽く叩くと、何か悟った表情で静かに瞳を閉じた。

訪れる薄闇の中に、揺れる結界符の白い紙を見つめながら二人の男は黙って機を待つのみだった。

甲高く響く呼び子の音に、暗がりの中で松明の火が慌ただしく揺れる。群れ飛ぶ慌ただしさの中で、祈鳴は意稚子の手を引き、北滝の町を走っていた。

「タマちゃぁぁぁん。トラちゃぁぁん、意稚子だよ。出ておいで。サビちゃんも。もう、山に帰ろう」

町を走る物々しい退魔人の様子に、半泣きの猫は必死に友達の名を呼ぶ。

「意稚子があんなお願いしたから……」

石につまづいて転ぶと、童女はそのまま地べたに伏したまま泣き続ける。

「泣いてないで立ちな。早くしないと、取り返しのつかない事になっちまうよ」

祈鳴は襟首を掴んで立たせると、他所行きだと言っていた童女服の汚れを払った。二本足に慣れない事もあり、良く転ぶ意稚子の服は、もうかなり汚れていたが、乙女心としてはやっぱり気になる。

「……犬……!」

脅えたように眩くなり、意稚子は、全身の毛を逆立て、猫耳をピンと立てた。

その犬は、何処か作り物めいた幻のようで、緑の瞳だけが妙に人間じみている。犬は意稚子の方にだけ標的を絞ると、唸りをあげて飛びかかった。

「式神! 陰陽師に見つかった!?」

剣を引き抜くなり、祈鳴は犬と意稚子の間に割って入る。剣と犬の宙が激しくぶつかる音を響かせ、双方は優位な位置へと飛びずさった。

「祈鳴さぁぁん!」

「いいから、お逃げ!」

執拗に意稚子に狙いをつける式神を牽制しながら、祈鳴は剣を横に払う。切り払われた犬の血肉が、白い小さな紙切れに代わるのを、意稚子はチラリと確認すると、夜の闇の中へと駆け出していった。

「捕らえたぞよ!」

瞑想していた緑の瞳をうっすらと開けると、亜夜は夢から醒めたように眩いた。

「何処にいる?」と、宮城

「東からの山道と北滝の大通りが交わった辺りじゃ。儂の式神が妖の仲間と交戦しているぞよ」

意識の一部を式神に残したまま話す亜夜の口調はいつもより、尚、淡冷であった。

「ようし、やってやるか」

叫ぶなり隅衣を翻し、真木は飛び出していく。その真木の後を、心配そうに亜夜を見てから、宮城も屋敷の外へと飛び出した。

「逃がさぬ!」

式神から吐き出される唸り声が、生暖かく祈鳴の首筋まで吹きかかる。腕も剣も悲鳴を上げ、人の頭と同じ大きさの犬の顔が、近く迫る。

「何なのこいつ! 急に強く……」

祈鳴は支え切れなくなって、片膝を落とした。このままでは本当に食い殺される。遠くから武具を手に駆け寄ってくる二人の男の姿が見えた。味方? それとも……。式神は緑の瞳で男達を一瞥すると、短く鳴いて意稚子の消えた方角へと追撃へ向かう。

「だめ!」

剣を杖に立ち上がったが、その祈鳴の前に二人の男が回り込んでくる。

「破邪!」

真木は左手で法力印を結び、右手の拳に腰に貯めたカごと祈鳴にたたき込む。咄嵯に祈鳴は剣の面を向け、左手で押し返すように受け止めた。ぶつかりあった瞬間、真っ白な閃光が祈鳴の体を波動となって押し伝わる。完全に力負けした祈鳴の体は、そのまま遥か後ろへと吹き飛ばされた。

「効かない? 人間なのか?」と、真木。

慌てて駆け寄ろうとした真木の体を、宮城は片手で軽く押し留めた。

「北滝に『呪』を依頼した人間かも知れん」

隙も見せずに、大太刀を引き抜く宮城の瞳からはいつもの茶日っ気は消え、冷たく厳しい。

喉元に突きつけられた切っ先に、祈鳴は呆れたように溜め息をつくと、すっくと立ち上がった。そして深く思を吸い込むと、二人の顔を見据えた。

「この……唐変木(とうへんぼく)!」

真っ直ぐに男二人に対峙すると、罵倒と雑言を挟みながら、祈鳴は嵐のような早口で事情を説明した。

鬼火の灯寵に長い影を作りながら、苗木と風音麿はくろもじで羊羹を切りながら、夜の滝を見物する。

「主の話で事情の見当はついたでおじゃる。何とも意稚子らしい失敗でおじゃるな。だが、麿は帰らぬ」

羊羹の入っていた笹を優雅に折りまげながら、風音麿は遠くを見つめた。

「何故だ? 力を封じた玉を置いてくる程に、何の役にもたたぬ妖すら案じるような気性であるに?」

その雅やかな仕種を見ながら、苗木は朱塗りの杯越しに首を傾げた。

「お前は不思議な奴だな。我儘で純枠、単純でいて細やか。俺より遥かに年上であろうが、少年の姿。相反する物を抱え、不安定でいて強靱な資質は、まさに妖だ。だが……」

麿の折る様を見ながら、苗木の無骨な指が同じく船を作る。そしてやっぱり不出来な形に仕上がった船を見つめてから、苗木は何処か寂しい瞳で笑った。

「……しかし、それでいて、邪気は感じない。嵐が傍若無人で破壊的であるのに、自然の一部だと感じるように……」

出来上がった笹舟を持って川原に降りると、苗木はそれを解き放ってやった。流れに翻弄されながら下っていく船を、鬼火写す黒い瞳で見つめながら。

「確かに土地が痩せたのは、麿が立ち去った事も原因の一つでおじゃろう。意稚子はあの山での麿のたった一人の話相手でおじった故に、情もある。だが……麿にも思う所があるでおじゃるよ。どうしても麿が山を離れた訳を知りたいのでおじゃれば、その周辺の村で暮らして見るがよい」

不思議な光を放つ瞳を細めて、風音麿は扇子に隠れるようにして笑みを浮かべた。

「馳走になったでおじゃる。北滝まで送ってやろう。ただ、苗木とやらや、これだけは覚えておくが良いでおじゃる。人が人である事を越えられぬように、妖もまた、神と祭られようと、恐れ嫌われようと、妖である事は捨てられぬと言う事を」

作った笹舟を川に浮かべると、風音麿は撫でるように扇子で苗木を煽った。

軽い目眩と共に、苗木に飛び込んできた風景は、物々しく妖退治にざわめく北滝の町並みと、突然、現れた人影に驚く宮城、真木、祈鳴の顔だった。

暗がりに童女が一人、悲鳴をあげて走っていた。背後からは人程の大きさの緑の瞳の犬が、牙を剥く。打ち下ろされた前足に二本の尻尾の毛先が擦れ飛び、勢い余った力は地を砕く。

隠れ場所を捜して必死にさ迷う茶緑の猫目は、木々の中にぼんやりと輝く結界の気配を察した。最後の力を振り絞って、安全なその区域に身を踊らせて飛び込むと、式神は見えざる壁に弾かれて一枚の呪符に姿を変えた。

「……よかった……助かっちゃっ……た訳じゃないみたいですね。あれぇ? 出られないの、ここ?」

大きな木の影から亜夜が現れると、符に戻した白分の式神を衣の中へとしまう。その様子に意稚子は耳に手を押し当てるようにして、初めて首を傾げた。

「お前がこの町に妖を送り込む『呪』を行った者じゃな。見れば自身は大した通力もないようじゃが、人に危害を加えるとあらば覚悟はできていようぞな」

式神である犬と同じ緑の瞳が輝き、亜夜が念をこめると結界の力が強まった。

「……え? 結界? 嫌! ごめんなさい! もうお備えを摘み食いしたりしませんから!」

恐慌状態で、猫は必死に結界の壁に爪を立てる。その言葉も耳に止めず、亜夜は更に念を込める。

「おやめよ! その妖に悪気はなかったんだから」

その亜夜を止めるように、祈鳴の手が割り込んでくる。

「邪魔をするか! こやつは……」

殺気交じり冷たい瞳が、祈鳴の瑠璃の瞳と真っ向からぶつかり合う。

「許してやれ。猫なりに責任を感じて、主人である麿様とやらを捜そうとしたのだから」

横から苗木の手も伸びてきた。取り合えず結界を強化する事はやめたが、亜夜はまだ開放呪を唱える気にはならないらしい。

「まずは事情を聞こうや。最初にこの北滝の話を聞いた時、『子供の嫌がらせのようだ』と思ったが、まさか本当にそうだったとは思わなかったぞ」

黒髪を疲れたように掻き毟ると、宮城は亜夜の肩を軽く叩いた。

「意稚子とやら。亜夜は話してわからない女じゃない。ちゃんと説明するんだぞ」

驚いた気持ちを落ち着かせるために毛繕いをしていた童女に目をやると、真木は顔の前で功徳の印を結んでみせた。

「えーとね、それは、本当に美味しいお魚の物語でしたぁ。ある日、意稚子が社にいくと、小鮒がいっぱい置いてあって……」

君はお魚、あたし猫。運命は、美味しくそれを食べてしまった事から始まった。胃の中のお魚達が、備えた子供達の願いを囁く。

『どうか、とーちゃんや名主様に『税金を払え』とイジめる悪い領主を懲らしめてやってください』と。

丸一日泥だらけになって魚を追いかけた小さな手を、一生懸命に合わせて遊び場にある小さな杜に願掛けした物だった。

満腹の幸せ分だけ、ちょっぴり不幸になった猫は困った困ったの踊りを舞う。

「食べてしまって、考えるうー。困った、困った、にゃんこさん☆」

麿様はいつも言う。『約束は守らねばいけないでおじゃるぞ』と。そこで猫は考えた。麿様に貸してもらった玉で、山の友達に呼びかけた。

「みんなー、お願いだからー、北滝の領主様を困らせてきてぇ」

その声を聞き付けた石毬は、意稚子の言葉もろくに聞かず、北滝に向かった。人間達に掘りつくされ、山に食料となる上質の石もなく、腹を空かせた状態で降りた北滝は……お気楽、極楽、幸せ一杯。意稚子の気持ちも知らず、やりたい放題。

「お客様の呼び出しをいたしますぅ。トラちゃん、タマちゃん、サビちゃん!」

……そして、北滝の町は大騒ぎになった。

ここまで忍耐の力で、意稚子の解りずらい説明を聞いていた亜夜の眉間に深い苦悩の皺が刻まれた。

「……怒るな、亜夜。なっ、本当に子供の嫌がらせだろう。笑って許してやれよ」

小刻みに震える肩を抱いて、浮気がバレた亭主のように宮城は必死に宥める。

「この玉、麿様に預かってはいるけど、意稚子じゃ、これ、使いこなせないのぉ。なのに騒ぎが大きくなっちゃって、みんなが退治されちゃったら、意稚子の責……責任……うみぃぃぃぃん!!!」

結界の中で、猫はにゃんにゃん泣き叫ぶ。

「それで『麿様を捜して来てくれ』って事になったのさ。持ち主なら簡単に強制送還できる」

その麿様に北滝の町に突然送還された苗木は『すべて、この世に、ことはなし』というように、符を張った本に疲れたようにもたれかかった。

泣きさげぶ猫の声に引き寄せられたかのように、闇から一つ、また一つというように、石毬と呼ばれる妖が現れた。

大人一抱え程の大きさのシマ模様と白地に黒ブチ模様の石毬が二匹。そしてはぽその半分の大きさの色々なあられを押し潰したようなサビ模様の石毬。更にその影より、もっと小さいサビ模様の石毬が三匹。

「サビちゃん? 増えてる? えっ、子供? 黒水晶との間に子供できちゃったの☆」

何かを話しかけるように、意稚子のいる結界の回りを右往左往する石毬達。心配するかのような石毬の様子に、意稚子が友達である事は疑いもなかった。

「要するに、餌が豊富で、チビを増やすのに必要な黒水晶もあったんで、長居してたようだな。亜夜、結界を解いてやれよ。もうおとなしく山に帰るだろうぜ」

何処ぞの問屋が高い物を食われたと嘆いていたのを思い出すと、真木は苦く笑った。人々の証言の数や柄模様が合わない謎も解けた。滞在中に子が生まれ育っていれば、当然そうなる。

疲れた顔をした亜夜が、結界を作る符に指を伸ばした。途端に結界の中は火の海と化し、毛を撚やした猫が悲鳴をあげて転がり回る。

「違う! 儂じゃない!」

亜夜が剥がそうとした符は、何者かの通力によってビクとも動かない。力なく倒れた意椎子からは、毛と肉が焦げる嫌な匂いと共に、頭に刺していた玉が転がり落ちる。

『世話ガ焼けるデオジャルナ』

何処からともなく響く声と共に、晴天だった夜空から雷が落ち、貼られた生木ごと符を燃やす。同時に、激しい雨が結界内だけに叩き落ちる。

『コレガ、お前達人間ノ仕打ちデオジャルカ……』

雨と共に失望と怒りを隠さない声が降る。圧倒的で冷ややかな力を全員が感じると、石毬も意稚子も、その姿が掻き消えた。

第02回 SY5『荒神』(翔月雪夜マスター)

アクション

行動
山狩りを行う前に風音麿への対策を講じる。
手段
  1. 本人の台詞等から考えるに、土地神に近い存在と考えられるので、手土産持参で、意稚子がいた周辺の村を訪問して回り、彼の情報を集める。
  2. 紅蓮に関して「落雷・転移を行える妖を、捕らえ封じることが出来るとは、流石は高位の陰陽師」といった話を流し、それらへの対策を確認すると同時に、自分達の役割を明確化させる(そんな奴相手に何をしろというのか?)。
台詞

「紅蓮……自分で話を大きくしている……そして、話を大きく見せてるとしか思えないな。風音麿ってのも、個人への怨みを人間全部に向けないで欲しいもんだ(亜夜を止めた俺達は無視かい)」

リアクション

肩に巻いた布を引き寄せるようにして、羽翠祈鳴(うすい・きなり)は息を闇へとなびかせた。自然に足早に渡る廊下に漏れている他の部屋の明かりが寄り添いたくなる程に暖かい黄色に見える。

「紅蓮の所へ談判に行こうとしてるなら、無駄だぞ。先程、亜夜が紅蓮の命を受けて、山狩りの指揮を取る事となったと挨拶に来た。今頃、入れ違いにあんたの部屋を訪れている頃だ」

その一つの戸が開くと、宮城七(みやぎ・なな)が徳利を片手に姿を表した。

「何だって! どうしてそんな愚かな事になったんだい! 大体……!!! こらっ、何を……!」

時刻も、場所も考えずわめき散らそうとした祈鳴の口を押さえると、宮城は強引に部屋の中へと引きずり込む。

「馬鹿! 紅蓮どころか、他の討伐隊の連中にも聞こえるぞ」

小声で祈鳴の耳元で囁くと、宮城は辺りに気を配りながら後ろ手で戸を閉めた。その室内には火鉢を囲んだ苗木新九郎(なえぎ・しんくろう〉と真木龍戊(まさき・たつしげ)が、失敬してきた重箱に入らなかった分のおせちを摘みに、仲良く酒を酌み交わしていた。

「妖と人間との橋渡しをしたいのなら、回りに気を使え。普通は妖に対しては亜夜の考え方が常識なのだ。下手をすれば……」

苦労と歳月と共に刻まれた皺越しに祈鳴へ眼光を投げつけると、新九郎は『こうなる』と言うように刀の鯉口を切ってみせた。

「すっきりしねぇのは、みんな同じだ。だからこうして集まっているって訳さ」

真木は『まあ、座れ』と言うように、乱雑に自分の使っていた座布団を祈鳴に寄越すと、畳んだ布団の上へと移動する。

「みんな人が悪いねぇ。何だい、正月早々、この不景気な摘みは? 言ってくれれば、あたしがもう少し何とかしたのに」

事情を飲み込むと、祈鳴はおとなしく真木の進めた座布団の上に腰を下ろした。それから火鉢の網棚に置かれていた南部鉄瓶から、慣れた手付きでお銚子を取り出す。

「次からはそうさせて貰うよ。さてと……」

湯から出したばかりの徳利から酒を注ぐと、宮城は一息に煽ってから火鉢の側に胡座をかいた。

「亜夜が挨拶を告げに来てくれたお陰で、紅蓮が俺達討伐隊にどんな役割をこなして欲しいかは解ったし、普通の人間でも用心深く事を進めるのならできない仕事でもない事は判明した。しかし……」

宮城は焼いていた松前潰けを作った残りのするめを適当に千切ると、隣の新九郎へと回した。

「……問題は紅蓮には何か裏がありそうな所だ。だが、俺達には確証もないし、調べる術もない。つまり、今の段階では、それは『感』でしかない」

宮城の言葉を受け継ぐと、新九郎は糸切り歯でするめを斜めに噛み千切って黙々と咀嚼する。

「あたしもそれは感じていた。恐らく意稚子を焼き殺そうとしたのは、紅蓮じゃないかってね」

受け取ったするめの熱さと固さに苦戦するのを休むと、祈鳴は溜め息と共に一同の顔を見渡した。

「問題は紅蓮の真意が何処にあるかだな。俺には紅蓮が自分で話を大きくして……否、大きく見せているとしか思えないんだ。紅蓮が何を求めているかを知らない限り、俺たちが先手を取るのは難しい」

最後のするめを真木に手渡すと、宮城は炭を噛み潰したかの表情で珍しく口を真一文字に噤んだ。

「そんな……そんな、人間も妖もお互いに『思い込み』で『争って』いるだけだろう! 阿呆もいいとこじゃないか! あたしゃ、気にくわない……いや、認めないね!」

歯切れのよい淡呵と共に、祈鳴は声を高らげた。今の祈鳴の言葉を、気持ちを、押さまえてやれる者は、いない。

「だが、当人達はそうは思っていない。町の人間の大半が、荒らしたという理由で山に住む妖を罰する事を決めたように、風音麿って妖も個人の恨みを人間全体に向けてしまった。俺としても、せっかく、怒る亜夜を苦労して止めたのに、思い切り無視されてしまったのは悔しいが……」

座敷のそここちらで転がる忍び笑いに、宮城は困ったように咳払いをする。そのお陰で、この一ヶ月あまり亜夜に『よくも仕事の邪魔を』と言うように、苛められているのだ。

「まぁ、俺たちとしては出来る事をやるだけだ。苗木のおっさんから聞いた話によれば、どうやら風音麿の方にも何やら事情がありそうだからな。とにかく最初は会って話をする事から考えねぇと」

するめを片手におちょこを傾けると、真木は正月前に仕入れた包みに目をやった。

「だが、どうやって? 今の状態では風殿は人を相手にしないだろう。味方になるといった所で、崩れた信用を直すのは、無から信頼を得るよりも難しい。風殿の気性から察するに、先に人間に手を出すような真似はせぬと思うが、山狩りがある故に、いずれは争う事となるであろう」

真木に向かって目を細めると、祈鳴の酌で新九郎は喉を鳴らして熱燗を傾けた。

「そこなんだよな。立腹している麿を宥める仲介人が必要なんだが、思い当たるのがあの猫しか居ねぇんだよな。取り敢えず、魚で釣ってみようかと思ってさ、ダメなら他を考える。まずは少しでも可能性が高い方からやってみねぇとな」

後は神の加護をというように、真木は軽く印を結んでから、祈鳴の差し出したお銚子を押し受ける。その飲み干す様は、僧席にある事すら忘れるような惚れ惚れするような男っぷりであった。

「やっぱり、それっきゃねぇよな。俺は別方面からちょっと調べてみたい事があるから、山村についたらそっちの問題は任せたぜ。じゃあ、そろそろお開きにしよう、後は当たって砕けろって事だな」

宮城は火鉢を足で隅に追いやると、開いた場所に布団を敷き始めた。他の二人も、床の間を物置代わりに、杯やら空の徳利やらを押し込め始める。

「おいおい、何、ぼーとしてんだよ。それとも俺の布団に泊まっていくか?」

深刻な話だった割には、意外な程にあっけなく行動を決めてしまった男達に気押されていた祈鳴は、宮城の言葉に我に帰った。

「馬鹿! 寝言は寝てからいいな!」

捨て台詞を忘れずに、祈鳴は逃げ出すようにして男部屋を飛び出した。その後ろからはからかった反応を楽しむような、悪戯な男達の笑い声が響く。

「まったく、あいつら……今度、酒に虫下しでも混ぜちまおうかね」

角を二つ曲がった回廊で、祈鳴はやっと立ち止まると、赤く火照った頬を夜風に冷やす。ちなみに、祈鳴の欠点は、口に出しているだけではなく……本当にやりかねない無鉄砲さにある事は、無論、本人は自覚していない。沢山いた筈の婚約者が減ったのは、実は……。

十九歳の娘は、肩の凝りをほぐすように大きく一つ伸びをすると、眠っている仲間を起こさぬように静かに戸を開けて忍び込んだ。

雪深い道を踏み分けるようにして、二つの黒い人影が水墨画の屏風のような景色の中を歩く。雪除けの下に覆われた体は細く、切れ切れに荒い息がここまでの道程で体力を消耗した事を示していた。

「ここか……」

重く積み上げられた雪に屋根を高くしながら、門松もなくひっそりと静まった戸口を見上げると、東日流為義(つかる・ためよし)は眩いた。

「やっとついたな」

人の背たけ程も積もった雪の合間に作られた道を、つかえながら玄関へと向かいながら、村田河々斎(むらた・かがとき)は安堵の笑みを溢した。

二人は戸板を開けて、土間に入ると、奥座敷にむかって高い声を張り上げる。すぐに障子戸が開き、年老いた老婆が顔を出す。

「頼もう! 花石村の名主の屋敷はここだと聞いたのだが……」

女性特有のほっそりとした指が雪蓑の紐を解くと、絵巻物に出てくるような若武者姿の河々斎と為義の顔が現れた。

「これはこれは……村田の若嬢様。東日流家の若嬢様まで……して、今日は何用で?」

雪を払い落とし、老婆は困惑しながらも蓑を土間に干し、鉄瓶の湯を洗い桶に注ぐ。

無理もない。同い年の氏族の一人娘であるにもかかわらず、河々斎の方は鎧姿も勇ましく愛用の矢と筒を下げ、一緒に来た為義は太刀を差しただけの年始回り姿であるのだ。しかも二人ともこの花石村の住人ではなく、別の村の女当主でもある。

「ほほう、これは正月早々縁起がいいな。別嬪さんが二人もか」

障子戸が開くと、座敷の暖められた空気と共に、宮城が気さくに顔を出す。即座に宮城に同じく気風の良い笑みを返す河々斎と、警戒色を讃えた冷めた瞳で作法を返す為義。瞬時にして二人の気性を内心で理解すると、宮城は自分の家ではないのに、鷹揚に座敷へと上がるように進めた。

「儂は、ここが山狩りの本拠地となっていると聞いて参じたのだが……」

囲炉裏の回りに並べられた料理と酒に、何やら妖の話とは不似合いな和やかさを感じると、河々斎は少々混乱する。

「給金や雇用条件、討伐指揮に関しては亜夜が担当だ。他の連中はこの名主の好意で、土蔵に寝泊まりさせて貰っているんだ。細かい状況は、あの『新九郎のおやっさん』が詳しく説明してくれるぜ」

宮城の言葉に剣を抱えて囲炉裏の側で目を細めていた新九郎が、ゆらりと立ち上がった。新九郎の節くれて皺だらけの手に剣蛸を見届けると、河々斎は黙って礼し、三歩下がった位置で後に続く。

為義の方は老主人が明け渡した一番の席に、当然の顔で滑り込むと、裾の乱れを直し正座した。

「……おや、もうお帰りで?」

身分的にも一番格上の客人が着席したのと入れ違いに、宮城が雪靴を覆き始めたのを見ると、老名主はもそもそと眩く。

「ああ。あまり油を売っていると、怒られそうだからな。話、面白かったぜ。空から魚が降ってきた話とか、山神が妖を封じた話とか……山社の由来もよくわかったしな」

涼しい顔で老婆の出したお茶を受け取りながらも、耳だけはこちらに傾けている為義に視線を投げると、宮城は寒さに背中を丸めて出ていった。

「名主、近頃の村の状況はどのようか? 派遣された討伐隊には、妖を退するだけの力や策があるようなのか? 私の治める村は山とは離れておるが、同じ北滝の者としては、気になってな」

直感的に宮城を『油断のならぬ相手』と評価すると、為義は鳶色の瞳を能面のように細めた。

『討伐隊をうまく利用して、手柄を一人占めして樹氏と紅蓮に取り入るもよし、山に住む強力な妖と手を組むもよし。それとも、いっその事……』

年始回りにかこつけて集めた情報を、為義は組み立てた腹の底で冷たく笑った。

「俺は今の紅蓮とかいう陰陽師や、北滝の領主のやり口が好かんだけだ。必要外は『悪』という考え方がな」

懐紙を取り出し、飲み口を拭ってから戻す新九郎の仕種は、うらぶれた中年浪人の外見とは対照的に品のある風情であった。

「儂とて無闇に暴力を振うのは、恥ずべき行いと心得ている。だが、人だろうと、妖だろうと、悪い事は悪いのだ。謝罪を求めに来た者に対して、この扱いは小馬鹿にしているとしか思えない!」

浮かせた腰を下ろすと、河々斎はおせちにも手をつけず、真っ正面から風音麿を見返した。

「では聞くが『悪い事』とはなんでおじゃる? 石毬は腹が減ったから石を食べた。意稚子はお備えという代償と引換に、願いを叶えた。それが迷惑かどうかは、人の世の判断基準で決めた事でおじゃろう。そして人の基準とやらで罪と責任を問うなら、まずは山社に願いを掛けた人の子を見つけだし、処罰するのが筋ではおじゃらぬか? また、人の世の判断基準があるように、妖の世界にも妖の判断基準があるでおじゃる。人が人の郡合とやらを問うのなら、麿達も山から石を切り出した者や討伐に来た者を、我々の生活を脅かす者として排除しても構わぬ事となるでおじゃるぞ」

釣り上がった瞳を怪しく細めると、麿は自分勝手な笑みを浮かべて河々斎を見返した。河々斎は言い負かされた事に対して、悔しそうに薄紅の口端を噛んだだけである。

「……平行線って訳か。だが、お前はこの辺りの土地神のような者ではなかったのか? 住み家との出人りに使っているこの社とて、人がお前を讃えて作った物ではないのか? 俺が調べたところ、確かにお前の伝承が残され始めた頃より、土地は富み、人に危害を加える妖が徘徊するのが減っている。それはお前が守護しているからではないのか?」

宮城は人の顔程の大きさもある杯を選び、酌を受けると、麿から一息で干した祝儀をありがたく受け取る。

「如何にも。土地が富んだのは、大脈が交差する地に、通力の高い麿が居を構えたからじゃし、地を荒らし回る妖を封じた事もおじゃる。だが、それは大脈が交差する場は麿にとっても居心地が良いからでおじゃるし、妖を封じたのは山の美観を損ねるからじゃ。ついでに徘徊する妖が減ったのは、力の強い者が守護する土地を許可なくうろつけば、怒りに触れるのが妖の常識でおじゃるからだ。麿の事を土地神と呼び始めたのは、人間の勝手でおじゃるよ」

その不思議で大きな力を持つ妖を、為義は価値を換算するかのように観察していた。優雅な食事作法を披露しながら、為義の頭は忙しく策謀と価値計算がなされていた。

第03回 SY5『人模様』(翔月雪夜マスター)

アクション

行動
壊れた社から、風音麿・意稚子の念を辿らせる。
手段

山社の一部持って北滝へと戻り、下記のことを紅蓮に進言する。

「妖が出入り口として使っていた社がある」

「完全な形では残っていないが、そこから念を辿れる」(当然、出来るよな?)

「妖の一部が付着している可能性も高いので、確認を願う」(村に来い)

「雪崩が起きる可能性がある為、急いで欲しい」

「村人は避難しており、邪魔な念が入ることはない」

「結界を張り、社及び村を護れば、より時間を掛けた術を行える」(結界で村の入り口を守ることぐらい出来るよな?)

「大脈が交差する地ならば、より強力な術を施すことも可能」(だから村に来い)

リアクション

参道は訪れる人も獣もなく、ただ、白絹を敷いたかのように、静かに山杉の傘の下に横たわるのみ。 大人の胸程の高さもありき雪綿は、踏み荒らされるのを拒むかのように積もり、冬の眠りの守り人とならんとすのよう。しかし、その社へと続きし道を、掻き分け進む人影ありき。

『一体、何を企んでいる?』

背後の紅蓮の青白い面差しを見つめると、宮城七(みやぎ・なな)は切れ切れの息の下、心の奥底で自問してみた。宮城は『妖の出入りに使っていた社から念が辿れる可能性』と『その残された貴重な手がかりが雪崩に埋まる可能性』を紅蓮に報告し、その反応から本音を探ろうとしたのだ。

断るにしても表向きの理由から、花石村に出向いて来て、宮城の申告通り何らかの術で逃げた妖を追跡するなら、その場に居合わせてじっくりと観察してやるつもりだった。

『今の所は紅蓮の方も派遣陰陽師の顔で、こちらの要望に素直に従っているが……』

杉が切れて広場がある証拠に、道の先が徐々に明るくなっていく。雪の照り返しで痛い程の光の中へ、宮城と紅蓮の足が踏み入れられると……。

「……ない! そんな!」

社があった位置は土砂と石が高く詰まれて潰され、四散していた破片も残さずなくなっていたのだ。それでも紅蓮は社の位置の前に立つと、印を結んで何やら小声で呪文を詠唱して、住み着いていた妖の念を辿ろうとしている。

その間に宮城は注意深く辺りを見渡すと、広場の一カ所で膝をつき、雪を退けてみた。案の定、下からは焦げた跡が出てくる。

「ここで残った社の破片を集めて焼いたんだ。と、なると、人の仕業? でも、誰が、一体……」

社が崩壊したのは、正月松の内最後の日。あれから一月以上もたっている。当然その合間に何度か降った雪で、来訪者の足跡は完全に消えていた。

「これは無駄足だったな。念入りに酒で清められ、完全に気配を消されている」

短くそれだけ告げると、紅蓮は踵を返すと来た道を黙々と戻り初めてしまった。

「解っているのは、複数の人の仕業、それも村人や俺達以外の人間って事か。だが、何のためだ? ……清められてるって事は、住まっていたのが妖だって知っているな。わからねぇ、どうして妖を庇う? それと、一体、何処から来たんだ? 参道には複数の人が踏み行った気配なんてなかったのに」

音も気配も、積もった雪に凍り閉じ込められそうな広場を、宮城はぐるりと見渡すと、困ったように息を一つ吐いた。

「鍵はやっぱりこの山と、いなくなった妖にありそうだな。あの男がこの雪の中をわざわざ来たと言うことは、余程、執着する何かがあるらしい」

手にした雪掻きの柄で凝った肩をほぐすように叩くと、宮城は再び山を下っていった。

第04回 SY5『紙雛』(翔月雪夜マスター)

アクション

行動
紅蓮の護衛を申し出、その行動を監視する。
台詞

「風音麿を追い払った後、仕返しとばかりにその配下と目される妖が人を襲い初めております。また、社を焼き、調査を妨害する者も、さらには『山に関わるな』と畏れ多くも北滝の樹氏を襲った者がいるとさえ聞いております。亜夜殿がいなくなった今、妖を見つけ、奴らを滅する力を持つ方は、紅蓮様ただお一人。万が一にも、その身に何かがあってはなりません。妖相手には力不足やもしれませんが、人間相手ならば決して引けはとらぬと自負しております。何卒、御承諾の程をお願いいたします」

リアクション

紫地に露草の花を染め抜いた暖魔(のれん)を潜り、垂絹をかけた市女笠(いちめかさ)姿と被衣(かっき)姿の女性が訪れた。二人とも何処かの節句祝いの帰りらしく、紙に巻いた桃の花枝と、土産の風呂敷を手にしている。

顔は見えずとも、二人は優雅な身のこなしで草履を揃えると、主人の案内で奥座敷へと滑り行く。

「よお、来たな」

小さな庭に面した部屋で、抹茶腕を手に宮城七(みやぎ・なな)がにやりと笑う。

「このような所に呼び出して、何用ぞ」

被衣を脱いで丁重に畳んだ東日流為義(つかる・ためよし)が、愛想の欠片もない顔で言い放つ。

「そう言うな。江坂や紅蓮の話をするのに、本人達のいる屋敷じゃ、いい加減に不味いだろう」

それにここはなかなかの味だと付け加えると、宮城は品書きを二人に投げて寄越した。

「そっちはどうだった? 紅蓮は何と?」

上質な和紙の表紙越しに、村田河々斎(むらた・かがとき)は、宮城に視線を投げる。

「にべもない。妖を滅する力を持つ者は、自分でなくとも他にいるとよ。それに樹氏の屋敷にいて殺されるようでは、国中の何処にいても、どんな護衛を雇おうと、安全な場所などないと来たもんだ。代わりに変な玩具をくれたぜ。これだ」

珍しく苦く笑うと、宮城は懐から蓋付きの六方体の赤い箱を取り出した。護衛にかこつけて監視するつもりだったのだが、紅蓮は済ました顔で、実にあっさりとその申し出を蹴ったという訳である。

「おっと、封を剥がすなよ。それは『汲絞りの箱』と言って、普通の刀傷など負わせてある程度弱った妖を、捕縛する陰陽の箱だ。使い方は箱の蓋を開けるだけで誰でもできる。封じた後は付属の符を張りつければ、たとえ中で蘇生しても出られん。近い内に妖討伐隊に配布されるそうだ。要するに紅蓮にしてみれば、うっとおしく嗅ぎ回ってないで本来の仕事をしてろってことかな」

話し方が断定形であり、封がしてあるという事は宮城がここ数日、何をしていたか推察するのは簡単だ。河々斎は軽く鼻を鳴らすと、箱を返した。

「こっちは、似合わん格好をして、江坂家の女節句の祝いに出向いただけはあった。結論から言えば、江坂様は儂らが紅蓮から受けた説明以上の事は、何も聞かされてないようだ。儂が『もしも守護結界の中に妖が侵入していた場合は、どうなるのか』と尋ねれば『結界の中に入れないようにするのが、そちらの勤めであろう』というご返答だ」

淡い朱雀地に鮮やかな御所車の女物に、錦帯姿の河々斎を、宮城『そんなことないだろう』と褒めるのを忘れなかった。

「嘘をついている可能性は?」と、宮城

「それは低かろう。路地の整備の進行報告をすると、私にまで今回の寺社建立に賭ける樹氏としての夢を語られた位だ」

若草地に桜川の着物に、濃い緑と春空の二本を重ね結びにした為義が、面談した時の江坂の言葉を思い出し、心に染み渡らせるように目を細めた。

『儂は平凡な男だ。樹氏に選ばれた時も、任期まで何事もなく勤め上げ、次の傑出した人物に引き継がせるだけが役目だと思っていた。しかし、紅蓮に寺社建立の話を持ちかけられたとき、儂は初めて政治史に名を残す夢を見た。お前も氏族ならばわかるであろう。権力の座の高みを目指すなら、合法、非合法を問わず、力を振った者が勝つという事を』

その江坂の心は、これから高みを目指そうという為義には痛い程に解った。ただ、非合法な手段で高みに上るのなら、失敗した場合は罪が倍以上となって振り返る事も。江坂は典型的な前者、花石村の粗翁は後者、どちらの道をこれから選ぶのか、それは 為義自身が決めていかねばならない事だった。

「更に江坂様は、儂が『万が一、侵入していた場合に備えて、その力を無力化する守護結界にする』よう進言すると大層喜んで下さった。ただ、その後苦くお笑いになって『技術的にできるかどうかは紅蓮に聞かねばわからぬ。だが、それ以前に資金がない』とおっしゃっていた」

注文が決まったらしく、河々斎は品書きを閉じて銅の呼び鈴を鳴らした。

「まあ、どっちにしろ、この怪しい箱と言い、今一つ、効果のはっきりしない守護結界といい、紅蓮が何かを企んでいて、江坂が半分意図的に巻き込まれているっていう図式は変わらん訳か。まあ、江坂に関しては、俺達みたいなのも居候させるくらいだから、太っ腹というか、お人好しというか……」

現れた菓子処の主人に、宮城は抹茶のお代わりを注文し『どうするか?』と呟いて頭を掻いた。

雪深い山村に、人の気配が揺れていた。手足が凍えた事も忘れた人々は、小さく見えた荷車に必死で手を振る。荷車の上の人影達も答えた。

呼び合うなり、木霊するなり。暖かく、穏やかに響きながら、花石村に春が訪れる。

人の顔の判別がつく程に村に寄ると、子供達は荷車を飛び降り駆け出してゆく。再会を祝う人の群れの角に、静かに頭を下げる亜夜と、他の仲間の姿を見つけると、護衛として付き添って来た真木、河々斎、宮城も笑いながらそちらへ向かう。

「河々斎殿、勤め、ご苦労」

寺社建立の任を受け、搬入の遅れた材木の確保の為、一足先に村に着いていた為義が薄く笑った。

「久方振りだな、真木」

額の傷も完璧に消えた新九郎が、苦く迎える。

「こちらは毎日大変ですよ、妖が多くて。お陰で木の切り出しが思うようではないのです」

あの交渉ごと以来、そのまま村に居着いてしまった上原が困ったように髪を撫で上げた。

「もう、牛も馬も喰われちゃって、運搬手段がないんだ。それに運ぼうにも、途中で襲われれば、荷を捨てて逃げるしかないし」

少し舌足らずな水火土が目をくるくるさせる。

「納期が迫っているってのにねぇ。細いのもちょろちょろしてるけど、『飛虎』が一番問題だね」

言葉を祈鳴が接いで、渋い顔で締めくくる。

「ただ、ごたついてる所を申し訳ないのじゃが、個人的な問題で手伝って欲しい事があるのじゃ」

亜夜の言葉に、水火土と祈鳴も困ったように領いた。実は三人が合流した日の夜に、鷹継が行方をくらまし、必死で捜すハメとなったのだ。

「そうか。あの時、真木達を助けた少年ってのが、隠れ村の長の息子だとはねぇ。亜夜が村を抜け出す手伝いをしたのは、自分が罪を名乗り出て、村の子供を開放するつもりだったのだろう」

水代わりに担いで来た素焼きの徳利を煽ると、宮城は何やら頭の角で考え込む。

「入れ違いで釈放されちまったが、何やら薬を飲まされたらしく、酷い状態だった。うわ言で『村の宝がどうの』と喋っていたが……俺は未だに粗翁という男が気にくわねぇ」

親に寄りかかる村の子の姿に、無残に牢屋に捨て置かれた少年の様子を重ね、唇を噛んだ。

一ヶ月前の真木であれば、間違いなく逆上して暴れていたであろうが……今では自分を育ててくれた僧が『大人になっても無邪気さを失わぬ人間と、単に子供なだけの人間とは違う』と論さした気持ちと意味が、何となく身に近く感じられていた。

「何やら、きな臭いな。数日前、怪しい二人の男が粗翁の屋敷の様子を伺っていたという報告も聞いておるし、子供に薬を飲まされてまで、山の民の様子を聞き出していたというのも気になる。それに、以前、江坂様の屋敷を襲った男と、怪しい二人連れの片方の特徴が、似ているような感じがしてな」

愛用の弓の弦を楽器のように爪弾きして戯れながら、河々斎も何やら思いにふける。

「それは特徴から察するに鷹継殿の兄の御雷殿(みずち)と鱗殿(りん)であろう。目的は……」

それだけ呟くと、亜夜は静かに瞳を閉じた。

「だけど、やるしかない。状況は辛いけれど、まだ希望が残っているのなら」

上原の言葉と共に、全員が見渡した村人の顔は……苦しさに耐え、それでも光を見つめていた。

「少しは役にたてたのか?」

新九郎の重き呟きに、自信を持って答えられる者はいなかった。だが、無駄ではない。それは村人の笑顔が、誰の胸にもそう教えていた。

遅い山の村に、桃の花が咲く頃までには。

遠き春を夢見て、誰もが、それぞれの道を歩み出す瞬間だった。

第05回 SY5『華宴』(翔月雪夜マスター)

アクション

行動
南会に行き、上の人に「現場の意見」として紅蓮のことを上申する。
手段

守護結界は是非とも完成されるべきものだが、その手段・行動の中に「石喰騒ぎの真相と公的発言の食い違い」「財政無視」「風音麿を追いやった結果、以前以上に行えなくなった山の開発」といった矛盾点が存在するため、討伐隊に「紅蓮には何か別の目的があるのではないか?」といった不信感が募りつつあると述べる(幾分、誇張有り)。

補足

今回の目的は、あくまで紅蓮の不審な行動を紫根上層部に伝え、その目を少しでも北滝に向けさせることなので、直接柚良等に言えなくても構わない(間接/文書)。お目付役の派遣、正式な発言要請文書等が得られれば御の字。

リアクション

両端に、踊らんばかりの、蓮華かな。暖かな日差しに見守らし、南会に向かう道筋は、咲き誇りし色とりどりの野草の小さき花に彩られる。そのにぎにぎしき導きに誘われるように、摘み草遊びに興じる人影がそこかしこに見られた。

「北滝と比べちちゃ、失礼か……」

風呂敷に包んだ荷をたすきがけにした宮城七(みやぎ・なな)は、大した感概もないロ調で辺りを見渡し呟いた。最近、海を渡り来る妖の数が桁違いに多く、町では週に一度は何処で食われた、誰が死んだなどの噂が茶飯事。その圧倒的な数に、樹氏の江坂を筆頭に、誰も皆、戦いに疲弊しきっていた。

「せめて、主である北滝の守りくらいという気持ちはわかるが……」

増える一方の妖対策として紅蓮が打ち出した守護結界計画に、深い疑問を感じて宮城はここに居る。

それでも仮にも紅蓮は国主・柚良の直選で派遣された陰陽師だ。一介の武者に残された手段は……。

運が宮城に味方し、木陰で休息する身分の高そうな者の一群と遭遇する。中でも一人、丁度、壮年の氏族らしき男が、水を求めて降りていく。

供の者に見咎められれば、取り押さえられるのは必定なので、道を逸れて川辺りから回り込む。

青白い顔色と、こけた頬。本来、体格に合わせて隙なく合わせ仕立てられる襟足が、浮いてゆとりがあるところを見ると、病み上がりなのであろう。

「ご無礼の段、平にご容赦を。先様はそれなりの身分がおありの方とお見受けいたしまする。私めは、北滝より参りました宮城と申す者。国手派遣陰陽術師・紅蓮の所行について、申したてまつりたき議、ございまして上都してまいりましたところ、先様のお姿を拝見し、声をかけさせて頂きました」

川石の上に膝を折り、顔を伏せた宮には、いつもの愛想笑いはない。その重々しい気迫に、まだ指が痺れる程の冷流で、顔を洗っていた壮年の男がこちらを向く。

「儂は国主直轄が氏族『高鷲直和』と申す。確かに樹氏・江坂より陰陽師・紅蓮の指揮にての寺社建立による守護結界の製作の議、伺っているが……その方の言い分をもうしてみよ」

駆けつけた供を手で制し、高鷲は背筋を伸ばし、身分違いの上告を許す。対する宮城は恩謝の礼を丁重に述べると、北滝で起きた事件の概要と、紅蓮の行動の矛盾点をこと細かに報告した。

病み上がりの主人を気遣って供の者が差し出した羽織に袖を通した高鷲は、苦悩と共に増えたであろう小皺に縁取られた瞳を細め、熟考する。

「確かにその方の話からは、明らかに紅蓮に対する不審の議が多く感じられる。が、それだけでは、国主選の任を解き、処罰するに値する証拠が足らぬ。それに、その方が申すように、守護結界を作る政自体は、民のためなる行いである。不確定な噂によって中断するわけにはいかぬ。また、その方の上告が全て真実であったとしても、後任による引継の検討を要する。本来なら、国から査察を派遣せねばならぬのだが……紫根全体が揺らいでいる今、何かと人手不足でな。国主のまわりも何かと慌ただしい。できれば、その方に査察の任を命じたいのだが?」

考えてもいなかった展開に、宮城は思わず面を上げてしまった。視線の先には、その瞳を見つめ返す高鷲の穏やかな視線がある。

「俺は……」

「……詰まった言葉の続きは『それ程、善人ではない。器ではない』かな? その方、自分では気が付いていないし、風来を気取っているところがあるが、存外、人が良いと思うぞ。妖が多い今、ここまでくるのだけでも難儀であっただろうに。それに査察の役目は、民人優先に物を考え、客観性に優れ、与えられた己の役割と報酬に忠実な者がよい。それに以前から屋敷に仕える者の方が、後から派遣されて来た者より紅蓮も疑るまい。必要な金子は……」

高鷲は懐に手をやると、財布を丸ごと宮城の前に投げ出した。勢いで飛び出た小判が、日差しを受けて金色に輝く。

「さしあたってはこれだけだ。足りねば請求しろ。連絡法だが、儂の屋敷を訪れ、鳩を四、五羽ほどもらうと良い。放つ時は鷹などに襲われた時の用心の為に、二、三羽に同じ書き付けを結ぶのが定常だ」

髪にかなり白い物が混じる男は、宮城の顔を見ると確信を持って笑いかけた。久しぶりに観念して腹をくくると、宮城は金子を懐にしまった。

「では後は任せた。近ごろこ桜雅全体で、知性豊かに人語を理解し、人の姿に化けられるような強い妖の被害が多く、この紫根国内でも、何件かそのような被害があったと聞き及んでいる。道中、野宿する際は、十分用心するのだぞ」

それだけ言い残すと、高鷲は供を従えて川辺を登っていった。馬の嘶く声と、遠ざかる人の気配を感じると、宮城はようやくいつもの顔で凝りをほぐすように大きく伸びをした。

対岸の河原では昼時を迎えた子供たちが、摘み草の汁に染まった指をはしゃぎながら洗っていた。

「摘み(罪)草の、汁に染まりし我が指の、遠き香りに懐かしきけり……か」

登ろうとした足下に咲いた菫(すみれ)を一輪手折ると、しばし眺め、物思うと、川に流した。

すっかり忘れていたのに、高鷲の一言で今更出くわした意外な自分に笑いながら。

降るる、降るる、紅霞。潔しかな、雅かな。静、静、と舞う、物夫(もののふ・武士のこと)の誉れなり。散り行く様は……。

北滝の郊外にある大きな庭園は、朱傘や花ござが散りばめられ、場所向きによっては大きな樹ごと紋入りの陣幕が張り巡らされていた。

身分高き者の妻子達が愛で催す、鼓や琴の音と花見歌が響き、それに混じって物売りの声も通る。

「ここのところ嫌な事が多いからな……」

南会方面から戻ってくる街道筋にある八重桜の名所を通りながら、宮城は浮世の憂さを晴らそうと必死な人々を苦く笑う。

宮城! あんた何処へ行っていたんだい!」

その点在する団体客の、それも陣幕が跳ねあげられると、祈鳴の顔が飛び出してくる。見れば紋所は河々斎と為義の家の物。手を引かれれば、見事な桜を中心に料理と酒といつもの面々が揃っている。

「俺が散々世話になってた道場の師範が急病でな。見舞いにいってたんだ」

荷を置き手拭きを受け取ると、何げに重箱の蓋を返し見た。そこには『菓子処・露草』の紋が。

「俺が最初に教えたのに、いつのまにか上得意先になってやがる……」

中身は和菓子に使われる最高級の糯(もち)米を使い、飾り用の桜花の塩漬けを炊き込んだ強飯の一ロ握り。無論、限定予約品であろう。

「ついでに何だ、その格好は? まさか、全員、懲りもせず山に入るつもりか?」

別の重には、露草の本業である菓子が『ここが腕の見せ場ぞ』とばかりに詰められていた。さしもの宮城も、最早、溜め息しか出ない。

「あそこには結界を完成させるに必要な物があるのじゃ。知っておるか、市東の噂を。あそこは霊験あらたかな刀の欠片で、近く守護を得ると言ふ」

亜夜が取り分けてくれた桜飯を食べながら、宮城『……紅蓮の受け売りだな』とだけ呟いた。

「悪いか? 本来、陰陽の結界術の起こりようとは水車のように力を伝える要の符や物と、動かす水の流れのような力があって、初めて米が突けるように結界が発動するのじゃ。市東の町の結界は霊験新たかな刀の欠片が要であるが故に、それだけで水の流れと、水車を兼ねるのじゃとか。北滝も、完成を急いだ方が良い。市東の町に入れぬとなると、その分、北滝の妖の被害が酷くなる」

その亜夜の横顔は、憂いが濃く付きまとう。問題の懐剣は山の民の社に。実は密かに鷹継に助勢を求めたのだが『社は禁足地。そこを荒らさば、村が滅びかねない』と断られてしまったのだ。

「それに困った事がもう一つ。結界の要となる寺社に収める本尊を注文した彫り師が、材料を取りに山に入ったまま行方知れずだ。もともと気分屋で放浪癖があって、乗らないと鑿(のみ)の一打ちすらしない男なのだが、それでも最初の一体が届けられた事より察すると、山中に気に入った場を見つけて腰を据えてしまったらしい。つまり……」

またもや期日延滞かという風情の為義に、全員の顔も呼応するように引き吊った。

「木材の切り出しは終わったのか?」と、宮城

「それは引き続き続行しているが、今、労働に携わっているは金に命を賭ける男達だ」と、為義。

「ざまあみろ、粗翁!」

花見団子に齧り付く真木は、本当に気が晴れたと言った感じだった。

事態の説明不足に首を傾げる宮城に、河々斎は懐から樹氏の花押まで入った書状を取り出し笑う。

「粗翁は不正が明らかになり、今は逆にお尋ね者。ただし、山に入っていったきり、行方知れずだ。もしも山中で見つけたり、屋敷に戻る事あらば、江坂様の代理で捕らえる権限をいただいた。花石村は良石が産出されて羽振りが良かった頃に、粗翁が割り増し徴税していた金で滞納を支払いお容めなし。粗翁の家は取り潰しの上、財産はすべて没収だ」

丁度、その時、陣幕の外で仕出し屋が注文の品を届に来る。水火土が受取に走り、まだ暖かい大籠盛りを置き、素焼きの瓶の天汁を小皿に開けた。

「やっぱり、天麩羅は揚げたてだよね。でも、外で作っちゃいけないよね」

海老の尾をロからはみ出させたまま、水火土はもぐもぐと呟く。

「火事になりますからね。ああ、こういう料理だと、塩の有り難みが身に染みます」

そう付け加えると、上原は粗塩を振りかけた。

「うーむ、久方振りに酒が旨い」

新九郎も何事もなかったように杯を傾けた。

「…………あのな、お前らなあ……………………」

何となく顛末の見えた宮城は、黙って差し出された新九郎の酌を受け、聞かなかった事にした。

「でも、妖は人も獣も喰います。市東、北滝という大きな餌場がなくなれば……山の民は生き延びられるのでしょう?」

上原の言葉に返答できる者はいない。ただ、漠然と、跡取りでもある彼らが山を降りてきたのは、事実を確認する目的もあったような気がする。何より、山の事は彼らが一番良く知っているのだから。

「別れを見るのは怖くない。出会えばそれが運命だ。ただ、理解できなかった、理解してもらえなかったが、ひたすらに悲しいだけだ」

散り急ぐ桜を見上げた河々斎は、何処か遠くを見ていた。言い噤んだ河々斎に習い、誰もが一瞬、無ロなる。

春欄漫な霞の向こうに隠るる不安定な何かを感じるかのように。

日記からの抜粋

1998.10.03 sat

ついにというか、なんというか、『鳳凰の翼』の最終通知が届いた。

結局、CATSは事実上の倒産。既に入金していた会費も26%しか返ってこないという状況だ(私の場合、6000円以上の損失である)。

内輪では色々とあったが、私自身はなかなかに楽しめていたし、マスターが「祝・ページ制限解除」と言っていた矢先の出来事なだけに、寂しい限りである。「同人として継続するかもしれない」という話もあったが、それも完全に絶たれてしまったようだ。

久方ぶりに『他ブランチのリアクションを読むのが楽しい』ゲームだったのだが……。